ホテル「ソラスフォレスト」と季節の人々 ~44歳男性コックと25歳女性コックの不器用関係と不思議なスタッフと~

物書き赤べこ

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第1章 宿り木ホテルと季節の人々

第9話 インフルエンサーと取材と黒オムライス

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昼の静けさを破るように、ホテルのロビーへ派手な声が飛びこんできた。

「はぁい皆さん、今日は“隠れ家ホテルの料理”を紹介しに来ました~!」

スタッフ数人とカメラを引き連れた男。
髪は銀色、派手なアクセサリー、テンションだけで生きているような人物。

彼の名前は――
フォロワー120万のグルメ系インフルエンサー、御影ルカ。

結は一瞬まばたきした。

(え、本物? あの人、良い評価も悪い評価も“影響力が凄い”って噂の……)

京子が接客モードで近づくが、内心の声が漏れる。

「(うわ~~めっちゃ面倒な人来た~~)」

「……京子さん、声漏れてます」
隣の江藤がそっと耳打ちした。

御影ルカは、ためらいなくフロントに乗り出した。

「ここのシェフ、神谷奏さんでしょ?
 二十年世界回ってたって噂、マジですか?
 いいね、絵になる。最高。今日のメインはその人でいきます!」

「撮影の事前許可は取っていますか?」

「もちろん!そちらの支配人に許可はもらってるよ~」

「おい!!私何も聞いてないよ~あのくそ支配人め~何も聞いてないんだけど!!」
「京子さん心の声駄々洩れですよ…」

結も思わず硬直する。
(奏さんを“メイン”、って……なんかイヤな言い方だな……)

良いレビューなら予約殺到、
悪ければその店は“終わり”とまで言われるのが御影ルカだ。

結が状況を伝えると、奏は包丁を止め、ほんの少し考えた。
「……来ると思ってた」

「えっ?何でですか?」

「卸業者の川谷さんが言ってた。
 “近いうちに、目立ちたがりの厄介なのが来るぞ”って」

「私聞いてない……!」
結が思わず声を上げると、奏はくすっと笑った。

「大丈夫。どんな時でも料理は裏切らない」

(……っ その言い方ずるい……)

御影ルカはロビーでライブ配信を開始した。

「はいみんな見て!
 今日の場所ヤバいよ、“超無名なのにガチでうまい料理がある”って噂のホテル!」

「無名って言っちゃうのね……!」

「京子さん、笑顔笑顔!!それと心の声が漏れまくり…」」

支配人もロビーに到着し笑顔で
「面白いことになってきたな!」

全員が緊張しているのに、支配人だけは楽しそうだった。
「おい!!くそ支配人こんな大事なことなんで言わねーんだよ!!っていってやりたい!!」
「京子さんもう漏れすぎて伝わってるよ…」

ーー厨房
「どもどもー! あ~あなたがシェフの神谷奏さん!」

「いらっしゃいませ、ご注文はありますか?」

「お任せで!
 ただし、視聴者と私が満足できなきゃ正直に言っちゃうんで~!」

結は胃が痛くなった。
奏は、笑顔でも怒りでもない、ただ静かな表情で頷いた。

「……わかりました」

奏が出したのは、
“黒オムライス”。

黄色いオムライスの周りに黒いソースがかかっている
ただ、ソースの香りだけで心があたたかくなるような一皿。

御影ルカはひと口食べ、ふっと息を止めた。

「……あれ?」

スタッフも視聴者も沈黙する。

「これ……なんだ……
 濃厚な黒いソースはアサリ出汁とイカ墨かな…
 卵もシルクの様に滑らかな口当たりで…チキンライスとのバランスが凄い…
 なんか心もあったか……これ以上は言葉にできないおいしさ…」
御影の顔は素の顔になっていた。

結は思わずひとり手を握りしめた。

奏は静かに言った。

「ありがとうございます。」

御影ルカはスプーンを置き、
画面に向かって大声で叫んだ。

「はっ!!はいみんな、神回きました!!
 これ本物!!
 今日ここに来て正解!!
 てか、泣きそうなんだけど!?大丈夫?」

画面が一気にコメントで流れる。

〈行きたい!〉
〈予約とれるのこれ?〉
〈こんな場所あったんだ〉
〈料理の温度って何? 説明して〉
<黒オムライスってどんな味>

ホテルの公式サイトはその瞬間、軽く落ちた。

配信後、御影ルカは結に向き直った。

「君、神谷さんに“特別扱い”されてるでしょ?」

「えっ? な、なにがですか?」

「気づかない?
 神谷さん、君が近くにいると空気が一段階だけ優しくなるよ?」

「っ……え、」

頬が熱くなった瞬間――
御影ルカはにやりと笑った。

「そういうの、画面に映すとエモいから、また来るね!」

やめてください、と結は本気で思った。

厨房に戻ると、奏が結を見て少し首をかしげた。

「どうした……何か言われた?」

「い、いえっ! なんでも、ないです!」

「そっか」

奏はそれ以上追及しない。
なのに、その優しさがまた胸をくすぐる。

(……なんでこんなに気にしてるの、私……)

結の胸のうちでは、
つばさとは違う方向の熱が、またひとつ生まれていた。

「あ~あの二人見てるとなんかもやもやする!!早く付き合っちゃえばいいのに~イライラする」
「京子さん今日は心の声漏れすぎですってフォローしきれないって…」

第10話 「パティシエと恋と焦がしみかんのタルトと」につづく
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