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第1章 宿り木ホテルと季節の人々
第27話 「お坊さんと12月と尼さんのおなら←料理名です」
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師走の風は、いつもより少しだけ音を立ててホテルリトルフォレストの木々を揺らしていた。
年末特有の慌ただしさが町に満ちるなか、このホテルだけは、時の流れが一拍遅い。
「……今日のお客様、ちょっと特殊ね」
フロントで予約表を見つめながら、三条京子が小さく呟いた。
「僧侶の方、ですか?」
隣で帳簿を確認していた江藤快が視線を上げる。
「そう。師走で、法事続きらしいわ」
「年末に来るお坊さんって、なんか“本物感”ありますね」
「なにそれ」
そんな会話を交わしていると、玄関の戸が静かに開いた。
冷たい外気と一緒に、穏やかな気配が入り込む。
「こんばんは。本日、一泊お世話になります」
黒の袈裟に身を包んだ男性が、深く一礼した。
年齢は五十代半ば。声に角がなく、立ち姿がやけに静かだ。
「曹洞宗、円照寺の道玄と申します」
「い、いらっしゃいませ!」
京子は背筋を伸ばし、いつもより一段丁寧に応対した。
その様子を、ロビーのストーブ前で寝そべっていたぬくがじっと見ている。
道玄はぬくに気づいて微笑んだ。
「これは……」
ゆっくり膝を折り、ぬくと目線を合わせる。
「いい目をしていますね。
この宿の“守り髪”でしょう」
ぬくは一瞬きょとんとし、それから尻尾を振った。
「ほら……もう仲良くなってる」
京子が小声で言う。
「動物は、嘘のない場所が好きですから」
道玄はそう言って立ち上がった。
厨房では、結が夕食の相談をしていた。
「奏さん、お坊さんだそうです」
「……知ってる」
奏は淡々と包丁を動かす。
「精進料理にします?」
「しない」
即答だった。
「え?」
「精進料理は、修行の場で食うものだ。
旅先で出される“それっぽいもの”は、逆に疲れる」
結は少し考え、頷いた。
「じゃあ……」
「師走の料理でいい。
体を冷やさず、あまり胃に残らない消化の良いものだ」
奏は出汁を引き始めた。
派手さはないが、湯気がまっすぐ立ち上る。
その様子を、職場体験中の千夏がじっと見ていた。
「……あの、奏さん」
「なんだ」
「お坊さんって、料理のこと……厳しいですか?」
「さあな」
奏は一度だけ千夏を見る。
「でも、うまいものは分かるとおもう」
「……それ、ちょっと怖いですね」
奏は、ほんの一瞬だけ口元を緩めた。
夕食は静かに進んだ。
道玄は、一品一品を急がず、確かめるように食べる。
「……ありがたい」
そう言って、深く頭を下げた。
「体に余計なものが残らない。
こういう食事は、年の瀬には特に沁みます」
結は胸をなで下ろし、奏は何も言わなかったが、火加減を少し弱めた。
事件が起きたのは、食後のことだった。
「結これお坊さんに持っていって」
「こちら、ささやかですが……」
結が持ってきたさらには丸い揚げドーナツが小さい紙切れと共にのっていた。
「ほほ、これはこれは。」
メモを見た道玄は笑顔になる
《尼さんのおなら》とメモ紙に書いてあった。
「……え?」
結は思わず声に出す。
「これ、名前……申し訳ありません……!!」
ぬくが「ふん?」と鼻を鳴らす。
結の顔が引きつる。
(奏さん…なんで…)
だが――
道玄は
「懐かしいですね」
「えっ!?」
「修行時代、よく食べました」
一同、完全に固まる。
「これは洋菓子です。
質素ですが、心が落ち着く」
ドーナッツを一つ取る。
「名前で誤解されがちですが……
あえて可笑しい名をつけることで、
“笑ってはいけない場”の緊張を和らげる意味もある」
「真面目なだけでは、人は続きませんから」
京子は、思わず息を吐いた。
「……よかった……」
「ふふ。
旅先でこの菓子が出るとは、思いませんでした」
奏が、ぼそりと言う。
「……料理も同じだ」
道玄は頷いた。
「ええ、名前や形式より、本質ですね」
夜。
ロビーで薪が静かに燃える。
千夏は、ぬくを撫でながら道玄に尋ねた。
「お坊さんって、ずっと心が静かなんですか?」
道玄は少し考えた。
「いいえ。
だから修行をするんです」
「え?」
「心は、放っておくと騒がしくなる。
静かにする技術を、学んでいるだけですよ」
千夏は、なんだか安心した。
翌朝。
道玄は出立の準備を終え、玄関で一礼した。
「忙しい時期でしょう。
どうか、息を忘れずに」
ぬくが足元に座る。
「この子がいる限り、大丈夫そうですね」
そう言って、道玄は去っていった。
ドアが閉まったあと、京子がぽつりと言う。
「……いいお客さんだったわね」
「うん」
結は頷く。
