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第1章 宿り木ホテルと季節の人々
第19話 ハロウィンとコスプレと鶏肉のディアボロ風と
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ハロウィンの前日の夜。
スタッフのコスプレを決める会議は、実は朝の段階でひっそり開かれていた。
「結ちゃんには魔女。これは確定でしょ」
「うん。しかも“ちょっと大人のやつ”ね」
そう言って、舞と京子はにやりと笑いあった。
理由は簡単だ。
――結が大人っぽい格好をすると、奏が確実に動揺するから。
「ねぇ京子。奏って恋愛経験……薄そうじゃない?」
「見ればわかる。“火加減と包丁の持ち方”のほうが詳しいタイプよ」
「だよね~!だから、結ちゃんがちょっと攻めると、もう顔が真っ赤で……」
「かわいいわよねぇ、あの感じ」
二人は完全に“楽しむ側”だった。
次に自分たちの衣装を決める番。
「舞さんは魔女でしょ。絶対似合う」
「そうかな? こう、スリットばーんって入ったドレスとか。肩とか出しちゃう」
「攻めすぎじゃない?」
「ハロウィンだからいいのよ!」
京子は黒猫の耳と尻尾を手に取り、大満足の顔。
「黒猫はね、尾の動きで男の視線を全部さらえるの」
「私には似合わないからなぁ……京子、ほんとスタイルいいよね」
「舞も黒猫やれば良かったのに」
「だめだめ。私がやると“ただのガチ猫”になる」
二人は笑って衣装を抱えて控室を後にした。
ハロウィン当日の午後。
ホテル・リトルフォレストの中庭に、支配人の妙なテンションが響き渡っていた。
「今年のテーマは“仮装ハロウィン”です! スタッフの皆さん、コスプレよろしく!」
その声に、奏はため息をついた。
黒いロングコート、白いシャツ、胸元には赤い布……どう見ても吸血鬼だ。
「……まあ、料理さえちゃんと作れればいい」
奏は鶏肉を漬け込んだボウルを抱え、厨房に戻る。
唐辛子、レモン、にんにく、ハーブ。
“悪魔風”の名にふさわしい刺激的な香りが立ちのぼる。
そこへ、結がそろそろと入ってきた。
「奏さん……その、ちょっと、見ないでください」
言われると見てしまうのが人の性だ。
振り返った奏は、言葉を失った。
――短めのワンピースに、深い紫のマント。
結の“魔女衣装”は、いつもよりずっと大人っぽい。
「あ…なんか…ごめん」
「え、聞こえませんでした!?」
「いや、だから……ごめんって言った」
結の耳まで赤くなり、慌てて鍋の横に立つ。
その動きにつられてスカートがひらりと揺れ、奏は視線を泳がせた。
「こ、これ……舞さんと京子さんに選ばれて……」
「だろうな……あの二人の趣味だ」
その張本人たちは、廊下でこそこそ覗き込んでいた。
舞は、大胆なスリット入りの黒いドレスに魔女帽子。
肩をきらりと出した大人の魔女姿で、完全に“攻めている”。
「ねぇ京子、見た? 奏のあの顔」
隣の京子は、黒猫の耳と尻尾を揺らしながら満足げに頷く。
ピタッとした黒いスーツに尾がついていて、こちらはこちらで破壊力が高い。
「見たわ。あれは落ちてる顔よ、確定」
「ね~、結ちゃん可愛いもんねぇ。もっと攻めさせたい!」
「ダメよ舞。奏の理性が持たないわ」
二人で悪い笑いを浮かべる。
夕暮れが近づき、野外ディナーの準備が整った。
奏はホールにてコンロに火をつけ、鶏肉を焼き始める。
ジュウッ、と音とともに辛味の煙が上がる。
「唐辛子……効いてるな」
その香りがホテル全体を包み込む。
「げほっ……香りが強すぎませんか、これ!」
魔女姿の舞が、涙目で近づいてくる。
その胸元の開き具合に、奏は目線の置き場に困った。
「近づくなって言ったろ……! 今日は全体的に刺激的なんだよ」
「どっちの意味で?」
「料理の話だ!」
舞は笑いながら黒猫の京子を呼ぶ。
「ねぇ京子、奏が照れた~!」
「ほんと、わかりやすい男ね」
京子は尻尾をゆらりと揺らし、結の方を見る。
