ホテル「ソラスフォレスト」と季節の人々 ~44歳男性コックと25歳女性コックの不器用関係と不思議なスタッフと~

物書き赤べこ

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第2章 季節の変わり目は複雑な天気に

第100話 3次試験当日

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 3次審査前日の夜。
 厨房の時計はすでに日付をまたいでいた。

 Bグループの四人は誰も言葉を発さずただ皿を見ていた。

 真ん中に置かれた一皿。
 白い器。
 過剰な装飾はない。

 けれどそこには確かに――
 「海老」という食材に対する一つの答えがあった。

 結は、指先がまだ少し震えているのを感じていた。
 疲労ではない。
 恐怖だ。

(……できてしまった)

 思わずそんな言葉が浮かぶ。

 ここまで……長かった。
 衝突。
 無視。
 皮肉。
 侮辱。

 そして、怒り。

 結は自分が怒りを料理に乗せた瞬間をはっきり覚えている。
 海老の殻を剥く手が荒くなり、
 ソースを詰める動きが強くなり、
 でも――最後に必ず整えた。

 怒りのままにはしなかった。

 だからこの皿は荒れていない。
 静かで潔い。

「……これ以上は触らないほうがいいな」

 誰かがそう言った。

 結は何も言わず頷いた。

 完成とは、
 「これ以上やると壊れる」状態のことなのだろう。

 そして迎えた当日。

 会場の厨房はホテルの厨房とはまったく違う匂いがした。
 金属。
 消毒。
 新品の火。

 慣れない音。
 慣れない配置。

 結は無意識に深呼吸をしていた。

「……緊張してる?」

 隣に立つ同じグループの料理人が小声で聞く。

「……してます」

「だよな」

 それ以上言葉は続かなかった。

 時間が来る。

 開始の合図。

 動き出すと逆に頭は静かになった。

 海老を触る。
 昨日、何十回も触った感触。
 殻の硬さ。
 身の弾力。

(同じだ)

 同じでいい。

 結は他のグループを見ないようにした。
 比較した瞬間ぶれると思った。

 Bグループは最初から派手さを捨てた。
 技巧では勝てない。
 完成度でも正直分が悪い。

 だから――
 意味で勝つ。
 それしかない。

 海老を主役にしすぎない。
 でも消さない。

 他の素材に寄り添わせる。
 引き立てる。
 海老が「独り」にならない皿。

 それは、
 結自身がここまでで学んだことだった。

 途中、審査員の視線を感じた。
 手元。
 動き。
 間。

(見られてる)

 でも、不思議と怖さはなかった。

 完成した皿は、
 もう自分だけの物じゃない。

 時間終了。

 火を止める。

 皿が運ばれていく。

 その背中を見送った瞬間、
 結はどっと力が抜けた。

 結果はまだ先だ。

 でも。

 結は胸の奥ではっきり思った。

(……ここまでは、来た)

 勝ったかどうかは分からない。
 通るかどうかも分からない。

 けれど――
 逃げなかった。

 嫌いになりかけた料理に、
 もう一度、手を伸ばした。

 会場を出ると外の空気が冷たかった。

 結は空を見上げる。

 どこかに、
 ホテルの人たちがいるかもしれない。

 でも探さない。

 今はまだ、
 料理人でいる時間だから。

 結はコートの襟を正し、
 小さく息を吐いた。

「……終わった」

 その言葉は、
 始まりの合図でもあった。

 結果は2週間後協会の会議室で発表される
 また1つドラマが始まる……

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