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第3話 異世界エルフ×現代OL
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森の奥のレストランでは、客が互いを選ぶことはない。
だが、選ばれた者同士が同じ時間に呼ばれることはある。
その日、最初に扉を開けたのは現世の女性だった。
黒のパンツスーツに低めのヒール。肩から提げたバッグには、
仕事用の端末と、使われないままの化粧ポーチが入っている。
「……予約していた、佐倉です」
高木あかねが微笑み、席へ案内する。
「お一人様ですが、少し特別なお席になります」
「特別……?」
佐倉真帆、三十二歳。
都内の企業で働くOLだ。仕事は嫌いではない。評価も悪くない。
だが、最近、自分が「何を我慢しているのか」分からなくなっていた。
真帆が席に着いた直後、もう一度ドアベルが鳴った。
現れたのは、細身の女性。
淡い緑がかった金髪、透き通る肌、長い耳。
――エルフだ!!と真帆は即座に理解した。
驚きよりも先に、妙な納得があった。
「……ここ、で合っている?」
エルフは不慣れな日本語で言った。
「はい。本日は、相席になります」
「相席……? 人間と?」
真帆とエルフは、互いを見た。
「……あ、あの…佐倉です…普通の会社員です」
「私は、森の守り手。名はリュシア」
沈黙が落ちる。
厨房から、井口凪が姿を見せた。
「同じ卓で、食べてもらう。問題あるか?」
真帆は首を横に振り、リュシアは肩をすくめた。
「腹は、世界を越えて空くものだ」
最初の料理は、蕪と林檎の温製前菜。
蕪は皮ごと低温で蒸し、甘みを最大限に引き出す。
林檎は別で焼き、酸味を残す。
ソースは、白ワインと蜂蜜を軽く煮詰め、最後に酢を一滴。
口に運んだ瞬間、真帆は目を見開いた。
「……甘いのに、落ち着く」
「土の味がする。懐かしい」
リュシアが静かに言う。
「……エルフって、何百年も生きるんですよね」
「生きる、というより、在り続ける」
「羨ましいです」
「なぜ?」
真帆は箸を止める。
「私、何年も同じ仕事をしてるのに……積み重なってる感じがしなくて」
「それは、時間の問題ではない」
次はスープ。
茸と玉ねぎの澄ましスープ。
茸は乾燥させ、旨味を凝縮。
玉ねぎは焦がさず、透明になるまで炒める。
余計な具は入れない。
「……静かな味」
「自分の声を聞くための料理だな」
リュシアが言う。
「聞く?」
「心の音」
真帆は、ふっと笑った。
「私の悩み浅いですよね。
仕事もある、給料もある、住む場所もあるのに……」
「悩みは、比べるものではない」
「でも――」
「“足りない”と感じることは、贅沢ではない」
メインは、白身魚のポワレと二種の付け合わせ。
一方には穀物のリゾット、もう一方には葉物のソテー。
「選べ」
凪の声に、二人は違うものを選んだ。
「私は、穀物」
「私は、葉」
魚は皮目を強く焼き、身は柔らかい。
ナイフを入れると、湯気が立つ。
「……私、本当は転職したいんです」
真帆が言う。
「怖い?」
「ええ。今の場所を失うのが」
「私は、森を離れる」
リュシアが言った。
「それは……守り手なのに?」
「守るために、離れる」
沈黙。
「……それ、なんかすごく分かります」
最後は、焼き洋梨と香草のデザート。
甘さは控えめ。余韻だけが残る。
「違う悩みでも、同じ場所に来るんですね」
「悩みは、姿を変えて同じ根を持つのだな」
食後、二人は立ち上がる。
「……少し、決心がつきました」
「私も」
別れ際、真帆は言った。
「あなたの時間、少し分けてもらえた気がします
ありがとう」
リュシアは微笑んだ。
「あなたの“今”は、強い、大丈夫だ」
リュシアが先に扉をあけ帰った
次に佐倉が扉を開け凪とあかねに一礼して帰って行った
その時二人の世界は分かれた。
ホールに戻った静けさの中で、あかねが言う。