奏は、ドアを見つめて言った。
「……名前に驚くものほど、
中身は、案外まともだ」
ぬくはその場でごろんと転がり、
師走のホテルは、今日も少しだけ温かかった。
第28話「見抜かれと時間とルンダンと」
年末特有の慌ただしさが町に満ちるなか、このホテルだけは、時の流れが一拍遅い。
「……今日のお客様、ちょっと特殊ね」
フロントで予約表を見つめながら、三条京子が小さく呟いた。
「僧侶の方、ですか?」
隣で帳簿を確認していた江藤快が視線を上げる。
「そう。師走で、法事続きらしいわ」
「年末に来るお坊さんって、なんか“本物感”ありますね」
「なにそれ」
そんな会話を交わしていると、玄関の戸が静かに開いた。
冷たい外気と一緒に、穏やかな気配が入り込む。
「こんばんは。本日、一泊お世話になります」
黒の袈裟に身を包んだ男性が、深く一礼した。
年齢は五十代半ば。声に角がなく、立ち姿がやけに静かだ。
「曹洞宗、円照寺の道玄と申します」
「い、いらっしゃいませ!」
京子は背筋を伸ばし、いつもより一段丁寧に応対した。
その様子を、ロビーのストーブ前で寝そべっていたぬくがじっと見ている。
道玄はぬくに気づいて微笑んだ。
「これは……」
ゆっくり膝を折り、ぬくと目線を合わせる。
「いい目をしていますね。
この宿の“守り髪”でしょう」
ぬくは一瞬きょとんとし、それから尻尾を振った。
「ほら……もう仲良くなってる」
京子が小声で言う。
「動物は、嘘のない場所が好きですから」
道玄はそう言って立ち上がった。
厨房では、結が夕食の相談をしていた。
「奏さん、お坊さんだそうです」
「……知ってる」
奏は淡々と包丁を動かす。
「精進料理にします?」
「しない」
即答だった。
「え?」
「精進料理は、修行の場で食うものだ。
旅先で出される“それっぽいもの”は、逆に疲れる」
結は少し考え、頷いた。
「じゃあ……」
「師走の料理でいい。
体を冷やさず、あまり胃に残らない消化の良いものだ」
奏は出汁を引き始めた。
派手さはないが、湯気がまっすぐ立ち上る。
その様子を、職場体験中の千夏がじっと見ていた。
「……あの、奏さん」
「なんだ」
「お坊さんって、料理のこと……厳しいですか?」
「さあな」
奏は一度だけ千夏を見る。
「でも、うまいものは分かるとおもう」
「……それ、ちょっと怖いですね」
奏は、ほんの一瞬だけ口元を緩めた。
夕食は静かに進んだ。
道玄は、一品一品を急がず、確かめるように食べる。
「……ありがたい」
そう言って、深く頭を下げた。
「体に余計なものが残らない。
こういう食事は、年の瀬には特に沁みます」
結は胸をなで下ろし、奏は何も言わなかったが、火加減を少し弱めた。
事件が起きたのは、食後のことだった。
「結これお坊さんに持っていって」
「こちら、ささやかですが……」
結が持ってきたさらには丸い揚げドーナツが小さい紙切れと共にのっていた。
「ほほ、これはこれは。」
メモを見た道玄は笑顔になる
《尼さんのおなら》とメモ紙に書いてあった。
「……え?」
結は思わず声に出す。
「これ、名前……申し訳ありません……!!」
ぬくが「ふん?」と鼻を鳴らす。
結の顔が引きつる。
(奏さん…なんで…)
だが――
道玄は
「懐かしいですね」
「えっ!?」
「修行時代、よく食べました」
一同、完全に固まる。
「これは洋菓子です。
質素ですが、心が落ち着く」
ドーナッツを一つ取る。
「名前で誤解されがちですが……
あえて可笑しい名をつけることで、
“笑ってはいけない場”の緊張を和らげる意味もある」
「真面目なだけでは、人は続きませんから」
京子は、思わず息を吐いた。
「……よかった……」
「ふふ。
旅先でこの菓子が出るとは、思いませんでした」
奏が、ぼそりと言う。
「……料理も同じだ」
道玄は頷いた。
「ええ、名前や形式より、本質ですね」
夜。
ロビーで薪が静かに燃える。
千夏は、ぬくを撫でながら道玄に尋ねた。
「お坊さんって、ずっと心が静かなんですか?」
道玄は少し考えた。
「いいえ。
だから修行をするんです」
「え?」
「心は、放っておくと騒がしくなる。
静かにする技術を、学んでいるだけですよ」
千夏は、なんだか安心した。
翌朝。
道玄は出立の準備を終え、玄関で一礼した。
「忙しい時期でしょう。
どうか、息を忘れずに」
ぬくが足元に座る。
「この子がいる限り、大丈夫そうですね」
そう言って、道玄は去っていった。
ドアが閉まったあと、京子がぽつりと言う。
「……いいお客さんだったわね」
「うん」
結は頷く。
奏は、ドアを見つめて言った。
「……名前に驚くものほど、
中身は、案外まともだ」
ぬくはその場でごろんと転がり、
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