結はかぼちゃを運びながら、ちらちら奏を見ていた。
「結ちゃん、今日の奏は絶対落としやすいわよ」
「お、落とすって……!」
「言っておくけど、あなたが可愛いのも罪なのよ」
舞も加わる。
「ていうか奏の反応、完全に“魔女の誘惑に負けた吸血鬼”じゃん」
「やめてくださいよ~!」
いよいよハロウィンディナーが始まる時間。
奏のディアボロ風は、火照るような辛味とレモンの爽やかさが絶妙だ。
結が盛り付けを手伝うたび、指先がかすかに触れ合い、二人とも黙り込む。
「奏さんなんか落ち着きないですね」
「……結がそんな衣装着てたら、落ち着くはずないだろ」
「っ……!」
結は真っ赤になり、慌てて離れる。
それを遠くから見た舞と京子が、ハイタッチしていた。
お客様が集まり始めると、事件はさらに加速した。
奏の吸血鬼姿に女性客が群がり、写真を撮りたがる。
結の魔女姿は男性客をざわつかせる。
舞の魔女姿は色気が強すぎて男性は近寄れず遠くから見つめるしかできない。
京子の黒猫は、尾が揺れるたびに狼男の衣装の快が周りの男にやさしく威嚇して周っていた。
「やっぱり…今日のディナー、刺激的すぎるんじゃ……?」
結は顔を真っ赤にして言う。
奏は鶏肉をひっくり返しながら呆れたように答えた。
「料理だけじゃなく、スタッフ全員刺激強めだな」
「奏さんも、ですよ……?」
「……そうか」
「わるいフライパン、任せてもいいか?」
「……はい」
唐辛子の香りより、結の体温のほうが強く感じた。
イベントが終わり、後片付けの時間。
奏は鍋を洗いながらぼそりと言った。
「……刺激が強すぎだろ、今日」
「料理ですか?」と結が尋ねる。
「料理“も”だ」
結は一拍置いて、そっと笑った。
「……来年も、着ますね」
「……俺は来年はコックコートでいいだろ」
そんな二人を、舞と京子は遠くから見守っていた。
「結ちゃん、攻め始めたね~」
「いいわね。恋って、こうやって進むのよ」
黒猫が尾を揺らし、大人魔女が肩で笑う。
夜のハロウィンは、誰もが少しだけ大胆になる。
ホテル・リトルフォレストの庭は、
今年もまた、刺激的な秋の香りに包まれていた。
第20話 「捨て犬と看板犬とドッグフードと」につづく
スタッフのコスプレを決める会議は、実は朝の段階でひっそり開かれていた。
「結ちゃんには魔女。これは確定でしょ」
「うん。しかも“ちょっと大人のやつ”ね」
そう言って、舞と京子はにやりと笑いあった。
理由は簡単だ。
――結が大人っぽい格好をすると、奏が確実に動揺するから。
「ねぇ京子。奏って恋愛経験……薄そうじゃない?」
「見ればわかる。“火加減と包丁の持ち方”のほうが詳しいタイプよ」
「だよね~!だから、結ちゃんがちょっと攻めると、もう顔が真っ赤で……」
「かわいいわよねぇ、あの感じ」
二人は完全に“楽しむ側”だった。
次に自分たちの衣装を決める番。
「舞さんは魔女でしょ。絶対似合う」
「そうかな? こう、スリットばーんって入ったドレスとか。肩とか出しちゃう」
「攻めすぎじゃない?」
「ハロウィンだからいいのよ!」
京子は黒猫の耳と尻尾を手に取り、大満足の顔。
「黒猫はね、尾の動きで男の視線を全部さらえるの」
「私には似合わないからなぁ……京子、ほんとスタイルいいよね」
「舞も黒猫やれば良かったのに」
「だめだめ。私がやると“ただのガチ猫”になる」
二人は笑って衣装を抱えて控室を後にした。
ハロウィン当日の午後。
ホテル・リトルフォレストの中庭に、支配人の妙なテンションが響き渡っていた。
「今年のテーマは“仮装ハロウィン”です! スタッフの皆さん、コスプレよろしく!」
その声に、奏はため息をついた。
黒いロングコート、白いシャツ、胸元には赤い布……どう見ても吸血鬼だ。
「……まあ、料理さえちゃんと作れればいい」
奏は鶏肉を漬け込んだボウルを抱え、厨房に戻る。
唐辛子、レモン、にんにく、ハーブ。
“悪魔風”の名にふさわしい刺激的な香りが立ちのぼる。
そこへ、結がそろそろと入ってきた。
「奏さん……その、ちょっと、見ないでください」
