小さな季節のテーブル ~ワンテーブルレストランと1組のお客様~

物書き赤べこ

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第2話 過去の戦士×現代若者

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 森の奥の小さなレストランでは、通常、客同士が顔を合わせることはない。
 一日一組。
 そのルールが破られるのは、世界の都合が、ほんのわずかに重なったときだけだ。

 最初に扉を開けたのは、現世の青年だった。
 名を名乗らず、予約名だけを告げる。背筋は伸びているが、指先が落ち着かない。

「…予約したのですが…本当に、ここで合ってますよね」

「はい。お待ちしておりました」

 高木あかねの声に、青年は小さく息を吐いた。

 その直後だった。
 もう一度、ドアベルが鳴る。

 重い外套をまとった男が現れる。革の匂い、鉄の気配。
 腰の剣が、この場所に似つかわしくない。

 青年が思わず呟く。

「……え?」

 剣士もまた、青年を見て眉をひそめた。

「……酒場ではないのか」

 あかねは一瞬だけ二人を見比べ、柔らかく微笑む。

「本日は、少し特別なお席になります」

 厨房から現れた井口凪は、状況を一目で理解し、短く言った。

「いらっしゃい今日は同じ卓だ。問題があるなら、今言え」

 青年は逡巡し、剣士は肩をすくめた。

「腹が減っている。それだけだ」

「……俺も、食べないと、先に進めない気がして」

 二人は同じテーブルに座った。

 最初の皿は、焼き野菜と豆の冷製前菜。
 じっくり火を入れたパプリカ、ズッキーニ、玉ねぎ。
 豆は一晩水に浸し、皮が破れぬよう低温で煮含めてある。

 オリーブオイルは香り重視、塩は最小限。
 噛むほどに甘みが立ち上がる。

「……野菜って、こんなに味がありましたっけ」

 青年が言う。

「ある。だが、急いで食うと気づかんよな」

 剣士は迷いなく噛み、飲み込む。

「戦の前は、こういうものがいい。重すぎず、軽すぎず」

「戦……?」

「命を賭ける交渉だ。失敗すれば、死ぬ」

 青年は一瞬言葉に詰まり、それから苦笑する。

「俺は……仕事を辞めるかどうかです」

「命は賭けていないようだ」

「……でも、今のままだと、生きてる感じがしなくて」

 次に運ばれたのは、魚のスープ。
 白身魚の骨から取った澄んだフォンに、香草と少量の酒。
 表面には、極薄に切った魚の身が浮かぶ。

「混ぜずにまず飲め」

 凪の一言に、二人は従う。

 透明な味。だが、舌の奥に確かな深みが残る。

「……静かな味ですね」

「余計なものがない味だな」

 剣士の言葉に、青年は頷く。

「俺、ずっと言い訳ばかりで……」

「言い訳は、生き延びるために必要だろ」

「……そうなんですか?」

「そうだ。だが、いつまでも持ち続けるものではない」

 メインは、鹿肉のロースト。
 一つの大皿に盛られ、切り分ける位置で火入れが異なる。

「好きなところを取れ」

 青年はよく焼けた端を選び、剣士は中心部を選ぶ。

 肉は柔らかく、噛むと野性味のある旨味が広がる。
 ソースは胡椒と赤ワインを煮詰めたもの。酸味が強く、後を引かない。

「……俺、守りに入りすぎてましたね」

 青年がぽつりと言う。

「守るものがあるなら、それでいい」

「でも、守ってる“つもり”だっただけかもしれません」

 剣士は肉を噛み締め、言った。

「決断は腹が決める。頭ではないと思うぞ」

 最後は、硬めのパンと、薄いスープ。
 甘さはなく、満腹にもならない。

「これで終わりですか?」

「続きは、外で食え」

 凪の声は淡々としている。

 食後、二人は同時に立ち上がった。

「……あなたのおかげで、少し楽になりました」

「俺もだ。生きて帰れたら、また来たいな」

 二人は別々のところへ向かう。
 だが、背中は不思議と軽かった。

 静けさの戻った店で、あかねが言う。

「会話も、料理の一部ですね」

 凪は頷く。

「皿の上だけがレストランじゃないからな」

 森の奥で、世界はまた、静かに分かれていった。
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