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第1章 宿り木ホテルと季節の人々
第12話 お笑い芸人と火加減と極厚ステーキと
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「おい三井! このホテルめちゃくちゃ良うない? なんか高級感あるのに気取ってへん!」
「……厚見、それ言う前に荷物置け。いくら決起泊まりでも騒ぐな」
そんな二人をロビーで迎えたのは、京子の引きつり営業スマイルがさく裂しながら。
「ご予約の“トライ&エラー様”ですね?」
「はい! エラーのほうです!」
「お前が名乗るなや!!」
京子は深いため息を押し殺し、鍵を渡した。
夜のレストラン。
二人は“ホテルの名物ステーキ”の噂を聞きつけ、厨房を覗いていた。
「うわ、すげぇ……あれ焼いてるのが噂の神谷シェフか?」
「ほんまに料理人なん? めっちゃ寡黙やん……」
奏はふたりの視線を感じて振り向く。
「ここは立ち入り禁止ですが…注文はホールスタッフにおねが…」
奏の言葉をさえぎるように
「ト、トライ&エラー特製……超分厚いステーキを!」
「そんなメニューはない」
と奏は即するが、厚見は引かない。
「お願いします! 今年こそ売れたいんですわ!
ここで景気つけて、気合い入れて、来月のオーディション勝ちたいんです!」
奏は三秒だけ厚見の顔を見つめたのち――
「……わかった。だからホールで待っててくれ」と呟いた。
三井が目をむく。
「えっ作るんすか!? 厚見の勢いに負けたんです?」
「単に、うるさいからだ」
運ばれてきたのは、粗挽き黒胡椒と焦がしバターの香りが立つリブステーキ。
サイズは通常の3倍はありそうだ。
厚見の理想と、奏の職人としての限界点がぶつかった“ギリギリの厚さ”だった。
「うまっ……なんやこれ……」
「分厚いのに柔らかっ。火入れ、プロすぎる……」
気づけば、ふたりは黙って食べていた。
奏が二人の席に近づき、ぽつりと言う。
「…口に合ったならよかった…だがな厚見さん、ステーキは厚いだけじゃダメだ。
火加減が狂うと、全部台無しになる。」
厚見はフォークを止める。
「火加減……」
三井も小さくうなずく。
「焦って空回りしても、受けんもんな……」
奏は肩をすくめた。
「まあ、俺は笑いはわからんが。
でも“噛み締めてうまいもの”は、だいたいシンプルなもんだ」
厚見は拳を握った。
「よっしゃ。オレらもシンプルにいこ。来年は絶対売れんで!」
三井が即ツッコミ。
「それ去年も言ってたやろ」
だが、三井の目はどこか誇らしげだった。
京子がぼそっと厨房の端でつぶやく。
「……いいコンビね、あの二人」
江藤は腕を組んで微笑む。
「熱い客は、見てるとこっちまで火が入るな」
翌日。
チェックアウトの際、厚見は京子に小さな紙切れを差し出した。
「ネタ帳に、ここでの話をちょっと書かせてもらいました。
もしよかったら……」
京子が開くと、そこには
《火加減だけは裏切らへん》
というタイトルのツッコミ入りコント台本が。
京子は吹き出した。
「……いいじゃない。売れそうよ」
厚見は耳まで赤くして笑った。
「売れたら……また泊まりに来ます!」
三井が言う。
「売れてなくても来ますけどね!」
京子が笑い、フロントが温かい空気に包まれた。
そしてその夜、厨房では奏がぽつり。
「……あの迷惑な厚見、案外嫌いじゃないな」
結が言う。
「また来ますよ。うるさい声聞こえる気がしますもん」
江藤が肩を竦める。
「そのときは、もっと分厚いステーキ要求されるかもな」
奏は笑って、包丁を握りなおした。
第12話 「昼の女と夜の女と焦がしミカンと」につづく
「……厚見、それ言う前に荷物置け。いくら決起泊まりでも騒ぐな」
そんな二人をロビーで迎えたのは、京子の引きつり営業スマイルがさく裂しながら。
「ご予約の“トライ&エラー様”ですね?」
「はい! エラーのほうです!」
「お前が名乗るなや!!」
京子は深いため息を押し殺し、鍵を渡した。
夜のレストラン。
二人は“ホテルの名物ステーキ”の噂を聞きつけ、厨房を覗いていた。
「うわ、すげぇ……あれ焼いてるのが噂の神谷シェフか?」
「ほんまに料理人なん? めっちゃ寡黙やん……」
奏はふたりの視線を感じて振り向く。
「ここは立ち入り禁止ですが…注文はホールスタッフにおねが…」
奏の言葉をさえぎるように
「ト、トライ&エラー特製……超分厚いステーキを!」
「そんなメニューはない」
と奏は即するが、厚見は引かない。
「お願いします! 今年こそ売れたいんですわ!
ここで景気つけて、気合い入れて、来月のオーディション勝ちたいんです!」
奏は三秒だけ厚見の顔を見つめたのち――
「……わかった。だからホールで待っててくれ」と呟いた。
三井が目をむく。
「えっ作るんすか!? 厚見の勢いに負けたんです?」
「単に、うるさいからだ」
運ばれてきたのは、粗挽き黒胡椒と焦がしバターの香りが立つリブステーキ。
サイズは通常の3倍はありそうだ。
厚見の理想と、奏の職人としての限界点がぶつかった“ギリギリの厚さ”だった。
「うまっ……なんやこれ……」
「分厚いのに柔らかっ。火入れ、プロすぎる……」
気づけば、ふたりは黙って食べていた。
奏が二人の席に近づき、ぽつりと言う。
「…口に合ったならよかった…だがな厚見さん、ステーキは厚いだけじゃダメだ。
火加減が狂うと、全部台無しになる。」
厚見はフォークを止める。
「火加減……」
三井も小さくうなずく。
「焦って空回りしても、受けんもんな……」
奏は肩をすくめた。
「まあ、俺は笑いはわからんが。
でも“噛み締めてうまいもの”は、だいたいシンプルなもんだ」
厚見は拳を握った。
「よっしゃ。オレらもシンプルにいこ。来年は絶対売れんで!」
三井が即ツッコミ。
「それ去年も言ってたやろ」
だが、三井の目はどこか誇らしげだった。
京子がぼそっと厨房の端でつぶやく。
「……いいコンビね、あの二人」
江藤は腕を組んで微笑む。
「熱い客は、見てるとこっちまで火が入るな」
翌日。
チェックアウトの際、厚見は京子に小さな紙切れを差し出した。
「ネタ帳に、ここでの話をちょっと書かせてもらいました。
もしよかったら……」
京子が開くと、そこには
《火加減だけは裏切らへん》
というタイトルのツッコミ入りコント台本が。
京子は吹き出した。
「……いいじゃない。売れそうよ」
厚見は耳まで赤くして笑った。
「売れたら……また泊まりに来ます!」
三井が言う。
「売れてなくても来ますけどね!」
京子が笑い、フロントが温かい空気に包まれた。
そしてその夜、厨房では奏がぽつり。
「……あの迷惑な厚見、案外嫌いじゃないな」
結が言う。
「また来ますよ。うるさい声聞こえる気がしますもん」
江藤が肩を竦める。
「そのときは、もっと分厚いステーキ要求されるかもな」
奏は笑って、包丁を握りなおした。
第12話 「昼の女と夜の女と焦がしミカンと」につづく
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