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第2章 季節の変わり目は複雑な天気に
第76話 書類審査結果通知
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午前十時前の厨房は、まだ完全には温まっていなかった。
朝食のピークを越え、鍋もフライパンも一度落ち着く時間。
換気扇の音だけが、一定のリズムで鳴っている。
結は、仕込み台で人参を刻んでいた。
包丁の動きは正確だが、どこか意識が散っている。
刃がまな板に当たる音が、いつもより少し軽い。
(……今日だ)
コンクール一次審査の結果発表日。
分かっている。
通知はメール一本だ。
合否だけが、簡潔に書かれてくる。
なのに、胸の奥が妙に落ち着かない。
「結!!」
京子の声に、結は顔を上げた。
「フロントで電話取って。多分、あなた宛だと思う」
「……はい」
胸が、きゅっと縮む。
受話器を取ると、聞き慣れた低い声だった。
「こちら、国内料理人育成機構です」
一瞬、音が遠のく。
「神谷結さんでしょうか?」
「……はい」
「この度は、料理コンクールへのご応募、ありがとうございました」
結は、受話器を持つ手に力が入るのを感じた。
「書類およびコンセプト審査の結果ですが——」
言葉が、はっきりと続く。
「一次審査、通過となりました」
頭が、真っ白になる。
「詳細は、メールでもお送りします。
二次審査は実技審査になりますので、指定日に——」
そこから先の説明は、ほとんど覚えていない。
電話を切ったあと、結はしばらくその場に立ち尽くしていた。
(……通った)
思っていたより、喜びは爆発しなかった。
代わりに、ずしん、と重いものが胸に落ちる。
(……次は、逃げられない)
厨房に戻ると、公が最初に気づいた。
「顔、青いぞ」
「…あっ…一次、通りました」
公は、一瞬だけ目を見開き、それから深く息を吐いた。
「……おめでとう」
だが、その声には浮かれた響きはなかった。
「二次は、実技だから地獄だぞ」
「……分かってますよ」
公は、自分の過去を思い出すように言う。
「書類はな、料理の“理屈”を見る。
でも実技は、“実力に嘘がないか”を見られる」
結は、頷いた。
そこへ、奏が静かに近づいてくる。
「……結果来たのか?」
「はい」
奏は、それ以上何も聞かない。
祝福も、励ましもない。
ただ一言。
「シチュー、もう一回組み直せ」
「……はい?」
「コンセプトは通ったが。
味はまだまだだ」
結の背筋が伸びる。
「お前の料理だ。守りに入るなよ」
結は、唇を噛んだ。
「……はい」
奏は、そこで初めて結を見る。
「通過は、ゴールじゃない」
少し間を置いて、続ける。
「スタートでもない」
「……」
「“本番が始まる”だけだ」
その言葉が、胸に落ちる。
厨房の隅で、京子が腕を組んで見ていた。
「……結さ」
「はい?」
「顔がなんか“覚悟した人間”の顔になってるよ」
結は、苦笑した。
「……全然、余裕ないですけどね」
「それでいいんじゃない」
京子は、にやっと笑う。
昼の仕込みが再開される。
結は、寸胴鍋を引き寄せた。
一次審査は、紙だった。
言葉と構想だけで、評価された。
二次は違う。
火の前で、
時間と、温度と、判断を、
一人で引き受ける。
結は、鍋に火を入れる。
コト……と、小さな音がなった。
まだ、何も始まっていない。
でも、もう後戻りはできない。
(……やるしかない!!)
その静かな決意を、
厨房の誰も、言葉にしなかった。
朝食のピークを越え、鍋もフライパンも一度落ち着く時間。
換気扇の音だけが、一定のリズムで鳴っている。
結は、仕込み台で人参を刻んでいた。
包丁の動きは正確だが、どこか意識が散っている。
刃がまな板に当たる音が、いつもより少し軽い。
(……今日だ)
コンクール一次審査の結果発表日。
分かっている。
通知はメール一本だ。
合否だけが、簡潔に書かれてくる。
なのに、胸の奥が妙に落ち着かない。
「結!!」
京子の声に、結は顔を上げた。
「フロントで電話取って。多分、あなた宛だと思う」
「……はい」
胸が、きゅっと縮む。
受話器を取ると、聞き慣れた低い声だった。
「こちら、国内料理人育成機構です」
一瞬、音が遠のく。
「神谷結さんでしょうか?」
「……はい」
「この度は、料理コンクールへのご応募、ありがとうございました」
結は、受話器を持つ手に力が入るのを感じた。
「書類およびコンセプト審査の結果ですが——」
言葉が、はっきりと続く。
「一次審査、通過となりました」
頭が、真っ白になる。
「詳細は、メールでもお送りします。
二次審査は実技審査になりますので、指定日に——」
そこから先の説明は、ほとんど覚えていない。
電話を切ったあと、結はしばらくその場に立ち尽くしていた。
(……通った)
思っていたより、喜びは爆発しなかった。
代わりに、ずしん、と重いものが胸に落ちる。
(……次は、逃げられない)
厨房に戻ると、公が最初に気づいた。
「顔、青いぞ」
「…あっ…一次、通りました」
公は、一瞬だけ目を見開き、それから深く息を吐いた。
「……おめでとう」
だが、その声には浮かれた響きはなかった。
「二次は、実技だから地獄だぞ」
「……分かってますよ」
公は、自分の過去を思い出すように言う。
「書類はな、料理の“理屈”を見る。
でも実技は、“実力に嘘がないか”を見られる」
結は、頷いた。
そこへ、奏が静かに近づいてくる。
「……結果来たのか?」
「はい」
奏は、それ以上何も聞かない。
祝福も、励ましもない。
ただ一言。
「シチュー、もう一回組み直せ」
「……はい?」
「コンセプトは通ったが。
味はまだまだだ」
結の背筋が伸びる。
「お前の料理だ。守りに入るなよ」
結は、唇を噛んだ。
「……はい」
奏は、そこで初めて結を見る。
「通過は、ゴールじゃない」
少し間を置いて、続ける。
「スタートでもない」
「……」
「“本番が始まる”だけだ」
その言葉が、胸に落ちる。
厨房の隅で、京子が腕を組んで見ていた。
「……結さ」
「はい?」
「顔がなんか“覚悟した人間”の顔になってるよ」
結は、苦笑した。
「……全然、余裕ないですけどね」
「それでいいんじゃない」
京子は、にやっと笑う。
昼の仕込みが再開される。
結は、寸胴鍋を引き寄せた。
一次審査は、紙だった。
言葉と構想だけで、評価された。
二次は違う。
火の前で、
時間と、温度と、判断を、
一人で引き受ける。
結は、鍋に火を入れる。
コト……と、小さな音がなった。
まだ、何も始まっていない。
でも、もう後戻りはできない。
(……やるしかない!!)
その静かな決意を、
厨房の誰も、言葉にしなかった。
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