ホテル「ソラスフォレスト」と季節の人々 ~44歳男性コックと25歳女性コックの不器用関係と不思議なスタッフと~

物書き赤べこ

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第1章 宿り木ホテルと季節の人々

第8話  恋愛に不器用なフロントと恋愛経験0に近い料理人と塩おにぎりと

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夜の厨房。
仕込みを終えた結が上がったあと、
奏は静かに鍋を磨いていた。

そこへ、ふらりと快が入ってくる。
「……奏さん。ちょっといいっすか」
「なんだ。皿でも割ったのか?」
「いや、違います! ……いや、違うんですけど……」
快は椅子に座ると腕を組みやたら落ち着きがない。

奏は鍋を置いた。
「用があるなら言え」
「……相談なんですけど」
「仕事か?」
「……恋愛っすね」

奏の手が止まった。

鍋がカラン、と乾いた音を立てる。
「……俺に、か?」
「他に誰がいるんですか!」
真顔で言い返され、奏は渋々向き合う。

「もう一度聞くがおれにか?俺でよければ…聞こう。何が問題だ」

快は深く息を吸って、
顔を覆いながら言った。

「……京子さん、俺のこと……どう思ってんすかね」

奏は一瞬黙り、
やがて淡々と答えた。
「よっく分からんが好きだとは思うけど(自信ないけど…)」

「えっっ!? そう思いますか?」

「お前を見るとき、目の動きが違う(。…と思う自信ないけど…)
 あと声のトーンと姿勢の変化も。(…と思う自信ないけど…)
 それと……快と一緒に料理を食べるときの表情が、柔らかい」(と思う自信ないけど…)

「なんでそんな冷静に分析できるんすか……」

奏はそこで首を傾げる。
「……恋愛相談というのは、こういうものではないのか?」

「いやまあ……そうなんすけど……」
快は机に突っ伏し、ひどく悩んでいる。
「問題は……俺ですよ」

「お前?」

「俺……前職のホストっていうのもあって女性に声かけるのは得意で
 だいたいの女性はしぐさで何考えてるかわかるんですけど京子さんには
 うまく話しかけれないっていうかしぐさ見てもわかんないんですよ…、」


奏は、しばらく快の沈黙を見つめていた。

そして静かに言う。
「快。料理はな……食べる側が何を感じるかは、作る側にはわからない」

「?」

「けど、“喜んでほしい”と思って作った料理はちゃんと相手に届く。どれだけ不器用でも な」
奏は布巾を置き、真正面から快を見る。

「お前がどう思われてるか、じゃない。
 お前がどう向き合うかだ」

「……向き合う……?」

「好かれてるのが怖いなら、
 怖いと言えばいい。
 距離がほしいなら、距離を置けばいい。
 それでも一緒にいたいと思うなら……
 そのまま言えばいい」

快は口を開きかけたが、
どう返せばいいかわからず、黙り込む。

奏は少しだけ、微笑した。
「料理も恋も、結局は“伝える”ことだ」

「……奏さん」

「お前なら大丈夫だ。
 ……相手を、ちゃんと見てると思う」

快は真っ赤になりながら立ち上げる。
「……ちょっと、言ってきます」
「行ってこい」

快は厨房を出ていき——
1分後。
「やっぱ無理!!」

奏は無言でベースボールキャップを外し、
「……落ち着くまで鍋磨きぎでもしてろ」

「はい……」

シンクの前に立ち鍋磨きをはじめる快。
奏はため息をつきながらも、
その横に静かに椅子を置いた。
「落ち着くまでついててやる」

「……ありがとうございます……」
夜の厨房に、
鍋を磨く音が小さく響いていた。
快はその場で丸まった背を起こし、
深く息を吸う。

「…俺…行ってきます」

奏は短く、
「行け」
とだけ言う。

快は走り出すでもなく、
立ち止まるでもなく、決意を繕いながら厨房を出ていった。

ロビーは静かだった。
夜勤に入った京子が翌日の顧客名簿を読んでいる。

(今だ……今なら、話せる)
快は歩き出したが、10歩で止まる。

(……何話すんだっけ?
 いや、告白っつっても……どう言う?)

曲がり角で立ち止まり、壁に頭をコツンと当てる。
(まず挨拶? いやこんな時間に挨拶って……)

額を押さえてうずくまる。

そのとき——
ポケットが、ぷるっと鳴った。

奏から、短いメッセージ。
《料理と同じだ。
 うまく言おうとするな。
 “今、感じてる味”を伝えればいい》

快は息を呑む。
(……今、感じてる味……)
ふと、今日の“あの料理”が頭に浮かんだ。

——奏が賄いで作った、

シンプルなおにぎり。

落ち着かない心をすっと整えてくれる味。

「ほら、これ食べろ賄いだ」
賄いがおにぎりでがっかりしながら
ひと口食べた瞬間、
胸の奥がスッと温まったあの感覚。

(……そうだ、俺、あの人の前で“あのおにぎりみたいにシンプルになりたい”って思ったんだ)

言葉じゃなく、
格好つけたセリフでもなく、
ただ“どんなときも安心できる味”でいたい。

(……それを言えばいい)
快は大きく息を吸い拳を握る。

「……よし」
再び歩き出す。
今回は止まらない。
階段も、長い廊下も、
夜の灯りだけのホテルも、全部抜けていく。

ついに、
目的のフロントの前に立つ。
喉がカラカラになる。
手が震える。
鼓動が耳の奥で暴れる。
けれど——
奏のおにぎりみたいに、言葉はシンプルで良かった。

「……あのさ。
 今日、言いそびれたことがあるんだ」

京子が驚いた表情で見つめてくる。
快は、震える呼吸を抑えながら言った。

「俺……
 あなたの前だと、
 落ち着くっていうか……
 ……なんか、帰ってきたみたいな気がするんだ」

言った瞬間、膝が抜けそうになる。
相手は目を丸くし、
そのあと、そっと笑った。
「……そんなこと、言われたの初めて」

快の心臓が爆発しそうだった。

「よかったら……
 私も、もっと快を知りたいけど少しずつでも良いかな?」

一瞬、世界が止まる。
次の瞬間、快は真っ赤になりながら頭を抱えた。
「うわあああああああ!!
 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!!
 もちろんです‼友達からお願いします‼」
廊下にこだまする悲鳴。

「友達から!…で良いの?快らしいね」
京子はとても嬉しそうに笑っていた。
「じ…じゃあ夜勤頑張ってください…ま…またあしたです」
「うん、ありがとうまた明日ね、おやすみ」

快がヘロヘロになりながら厨房に戻ると、奏が無言で立っていた。

「……どうだった」
快は壁に手をつきながら、
いつもの軽さのかけらもなく言った。

「……言った……死ぬほど恥ずかしかった……です」

奏は小さくうなずく。
「それでいい。
 不器用でも、本当の味は伝わる」

快は、照れながらも噛みしめるように笑った。
「……ありがとうございます。
 奏さんのおにぎりの味、忘れません」

「忘れなくていい。
 ……お前に必要な味なんだろう」

二人はそれ以上、多くを語らなかった。

二人の前に置かれた
少し冷めたおにぎりが
静かにけれど堂々と見えた。

「…少し飲むか…」
「……はい」

それは、
快の“勇気”を祝うように温かかった。

第9話 「インフルエンサーと取材と黒オムライスと」につづく
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