ホテル「ソラスフォレスト」と季節の人々 ~44歳男性コックと25歳女性コックの不器用関係と不思議なスタッフと~

物書き赤べこ

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第1章 宿り木ホテルと季節の人々

第43話 奏引き留め大作戦と揺らぎとおにぎりと

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その作戦会議は、朝例が終わった直後、誰にも号令されることなく始まった。
奏は食材を取りに市場に行くことになっていたので集まりやすかったのだ。

「……で?」
 フロント横のテーブルに集まったスタッフたちを見回し、京子が腕を組む。

「誰が言い出したの?」

「言い出したというより」
 江藤快が眼鏡を押し上げた。
「自然発生ですね」

「怖い言い方しないで」

 支配人・木島五郎は深刻な顔で頷く。

「神谷を、このホテルから出すわけにはいかん」

「急にまともなこと言うのやめてください」

「失礼だな!?」

 舞がコーヒーを啜りながら言った。
「でもさ、無理に引き留めるのも違う気がする」

「わかってる!」
 京子が即座に返す。
「わかってるけど、何もしないのも嫌なのよ!」

「……奏さんが」
 結が、小さく口を開いた。
「ここに、居たいって思える理由を一つでも増やしたいだけです」

 全員が、一瞬黙った。

「……それだ」
 支配人が指を鳴らす。
「ここにいたい理由大作戦だ」

「ネーミングが雑すぎます」

「よし、決まり!」
 支配人は立ち上がった。
「“神谷引き留め大作戦”を開始する!」

「声でかい!!」

 厨房の奥から、ぬくが首をかしげた。

 作戦内容は、意外と単純だった。

「奏さんに」
「“ここが居場所だ”って思わせる」

「それ、どうやって?」

 京子の問いに、結は少し考えてから言った。

「……おにぎり」

「……はい?」

「奏さん」
「ちゃんと、食べてないんです」

「……あー」
 快が頷いた。
「確かに忙しいと、コーヒーだけだもんな」

「よし」
 舞が即決した。
「作ろう」

「え、誰が?」

「全員」

 こうして、**ソラス・フォレスト全スタッフによる“おにぎり大作戦”**が始動した。

 厨房は、異様な空気に包まれていた。

「……ちょっと京子」
 結が囁く。
「塩、多すぎじゃ……」

「気のせいよ」
「愛情よ!!愛情!!」

「それ血圧に悪い愛情です」

「うるさいわね!」

 舞は器用に具を刻んでいる。
「鮭、梅、昆布……」
「あと、変化球で味噌焼きおにぎり」

「舞さん」
 快が真顔で言う。
「変化球は危険です」

「えー」
「神谷さん、変なの好きそうじゃない?」

「好きなのは“理屈のある変”です」

 支配人はなぜか張り切っていた。

「私は“白米のみ”でいく!」

「支配人」
 京子が呆れる。
「具なし?」

「素材の味だ!」

「逃げですね」

 結は、黙々と手を動かしていた。

 白米を、そっと手に取り。
 空気を含ませるように、優しく。

(……おにぎりって)
(こんなに、手の感触が大事なんだ)

 具は、何も入れない。

 ただ、ほんの少しの塩。

(奏さんは)
(こういうの、好きだと思う)

 ぬくが、足元で尻尾を振る。

「……だめ」
 結は笑った。
「これは、あなたのじゃない」

 ぬくは不満そうに鳴いた。

 昼下がり。

 奏が市場から帰ってきて厨房に入ってきた。

「……なんだ、これ」

 テーブルの上に並ぶ、無数のおにぎり。

 形はまちまち。
 美しいものも、歪なものもある。

「……何の儀式だ」

「儀式言わないでください」
 快が即答する。

 京子が咳払いをした。

「神谷さんちょっと、休憩しよう」

「…いや仕込みで…忙しい」

「いいから!」

 半ば強引に、椅子に座らせる。

 結が、そっとお皿を差し出した。

「……どうぞ」

 奏は、一つ目を取る。

 京子作。

 ……しょっぱい。

「……京子」

「な、なによ!」

「血圧が……」

「うるさい黙って食え!」

 二つ目。

 舞の味噌焼きおにぎり。

「……これは」

「どう?」

「……理屈はあってるな」

「やった」

 三つ目。

 支配人の白米。

「……」

「どうだ!」

「……白い……だけ」

「それ以上言うな!」

 最後に。

 結のおにぎり。

 奏は、少しだけ間を置いてから口にした。

 何も言わない。

 ただ、ゆっくり噛む。

「……」

 結は、息を詰めて見守る。

「……うまい」

 それだけ。

 だが。

 その一言が、全員を黙らせた。

「……神谷」
 支配人が、珍しく真面目な声を出した。
「ここはお前の場所だ」

「……」

「無理にとは言わん」
「でも」
「私たちは、お前と仕事がしたい」

 奏は、少しだけ目を伏せた。

「…すまん…まだ考えている」

 結の胸が、ぎゅっと締まる。

「……ただ」
 奏は続けた。
「ここには火がある」

 結を見る。

「……それを、簡単に捨てる気はない」

 その言葉に。

 誰かが、鼻をすすった。

「……っ」
 京子だった。
「なによ、急にかっこつけて……」

「京子さん」
 快が小声で言う。
「泣いてます」

「泣いてない!うるさい!ばか!」

 ぬくが、奏の足元に座った。

 奏は、そっと頭を撫でる。

「……お前もここが好きか」

 ぬくは、尻尾を振った。

 その夜。

 結は、厨房で後片付けをしていた。

「……結」

 奏が、声をかける。

「今日はありがとう」

「……いえ」

 少し、間が空く。

「……引き抜きの話」
 奏が言った。
「まだ、結論は出てない」

 結は、うなずいた。

「でも急がない」

「……はい」

 奏は、ふっと息を吐いた。

「……おにぎり一個で」
「ここまで揺れるとは、思わなかった」

 結は、小さく笑った。

「……大したことは、してません」

「いや十分だ」

 その距離は、
 おにぎり一個分。

 けれど。

 確実に、近づいていた。

第44話「去る理由と残る理由とラザニアと」につづく
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