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第2章 季節の変わり目は複雑な天気に
第99話 久しぶりの空気
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合同練習が休みの日。
結は久しぶりにソラス・フォレストの厨房に立っていた。
白衣に袖を通すだけで肩の力が少し抜ける。
外の会場では常に誰かと比べられ、測られ、値踏みされる。
けれどここでは――。
「おはようございます」
そう言った瞬間だった。
「おっ、結!」
「久しぶり!」
「今日はこっち側なの?」
同時多発的に声が飛ぶ。
京子が振り返りぱっと顔を明るくした。
「戻ってきたんだ。……顔、ちょっと痩せた?」
「え、そうですか」
「そういうとこだよ」
奥から公と快が顔を出す。
「今日は仕込み軽めにしといた。
結が戻る日だと思って」
「……え?」
結が驚いていると舞がにやりと笑った。
「休みの日にまで戦ってる人に、
いきなり地獄の仕込みは出せないでしょ」
結は思わず言葉を失った。
誰にも「来る」とは言っていない。
それでも、戻ってくる前提で動いている。
それがこの厨房だった。
「今日は、
通常営業+まかないは結が担当かね」
静枝が当然のように言う。
「え、私が?」
「腕、鈍ってないか確認」
「それ応援ですか?」
「もちろん」
全員が当たり前の顔をしている。
結はまな板の前に立った。
包丁を握る。
音が正しい。
外では怒りや焦りを乗せていた料理。
ここでは――。
(……戻る)
野菜を刻む音に呼吸が合ってくる。
奏は少し離れた場所で様子を見ていた。
声はかけない。
ただ、火加減だけを静かに調整する。
「結」
木島支配人が厨房に顔を出す。
「今日のまかない、
スタッフ全員分お願いできるか?」
「はい?」
「応援してるからな」
さらっと言う。
結は一瞬だけ唇を噛んで頷いた。
「……じゃあ、
頑張って作ります」
メニュー名は“ホテルの日常”。
特別な技術は使わない。
でも手は抜かない。
火を入れすぎない肉。
出汁を効かせた副菜。
誰かの疲れを前提にした味。
完成。
「いただきます!」
カウンターに並んだスタッフが一斉に箸をつける。
「……あー」
「これだよこれ」
「派手じゃないのに落ち着く」
京子が結を見る。
「ねえ。
外でどんな料理作っててもさ」
「はい」
「ここに戻ってきたら、
ちゃんと“結の味”なんだよね」
「負ける気しないな。
この人がいる限り」
「ちょっと、それプレッシャー」
笑いが起きる。
結は胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。
戦っているのは自分だけじゃない。
皿を出すのは自分でも、
背中を支えている人間はこんなにいる。
奏がぽつりと言う。
「……行ってこい」
それだけ。
でもそれで十分だった。
結は深く一礼した。
「ありがとうございます。
――必ず、勝って戻ってきます」
「当たり前でしょ」
「戻る場所、ここだから」
「一応俺も3次予選出るんだけど・・・」
「お前『も』行ってこい」
「あっ俺は『も』なんですね・・」
厨房は、いつも通りの喧騒に戻る。
でも結の中では、
確かに何かが補給された。
折れないための温度。
それを胸に、
彼女は再び戦う場所へ向かう準備を整えるのだった。
結は久しぶりにソラス・フォレストの厨房に立っていた。
白衣に袖を通すだけで肩の力が少し抜ける。
外の会場では常に誰かと比べられ、測られ、値踏みされる。
けれどここでは――。
「おはようございます」
そう言った瞬間だった。
「おっ、結!」
「久しぶり!」
「今日はこっち側なの?」
同時多発的に声が飛ぶ。
京子が振り返りぱっと顔を明るくした。
「戻ってきたんだ。……顔、ちょっと痩せた?」
「え、そうですか」
「そういうとこだよ」
奥から公と快が顔を出す。
「今日は仕込み軽めにしといた。
結が戻る日だと思って」
「……え?」
結が驚いていると舞がにやりと笑った。
「休みの日にまで戦ってる人に、
いきなり地獄の仕込みは出せないでしょ」
結は思わず言葉を失った。
誰にも「来る」とは言っていない。
それでも、戻ってくる前提で動いている。
それがこの厨房だった。
「今日は、
通常営業+まかないは結が担当かね」
静枝が当然のように言う。
「え、私が?」
「腕、鈍ってないか確認」
「それ応援ですか?」
「もちろん」
全員が当たり前の顔をしている。
結はまな板の前に立った。
包丁を握る。
音が正しい。
外では怒りや焦りを乗せていた料理。
ここでは――。
(……戻る)
野菜を刻む音に呼吸が合ってくる。
奏は少し離れた場所で様子を見ていた。
声はかけない。
ただ、火加減だけを静かに調整する。
「結」
木島支配人が厨房に顔を出す。
「今日のまかない、
スタッフ全員分お願いできるか?」
「はい?」
「応援してるからな」
さらっと言う。
結は一瞬だけ唇を噛んで頷いた。
「……じゃあ、
頑張って作ります」
メニュー名は“ホテルの日常”。
特別な技術は使わない。
でも手は抜かない。
火を入れすぎない肉。
出汁を効かせた副菜。
誰かの疲れを前提にした味。
完成。
「いただきます!」
カウンターに並んだスタッフが一斉に箸をつける。
「……あー」
「これだよこれ」
「派手じゃないのに落ち着く」
京子が結を見る。
「ねえ。
外でどんな料理作っててもさ」
「はい」
「ここに戻ってきたら、
ちゃんと“結の味”なんだよね」
「負ける気しないな。
この人がいる限り」
「ちょっと、それプレッシャー」
笑いが起きる。
結は胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。
戦っているのは自分だけじゃない。
皿を出すのは自分でも、
背中を支えている人間はこんなにいる。
奏がぽつりと言う。
「……行ってこい」
それだけ。
でもそれで十分だった。
結は深く一礼した。
「ありがとうございます。
――必ず、勝って戻ってきます」
「当たり前でしょ」
「戻る場所、ここだから」
「一応俺も3次予選出るんだけど・・・」
「お前『も』行ってこい」
「あっ俺は『も』なんですね・・」
厨房は、いつも通りの喧騒に戻る。
でも結の中では、
確かに何かが補給された。
折れないための温度。
それを胸に、
彼女は再び戦う場所へ向かう準備を整えるのだった。
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