ホテル「ソラスフォレスト」と季節の人々 ~44歳男性コックと25歳女性コックの不器用関係と不思議なスタッフと~

物書き赤べこ

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第1章 宿り木ホテルと季節の人々

第12話 お笑い芸人と火加減と極厚ステーキと

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「おい三井! このホテルめちゃくちゃ良うない? なんか高級感あるのに気取ってへん!」
「……厚見、それ言う前に荷物置け。いくら決起泊まりでも騒ぐな」

そんな二人をロビーで迎えたのは、京子の引きつり営業スマイルがさく裂しながら。

「ご予約の“トライ&エラー様”ですね?」

「はい! エラーのほうです!」
「お前が名乗るなや!!」

京子は深いため息を押し殺し、鍵を渡した。

夜のレストラン。
二人は“ホテルの名物ステーキ”の噂を聞きつけ、厨房を覗いていた。

「うわ、すげぇ……あれ焼いてるのが噂の神谷シェフか?」
「ほんまに料理人なん? めっちゃ寡黙やん……」

奏はふたりの視線を感じて振り向く。

「ここは立ち入り禁止ですが…注文はホールスタッフにおねが…」

奏の言葉をさえぎるように
「ト、トライ&エラー特製……超分厚いステーキを!」

「そんなメニューはない」
と奏は即するが、厚見は引かない。

「お願いします! 今年こそ売れたいんですわ!
ここで景気つけて、気合い入れて、来月のオーディション勝ちたいんです!」

奏は三秒だけ厚見の顔を見つめたのち――
「……わかった。だからホールで待っててくれ」と呟いた。

三井が目をむく。

「えっ作るんすか!? 厚見の勢いに負けたんです?」

「単に、うるさいからだ」

運ばれてきたのは、粗挽き黒胡椒と焦がしバターの香りが立つリブステーキ。
サイズは通常の3倍はありそうだ。

厚見の理想と、奏の職人としての限界点がぶつかった“ギリギリの厚さ”だった。

「うまっ……なんやこれ……」
「分厚いのに柔らかっ。火入れ、プロすぎる……」

気づけば、ふたりは黙って食べていた。

奏が二人の席に近づき、ぽつりと言う。

「…口に合ったならよかった…だがな厚見さん、ステーキは厚いだけじゃダメだ。
 火加減が狂うと、全部台無しになる。」

厚見はフォークを止める。

「火加減……」

三井も小さくうなずく。

「焦って空回りしても、受けんもんな……」

奏は肩をすくめた。

「まあ、俺は笑いはわからんが。
 でも“噛み締めてうまいもの”は、だいたいシンプルなもんだ」

厚見は拳を握った。

「よっしゃ。オレらもシンプルにいこ。来年は絶対売れんで!」

三井が即ツッコミ。

「それ去年も言ってたやろ」

だが、三井の目はどこか誇らしげだった。

京子がぼそっと厨房の端でつぶやく。

「……いいコンビね、あの二人」

江藤は腕を組んで微笑む。

「熱い客は、見てるとこっちまで火が入るな」

翌日。
チェックアウトの際、厚見は京子に小さな紙切れを差し出した。

「ネタ帳に、ここでの話をちょっと書かせてもらいました。
もしよかったら……」

京子が開くと、そこには

《火加減だけは裏切らへん》

というタイトルのツッコミ入りコント台本が。

京子は吹き出した。

「……いいじゃない。売れそうよ」

厚見は耳まで赤くして笑った。

「売れたら……また泊まりに来ます!」

三井が言う。

「売れてなくても来ますけどね!」

京子が笑い、フロントが温かい空気に包まれた。

そしてその夜、厨房では奏がぽつり。

「……あの迷惑な厚見、案外嫌いじゃないな」

結が言う。

「また来ますよ。うるさい声聞こえる気がしますもん」

江藤が肩を竦める。

「そのときは、もっと分厚いステーキ要求されるかもな」

奏は笑って、包丁を握りなおした。

第12話 「昼の女と夜の女と焦がしミカンと」につづく
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