ホテル「ソラスフォレスト」と季節の人々 ~44歳男性コックと25歳女性コックの不器用関係と不思議なスタッフと~

物書き赤べこ

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第2章 季節の変わり目は複雑な天気に

第80話 二次試験内容通知

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 午後の厨房は、奇妙に静かだった。

 昼のピークは過ぎ、仕込みの音だけが規則正しく響く。
 結は寸胴の前で火加減を見ながら、何度目か分からない確認をしていた。

 ――シチュー。

 一次審査で提出した、あの一皿。

 自分で書いたコンセプト。
 自分で紡いだレシピ。
 自分で定義した「料理」。

(……まだ私は終わってない)

 そのとき、フロントから京子の声が飛んできた。

「結ー! メール来てるわよ!」

 心臓が、はっきりと音を立てる。

「……はい!」

 タブレットを受け取る指先が、わずかに震えた。

 件名は簡潔だった。

『国内料理コンクール 二次審査について』

 呼吸を一度、整える。

 ――開く。

 文章は事務的で、感情の入り込む余地はない。

『一次審査通過者に対し、二次審査(実技)を以下の内容で実施します』

 結は、画面を追う。

『二次審査課題:
 一次審査にて提出された料理を“核”とした、新規メニューの構築』

 指が止まる。

『・主素材およびテーマは一次提出料理を踏襲すること
 ・提供形態、構成、味の方向性は自由
 ・ただし「同一料理の改良」は不可とする』

 喉が、きゅっと鳴った。

 一次で提出したシチュー。
 あれを、ただ良くするだけではダメ。

 壊すか、展開するか、意味を変えるか。

 ――自分の料理に問い直せということだ。

「……なるほどね」

 後ろから、静かな声。

 振り向くと、奏が立っていた。

「理解したか?」

「……はい」

 結は、タブレットを差し出す。

 奏は一読して、短く息を吐いた。

「妥当な条件だな」

「……厳しいですね」

「当たり前だ」

 奏は淡々と言う。

「一次で“何者か”を名乗った。
 二次は、“本当にそうなのか”を見られる」

 結は、唇を噛む。

「……シチューを、使えって」

「違う」

 奏は、はっきり否定した。

「シチュー“から”作れだ!!」

 言葉の違いが、重くのしかかる。

「同じ皿を出したら、その時点で負けだ」

「……はい」

 厨房の向こうで、公が会話を聞いていた。

「地獄のようなテーマだな……」

「公……」

 公は苦笑する。

「俺が二回戦で落ちたのはまさにこれだ」

「……」

「自分の料理を、一回“完成した”って思った瞬間終わる」

 結は、視線を落とした。

 完成した、なんて思っていない。
 でも――守りたい気持ちは、確実にあった。

 そこへ、京子が腕を組んで割って入る。

「でもさ」

「?」

「嫌な課題だけど正直でいいと思うわ」

「……正直?」

「“あなたは何を作りたい人間か”って、
 ちゃんと聞いてきてるじゃない」

 結は、ゆっくり息を吐いた。

「…なんというか…逃げ場の無い課題ですね」

「ないわね」

 京子は笑う。

「でも、それでも通ったんでしょ1次」

 奏が、結を見た。

「怖いか?」

 一瞬、迷ってから。

「……怖いです」

 奏は、少しだけ口元を緩めた。

「それでいい」

「え?」

「恐れを知らない料理人は伸びない」

 その言葉が、胸に残る。

 結は、寸胴鍋に視線を戻した。

 まだ火は入れていない。
 材料も、並んでいない。

 でも、もう分かっている。

 二次審査は、
 技術の勝負じゃない。

 ――自分が、どんな料理人でいたいか。

 それを、もう一度、皿に載せる。

 結は、エプロンの紐を結び直した。

「……考えます」

「考えろ」

 奏は、それ以上何も言わなかった。

 一次は、紙だった。
 二次は、厨房だ。

 そして、厨房は――
 嘘を許さない。
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