言われると見てしまうのが人の性だ。
振り返った奏は、言葉を失った。
――短めのワンピースに、深い紫のマント。
結の“魔女衣装”は、いつもよりずっと大人っぽい。
「あ…なんか…ごめん」
「え、聞こえませんでした!?」
「いや、だから……ごめんって言った」
結の耳まで赤くなり、慌てて鍋の横に立つ。
その動きにつられてスカートがひらりと揺れ、奏は視線を泳がせた。
「こ、これ……舞さんと京子さんに選ばれて……」
「だろうな……あの二人の趣味だ」
その張本人たちは、廊下でこそこそ覗き込んでいた。
舞は、大胆なスリット入りの黒いドレスに魔女帽子。
肩をきらりと出した大人の魔女姿で、完全に“攻めている”。
「ねぇ京子、見た? 奏のあの顔」
隣の京子は、黒猫の耳と尻尾を揺らしながら満足げに頷く。
ピタッとした黒いスーツに尾がついていて、こちらはこちらで破壊力が高い。
「見たわ。あれは落ちてる顔よ、確定」
「ね~、結ちゃん可愛いもんねぇ。もっと攻めさせたい!」
「ダメよ舞。奏の理性が持たないわ」
二人で悪い笑いを浮かべる。
夕暮れが近づき、野外ディナーの準備が整った。
奏はホールにてコンロに火をつけ、鶏肉を焼き始める。
ジュウッ、と音とともに辛味の煙が上がる。
「唐辛子……効いてるな」
その香りがホテル全体を包み込む。
「げほっ……香りが強すぎませんか、これ!」
魔女姿の舞が、涙目で近づいてくる。
その胸元の開き具合に、奏は目線の置き場に困った。
「近づくなって言ったろ……! 今日は全体的に刺激的なんだよ」
「どっちの意味で?」
「料理の話だ!」
舞は笑いながら黒猫の京子を呼ぶ。
「ねぇ京子、奏が照れた~!」
「ほんと、わかりやすい男ね」
京子は尻尾をゆらりと揺らし、結の方を見る。
結はかぼちゃを運びながら、ちらちら奏を見ていた。
「結ちゃん、今日の奏は絶対落としやすいわよ」
「お、落とすって……!」
「言っておくけど、あなたが可愛いのも罪なのよ」
舞も加わる。
「ていうか奏の反応、完全に“魔女の誘惑に負けた吸血鬼”じゃん」
「やめてくださいよ~!」
いよいよハロウィンディナーが始まる時間。
奏のディアボロ風は、火照るような辛味とレモンの爽やかさが絶妙だ。
結が盛り付けを手伝うたび、指先がかすかに触れ合い、二人とも黙り込む。
「奏さんなんか落ち着きないですね」
「……結がそんな衣装着てたら、落ち着くはずないだろ」
「っ……!」
結は真っ赤になり、慌てて離れる。
それを遠くから見た舞と京子が、ハイタッチしていた。
お客様が集まり始めると、事件はさらに加速した。
奏の吸血鬼姿に女性客が群がり、写真を撮りたがる。
結の魔女姿は男性客をざわつかせる。
舞の魔女姿は色気が強すぎて男性は近寄れず遠くから見つめるしかできない。
京子の黒猫は、尾が揺れるたびに狼男の衣装の快が周りの男にやさしく威嚇して周っていた。
「やっぱり…今日のディナー、刺激的すぎるんじゃ……?」
結は顔を真っ赤にして言う。
奏は鶏肉をひっくり返しながら呆れたように答えた。
「料理だけじゃなく、スタッフ全員刺激強めだな」
「奏さんも、ですよ……?」
「……そうか」
「わるいフライパン、任せてもいいか?」
「……はい」
唐辛子の香りより、結の体温のほうが強く感じた。
イベントが終わり、後片付けの時間。
奏は鍋を洗いながらぼそりと言った。
「……刺激が強すぎだろ、今日」
「料理ですか?」と結が尋ねる。
「料理“も”だ」
結は一拍置いて、そっと笑った。
「……来年も、着ますね」
「……俺は来年はコックコートでいいだろ」
そんな二人を、舞と京子は遠くから見守っていた。
「結ちゃん、攻め始めたね~」
「いいわね。恋って、こうやって進むのよ」
黒猫が尾を揺らし、大人魔女が肩で笑う。
夜のハロウィンは、誰もが少しだけ大胆になる。
ホテル・リトルフォレストの庭は、
今年もまた、刺激的な秋の香りに包まれていた。
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