ホテル「ソラスフォレスト」と季節の人々 ~44歳男性コックと25歳女性コックの不器用関係と不思議なスタッフと~

物書き赤べこ

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第1章 宿り木ホテルと季節の人々

第63話 告白と返答とマリアージュと

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 夜の厨房は、昼とは別の顔をしている。

 火は落ち、換気扇の音も止まり、
 残っているのは、洗い終えた鍋の金属音と、
 冷蔵庫の低い唸りだけ。

 結は、カウンターに肘をついていた。

「……奏さん」

「ん?」

 奏は、タオルで手を拭きながら振り返る。

「“マリアージュ”って、なんだと思いますか」

 いきなりの問いに、奏は一拍置いた。

「料理の?」

「はい。料理の、ですけど……たぶん、それだけじゃなくて」

 奏は少し考えてから言った。

「単純に言えば、
 “合わさることで、単体より良くなる関係”だな」

「……足し算じゃなくて?」

「掛け算だ」

 結は、その言葉を噛みしめる。

「じゃあ……合わないと、どうなりますか」

「無理に合わせると、どっちも壊れる」

 即答だった。

 結は小さく笑った。

「……奏さんらしいですね」

「そうか?」

「はい。優しいけど、逃げない答え」

 奏は何も言わなかったが、視線だけは結から外さなかった。

 少し、沈黙。

 結は、深呼吸してから言った。

「……私、最近ずっと考えてたんです」

「何を」

「料理のこと、仕事のこと……それと」

 一瞬、言葉が詰まる。

「……奏さんのこと」

 奏の眉が、わずかに動いた。

「それは、師弟としてか」

 結は、首を横に振った。

「それだけなら、こんなに苦しくならないです」

 声が、少し震える。

「負けた日も、悔しくて泣いた夜も、
 引き抜きの話を聞いたときも……」

 結は、まっすぐ奏を見た。

「奏さんがいなくなるかもしれないって考えただけで、
 料理が、怖くなりました」

 奏は、何も言わない。

 結は続ける。

「それって、
 尊敬とか、憧れとか、師弟とか……
 そういう言葉で、もう片づけられないって、分かってて」

 一歩、近づく。

「私、奏さんが好きです」

 厨房の空気が、張りつめる。

 奏は、しばらく黙っていた。

 やがて、低く言う。

「……俺は、向いてない」

「何に、ですか」

「誰かの人生に、深く関わること」

「それ、決めるのは奏さんじゃないです」

 即座に返ってきた言葉に、奏は目を細めた。

「……強くなったな」

「奏さんのせいです」

 結は、少しだけ笑った。

「私は、奏さんと一緒にいたいです。
 料理人としても、人としても」

「……一緒にいるってのは」

「付き合う、です」

 はっきりと言った。

「曖昧なのは、嫌です」

 奏は、息を吐いた。

「……俺は、不器用だぞ」

「知ってます」

「仕事を優先するし」

「それも知ってます」

「言葉も、少ない」

「はい」

 間。

「……それでもいいなら」

 結の目が、少し潤む。

「それがいいんです!!」

 奏は、ゆっくり近づいた。

「俺にとって、料理は人生そのものだ。
 それを分けるってことは……」

「はい……」

「簡単な覚悟じゃない」

 結は、頷いた。

「私も、料理で生きてます」

 二人の距離が、もう逃げられないほど近づく。

「……マリアージュ、だな」

 奏が、ぽつりと言う。

「互いの欠点も、温度も、
 全部含めて、合わさる関係」

「……はい」

 奏は、結の頬にそっと触れた。

 指先が、あたたかい。

「……後悔しないか」

「しません」

 そのまま、ゆっくりと顔が近づく。

 逃げ場はない。
 逃げるつもりもない。

 唇が、触れた。

 一瞬、確かめるようなキス。

 深くはない。
 でも、確かに“始まり”だった。

 唇が離れると、結が小さく息を吸った。

「……付き合いましたね」

「……ああ」

 奏は、少しだけ照れたように視線を逸らす。

「厨房で告白するな」

「奏さんが、厨房の人だからです」

 結は笑う。

 奏も、わずかに口元を緩めた。

 その夜、
 二人の関係は恋人になった。

 まだ不器用で、まだ言葉は少ない。
 けれど確かに、
 合わさって、前より良くなる関係だった。

第64話「翌日と距離感とレモンパイと」につづく
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