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第2章 季節の変わり目は複雑な天気に
第84話 デートがヒント
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夜の厨房は、音が少なかった。
換気扇の低い唸り。
冷蔵庫のコンプレッサー音。
包丁も火も、今は動いていない。
結は、作業台に肘をつき、
ノートを開いたまま何も書けずにいた。
二次審査。
一次審査のシチューを使った新メニュー。
制限は明確。
評価軸も分かっている。
――なのに。
「……何も浮かばない」
言葉にすると胸の奥がきしんだ。
シチューを解体する案。
ソースに転用する案。
逆に、形を残す案。
どれも「正しい」。
そして、どれも――つまらない。
「……嫌だな」
ぽつりとこぼれる。
料理が
課題になった瞬間急につまらなくなる。
その感覚が
ここ数日ずっとまとわりついていた。
結はノートを閉じた。
ふと、
視線が窓の外に向く。
暗い庭。
足元を照らす低い灯り。
その灯りを見た瞬間、
不意に映像が重なった。
――観覧車。
ゆっくり上がっていくゴンドラ。
沈黙。
並んで座って同じ景色を見る時間。
『……包丁を持たない結をちゃんと見たかった』
奏の声が思い出される。
次に浮かんだのは回転寿司。
研究でも評価でもない。
ただ「旨い」で終わった時間。
『今日は、研究じゃない』
そしてコンサート。
音に身を委ねて
自分が何者かを忘れていた瞬間。
結ははっとした。
「……あ」
厨房の真ん中で立ち尽くす。
思い出しているのは、
料理そのものじゃない。
味でも技術でもない。
「……一緒に食べてた」
並んで座って。
同じものを口にして。
同じ時間を過ごしていた。
評価も意味も背負っていなかった。
結はゆっくり息を吸った。
「……そうか」
二次審査の条件が頭の中で別の意味を持ち始める。
一次審査の料理を使った新メニュー。
それは
料理を“進化”させろという意味じゃない。
――料理を別の時間に連れて行け。
結は作業台に戻りノートを開いた。
ペンを取る。
止まっていた線が動き出す。
「……シチューは完成品じゃない」
書きながら独り言のように呟く。
「完成してたのは、
“その場で食べる時間”だった」
一次審査のシチュー。
あれは、
寒い日に体を温める料理。
鍋からよそってスプーンで食べる。
でも。
「……それを
別の時間に置いたら?」
結の視線が
冷蔵庫の中を思い浮かべる。
翌日。
少し落ち着いた味。
馴染んだ具材。
――一緒に食べる人がいる前提の料理。
「……一人じゃない料理」
そこまで書いて結の手が止まる。
そして静かに笑った。
「……奏さんだ」
彼は
料理の説明をしない。
代わりに
「一緒に食べる」場所を作る。
結はペンを走らせる。
“シチューを主役にしない新メニュー”
“再加熱ではなく再共有”
パンに合わせる?
小鍋にする?
取り分ける前提の構成?
アイデアが、
評価軸じゃなく生活から出てくる。
結は気づく。
胸の重さが消えている。
「私……料理、嫌いじゃなかった」
嫌いになりかけていたのは、
**“勝つための料理”**だった。
でも……
好きな人と並んで何も考えずに食べた時間は。
ちゃんと自分の中に残っていた。
結は、ノートを閉じた。
窓の外は、まだ暗い。
でも、厨房の中は、
少しだけ明るく感じられた。
「……明日、試作しよう」
そう呟いて、
結は電気を落とした。
その背中は、
久しぶりに軽かった。
換気扇の低い唸り。
冷蔵庫のコンプレッサー音。
包丁も火も、今は動いていない。
結は、作業台に肘をつき、
ノートを開いたまま何も書けずにいた。
二次審査。
一次審査のシチューを使った新メニュー。
制限は明確。
評価軸も分かっている。
――なのに。
「……何も浮かばない」
言葉にすると胸の奥がきしんだ。
シチューを解体する案。
ソースに転用する案。
逆に、形を残す案。
どれも「正しい」。
そして、どれも――つまらない。
「……嫌だな」
ぽつりとこぼれる。
料理が
課題になった瞬間急につまらなくなる。
その感覚が
ここ数日ずっとまとわりついていた。
結はノートを閉じた。
ふと、
視線が窓の外に向く。
暗い庭。
足元を照らす低い灯り。
その灯りを見た瞬間、
不意に映像が重なった。
――観覧車。
ゆっくり上がっていくゴンドラ。
沈黙。
並んで座って同じ景色を見る時間。
『……包丁を持たない結をちゃんと見たかった』
奏の声が思い出される。
次に浮かんだのは回転寿司。
研究でも評価でもない。
ただ「旨い」で終わった時間。
『今日は、研究じゃない』
そしてコンサート。
音に身を委ねて
自分が何者かを忘れていた瞬間。
結ははっとした。
「……あ」
厨房の真ん中で立ち尽くす。
思い出しているのは、
料理そのものじゃない。
味でも技術でもない。
「……一緒に食べてた」
並んで座って。
同じものを口にして。
同じ時間を過ごしていた。
評価も意味も背負っていなかった。
結はゆっくり息を吸った。
「……そうか」
二次審査の条件が頭の中で別の意味を持ち始める。
一次審査の料理を使った新メニュー。
それは
料理を“進化”させろという意味じゃない。
――料理を別の時間に連れて行け。
結は作業台に戻りノートを開いた。
ペンを取る。
止まっていた線が動き出す。
「……シチューは完成品じゃない」
書きながら独り言のように呟く。
「完成してたのは、
“その場で食べる時間”だった」
一次審査のシチュー。
あれは、
寒い日に体を温める料理。
鍋からよそってスプーンで食べる。
でも。
「……それを
別の時間に置いたら?」
結の視線が
冷蔵庫の中を思い浮かべる。
翌日。
少し落ち着いた味。
馴染んだ具材。
――一緒に食べる人がいる前提の料理。
「……一人じゃない料理」
そこまで書いて結の手が止まる。
そして静かに笑った。
「……奏さんだ」
彼は
料理の説明をしない。
代わりに
「一緒に食べる」場所を作る。
結はペンを走らせる。
“シチューを主役にしない新メニュー”
“再加熱ではなく再共有”
パンに合わせる?
小鍋にする?
取り分ける前提の構成?
アイデアが、
評価軸じゃなく生活から出てくる。
結は気づく。
胸の重さが消えている。
「私……料理、嫌いじゃなかった」
嫌いになりかけていたのは、
**“勝つための料理”**だった。
でも……
好きな人と並んで何も考えずに食べた時間は。
ちゃんと自分の中に残っていた。
結は、ノートを閉じた。
窓の外は、まだ暗い。
でも、厨房の中は、
少しだけ明るく感じられた。
「……明日、試作しよう」
そう呟いて、
結は電気を落とした。
その背中は、
久しぶりに軽かった。
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