小さな季節のテーブル ~ワンテーブルレストランと1組のお客様~

物書き赤べこ

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第4話 「異世界魔法使いと現代マジシャン」

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 森の奥の完全予約制レストランは、嘘をつく客を拒まない。
 ただし――嘘を生業にしている者には、必ず別の顔を見せる。

 その日、最初に現れたのは派手な男だった。

「こんばんは。予約していた“ミスター・クロウ”です」

 黒いジャケット、細身のパンツ、指には銀のリング。
 いかにも舞台映えする風貌だが、目だけは異様に冷静だった。

 現代マジシャン。
 テレビや舞台で活躍し、「不可能」を「可能に見せる」ことを仕事にしている男だ。

「お一人様ですね。本日は……相席になります」

「相席? ほぉ~面白いですね」

 クロウは軽く笑い、席に着いた。

 数分後、ドアベルがもう一度鳴る。

 現れたのは、年齢不詳の男。
 深い藍色のローブ、杖、首元に刻まれた複雑な紋様。

 ――魔法使いだ、とクロウは一瞬で理解した。

「……ほう。幻覚のたぐいか?」

「違う。これは現実だ」

 低い声で答えたのは、異世界の魔法使い――名をエルディンという。

 井口凪は二人を一瞥し、短く告げた。

「今日は、“見せる者”同士のようだ。同じ卓で頼む」

 クロウは興味深そうに笑う。

「魔法使いさん、あなたは“本物”ですか?」

「“本物”という言葉を、どう定義する?」

「種も仕掛けもない力です」

「それなら、ある」

「……それは、ずるいな」

 最初の皿は、人参と柑橘の冷製スープ。
 人参は低温でローストし、甘みを凝縮。
 柑橘は皮の苦味を避け、果汁のみを使う。

 冷やしすぎず、口に含むと体温で香りが立つ。

「……甘酸っぱいけど、後味が消える」

 クロウが言う。

「残らぬように作っているからな」

 凪の言葉に、エルディンが頷いた。

「力も同じだ。見せたあとに残してはならん」

「観客は、余韻が欲しいんですよ」

「余韻は、錯覚だ」

 二人はスープを飲み干す。

 次は、焼き茸と穀物の温製前菜。
 茸は水を使わず、塩だけで火を入れる。
 穀物は香ばしく炒り、スープで戻す。

 噛むほどに、土と火の香りが混じる。

「あなたはなぜ嘘をつかう?」

 エルディンが唐突に問う。

「嘘……というより、演出ですね」

「演出か……ようは同じだな」

「違います。
 俺は俺が“信じたいもの”を見せてるだけだ」

「……それは、逃げだな」

 クロウは一瞬黙り、それから苦笑した。

「魔法使いさんは、逃げないんですか?」

「逃げぬ代わりに、孤独になる」

 メインは、牛肉の煮込み。
 赤ワイン、香草、根菜。
 長時間、弱火で煮込み、繊維がほどけるまで待つ。

「時間が、最大の調味料の料理だ」

 凪の言葉に、クロウは頷く。

「俺の世界じゃ、時間は敵です」

「魔法は、時間を味方につけることが出来るからの」

「……羨ましい」

「だが代償は大きい」

 肉を口に運び、クロウが言う。

「俺、最近……自分が何者か分からなくなってきて」

「仮面を重ねすぎたようだな」

「観客が喜ぶ顔を見るとやめられなくて」

「力も同じだ。
 使えば使うほど、自分が薄くなる」

 最後の皿は、何も飾らない焼き菓子。
 砂糖は最小限、小麦と卵の味だけ。

「地味ですね」

「終わりは地味な方がいい」

 食後、クロウはぽつりと言う。

「……魔法、見せてくれませんか」

 エルディンは首を振る。

「見せぬ」

「どうして?」

「見せる必要がないからだ」

 クロウは静かに笑った。

「俺も、そうなりたい……です」

 二人は別々に席を立つ。

 去り際、クロウが振り返る。

「魔法使いさん。
 あなたの“本物”、羨ましかった」

「マジシャン。
 お前の“嘘”は、人を救う」

 扉が閉まり、静寂が戻る。

 あかねが言う。

「どちらが本物だったんでしょう」

 凪は答える。

「腹が満ちた方だ」

 森の奥で、真実と嘘は、同じ温度で消えていった。
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