「悩みの質が違っても、料理は同じですね」
凪は頷く。
「腹が満ちれば比較なんて物は消えるはずだ」
森の奥で、今日もまた、誰かの違いが受け入れられたそんな一日だった。
だが、選ばれた者同士が同じ時間に呼ばれることはある。
その日、最初に扉を開けたのは現世の女性だった。
黒のパンツスーツに低めのヒール。肩から提げたバッグには、
仕事用の端末と、使われないままの化粧ポーチが入っている。
「……予約していた、佐倉です」
高木あかねが微笑み、席へ案内する。
「お一人様ですが、少し特別なお席になります」
「特別……?」
佐倉真帆、三十二歳。
都内の企業で働くOLだ。仕事は嫌いではない。評価も悪くない。
だが、最近、自分が「何を我慢しているのか」分からなくなっていた。
真帆が席に着いた直後、もう一度ドアベルが鳴った。
現れたのは、細身の女性。
淡い緑がかった金髪、透き通る肌、長い耳。
――エルフだ!!と真帆は即座に理解した。
驚きよりも先に、妙な納得があった。
「……ここ、で合っている?」
エルフは不慣れな日本語で言った。
「はい。本日は、相席になります」
「相席……? 人間と?」
真帆とエルフは、互いを見た。
「……あ、あの…佐倉です…普通の会社員です」
「私は、森の守り手。名はリュシア」
沈黙が落ちる。
厨房から、井口凪が姿を見せた。
「同じ卓で、食べてもらう。問題あるか?」
真帆は首を横に振り、リュシアは肩をすくめた。
「腹は、世界を越えて空くものだ」
最初の料理は、蕪と林檎の温製前菜。
蕪は皮ごと低温で蒸し、甘みを最大限に引き出す。
林檎は別で焼き、酸味を残す。
ソースは、白ワインと蜂蜜を軽く煮詰め、最後に酢を一滴。
口に運んだ瞬間、真帆は目を見開いた。
「……甘いのに、落ち着く」
「土の味がする。懐かしい」
リュシアが静かに言う。
「……エルフって、何百年も生きるんですよね」
「生きる、というより、在り続ける」
「羨ましいです」
「なぜ?」
真帆は箸を止める。
「私、何年も同じ仕事をしてるのに……積み重なってる感じがしなくて」
「それは、時間の問題ではない」
次はスープ。
茸と玉ねぎの澄ましスープ。
茸は乾燥させ、旨味を凝縮。
玉ねぎは焦がさず、透明になるまで炒める。
余計な具は入れない。
「……静かな味」
「自分の声を聞くための料理だな」
リュシアが言う。
「聞く?」
「心の音」
真帆は、ふっと笑った。
「私の悩み浅いですよね。
仕事もある、給料もある、住む場所もあるのに……」
「悩みは、比べるものではない」
「でも――」
「“足りない”と感じることは、贅沢ではない」
メインは、白身魚のポワレと二種の付け合わせ。
一方には穀物のリゾット、もう一方には葉物のソテー。
「選べ」
凪の声に、二人は違うものを選んだ。
「私は、穀物」
「私は、葉」
魚は皮目を強く焼き、身は柔らかい。
ナイフを入れると、湯気が立つ。
「……私、本当は転職したいんです」
真帆が言う。
「怖い?」
「ええ。今の場所を失うのが」
「私は、森を離れる」
リュシアが言った。
「それは……守り手なのに?」
「守るために、離れる」
沈黙。
「……それ、なんかすごく分かります」
最後は、焼き洋梨と香草のデザート。
甘さは控えめ。余韻だけが残る。
「違う悩みでも、同じ場所に来るんですね」
「悩みは、姿を変えて同じ根を持つのだな」
食後、二人は立ち上がる。
「……少し、決心がつきました」
「私も」
別れ際、真帆は言った。
「あなたの時間、少し分けてもらえた気がします
ありがとう」
リュシアは微笑んだ。
「あなたの“今”は、強い、大丈夫だ」
リュシアが先に扉をあけ帰った
次に佐倉が扉を開け凪とあかねに一礼して帰って行った
その時二人の世界は分かれた。
ホールに戻った静けさの中で、あかねが言う。
「悩みの質が違っても、料理は同じですね」
凪は頷く。
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