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第2章 季節の変わり目は複雑な天気に
第86話 完成
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夜明け前の厨房は音が少ない。
換気扇の低い唸りと遠くで冷蔵庫が息をする音だけが結の背中を押していた。
結はまな板の前に立ち、昨日焼いたシカゴピザ生地を見下ろしていた。
――大きすぎる。
味の話ではない。
構成の話でもない。
口に入れるまでの距離が遠い。
結はナイフを手に取ったがすぐには入れなかった。
頭の中で何度も「食べる瞬間」を再生する。
ナイフを入れる。
チーズが伸びる。
層が崩れる。
歓声が上がる。
……それは見る側の体験だ。
「……食べる人の気持ち」
自分のメモを思い出す。
結は深く息を吸いナイフを入れた。
今度は豪快ではない。
正方形にきっちり。
さらにそれを――半分に切る。
一口サイズ。
指でつまめるほどの大きさ。
「……これなら
……いや…これだ!!」
結はフライパンを出した。
油は使わない。
切り分けた生地の底面だけを、軽く焼く。
じゅっ、と小さな音。
目的は焼き色ではない。
歯を入れた瞬間の“入口”を作ること。
焼き上がった小さな四角をオーブン皿に並べる。
間隔をあける。
一つ一つが独立した料理になるように。
その上に一次審査のシチューをベースにした固めの層。
スプーン一杯。
多すぎないように……
結は、わざとスプーンの背で表面を整えなかった。
凹凸を残す。
次に、野菜。
ブロッコリーは小房をさらに割り、
にんじんは角を落として、
ズッキーニは厚みを均一に。
一口で、歯に当たる順番を考える。
下から、
生地の歯切れ。
シチューのコク。
野菜の水分。
ラザニアシートは、
型抜きで一回り小さく。
“主張しない仕切り”。
ホワイトソースは、
とろりではなく、
すっと流れる一歩手前。
スプーンで落とすと、
自然に縁まで広がる。
最後にチーズ。
結は迷った末シュレッドと薄切りを混ぜた。
溶ける速さが違う。
時間差で口の中を変化させるため。
オーブンへ。
今度は温度を少し下げる。
焼くというより全体を温めてまとめる感覚。
焼き上がり。
結は、トングで一つだけ取った。
湯気が立つ。
小さいのにちゃんと“料理の顔”をしている。
一口。
――カリッ。
底が先に割れ、
すぐに、チーズとソースが追いかけてくる。
噛む必要がない。
歯を入れた瞬間すべてが同時に口に入る。
迷わない。
でも押しつけてこない。
結は思わず目を閉じた。
「……これだ」
大きな一皿では、
食べる人は“正解”を探してしまう。
でもこのサイズなら。
どう食べるか考えなくていい。
ただ口に入れるだけ。
結は皿に並んだ小さな四角を見つめた。
提供の仕方を料理にした。
カットは客の前でしない。
チーズを伸ばして見せない。
代わりに一口で完成する構造を最初から用意する。
「……九割、超えた」
残り一割は、
もう味ではない。
結はメモに書き足した。
『一口で世界が完結すること』
その文字を見てふっと笑った。
「……奏さん、
これなら何も言わないよね」
厨房の奥で朝の仕込みの音が少しずつ増え始めていた。
その音は久しぶりに軽く聞こえた。
結はエプロンを結び直す。
二次審査はもう“戦う料理”じゃない。
食べる人と同じ速度で進む料理。
その答えが、
ようやく手の中にあった。
換気扇の低い唸りと遠くで冷蔵庫が息をする音だけが結の背中を押していた。
結はまな板の前に立ち、昨日焼いたシカゴピザ生地を見下ろしていた。
――大きすぎる。
味の話ではない。
構成の話でもない。
口に入れるまでの距離が遠い。
結はナイフを手に取ったがすぐには入れなかった。
頭の中で何度も「食べる瞬間」を再生する。
ナイフを入れる。
チーズが伸びる。
層が崩れる。
歓声が上がる。
……それは見る側の体験だ。
「……食べる人の気持ち」
自分のメモを思い出す。
結は深く息を吸いナイフを入れた。
今度は豪快ではない。
正方形にきっちり。
さらにそれを――半分に切る。
一口サイズ。
指でつまめるほどの大きさ。
「……これなら
……いや…これだ!!」
結はフライパンを出した。
油は使わない。
切り分けた生地の底面だけを、軽く焼く。
じゅっ、と小さな音。
目的は焼き色ではない。
歯を入れた瞬間の“入口”を作ること。
焼き上がった小さな四角をオーブン皿に並べる。
間隔をあける。
一つ一つが独立した料理になるように。
その上に一次審査のシチューをベースにした固めの層。
スプーン一杯。
多すぎないように……
結は、わざとスプーンの背で表面を整えなかった。
凹凸を残す。
次に、野菜。
ブロッコリーは小房をさらに割り、
にんじんは角を落として、
ズッキーニは厚みを均一に。
一口で、歯に当たる順番を考える。
下から、
生地の歯切れ。
シチューのコク。
野菜の水分。
ラザニアシートは、
型抜きで一回り小さく。
“主張しない仕切り”。
ホワイトソースは、
とろりではなく、
すっと流れる一歩手前。
スプーンで落とすと、
自然に縁まで広がる。
最後にチーズ。
結は迷った末シュレッドと薄切りを混ぜた。
溶ける速さが違う。
時間差で口の中を変化させるため。
オーブンへ。
今度は温度を少し下げる。
焼くというより全体を温めてまとめる感覚。
焼き上がり。
結は、トングで一つだけ取った。
湯気が立つ。
小さいのにちゃんと“料理の顔”をしている。
一口。
――カリッ。
底が先に割れ、
すぐに、チーズとソースが追いかけてくる。
噛む必要がない。
歯を入れた瞬間すべてが同時に口に入る。
迷わない。
でも押しつけてこない。
結は思わず目を閉じた。
「……これだ」
大きな一皿では、
食べる人は“正解”を探してしまう。
でもこのサイズなら。
どう食べるか考えなくていい。
ただ口に入れるだけ。
結は皿に並んだ小さな四角を見つめた。
提供の仕方を料理にした。
カットは客の前でしない。
チーズを伸ばして見せない。
代わりに一口で完成する構造を最初から用意する。
「……九割、超えた」
残り一割は、
もう味ではない。
結はメモに書き足した。
『一口で世界が完結すること』
その文字を見てふっと笑った。
「……奏さん、
これなら何も言わないよね」
厨房の奥で朝の仕込みの音が少しずつ増え始めていた。
その音は久しぶりに軽く聞こえた。
結はエプロンを結び直す。
二次審査はもう“戦う料理”じゃない。
食べる人と同じ速度で進む料理。
その答えが、
ようやく手の中にあった。
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