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第2章 季節の変わり目は複雑な天気に
第101話 とりあえずの打ち上げ
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会場近くの居酒屋はやけに明るかった。
木の引き戸を開けた瞬間油と醤油とアルコールの匂いが混じった空気が押し寄せてくる。
結は、一歩だけ遅れて中に入った。
「とりあえず全員来たみたいだから乾杯しようぜ」
Bグループの一人がそう言って勝手にジョッキを掲げる。
結は少しだけ苦笑した。
誰も怪我はしていない。
でも心は――全員微妙に擦り切れていた。
「……じゃあ」
声が重なり、
中途半端なタイミングでグラスがぶつかる。
乾杯。
ビールを一口飲んだ瞬間喉がびっくりするほど痛かった。
緊張が抜けきっていない証拠だ。
「……で、どう思った?」
最初に切り出したのは意外にも一番口数の少なかった料理人だった。
「正直に?」
「正直に」
誰もすぐには答えなかった。
沈黙を破ったのは結だった。
「……他のグループすごかったですね」
それは負け惜しみでも謙遜でもない事実だった。
盛り付けの完成度。
技術の正確さ。
コンセプトの分かりやすさ。
あちらは最初から「勝ちに来ている皿」だった。
「だよなあ……」
「Aグループとかもう完成品売れるレベルだった」
「Dもやばかった」
誰かがため息混じりに言う。
結は黙って枝豆を口に入れた。
塩が少し強い。
(……でも)
心の中で続ける。
(私たちはああいう皿は出せなかった)
でも、それでよかったとも思っている。
結が顔を上げると、
正面の料理人がふっと笑った。
「俺さ」
「はい」
「最初あんたのこと正直ナメてた」
結は箸を止めた。
「若いし女だしホテル勤めだし。
グループ審査って聞いたとき足引っ張られるなって思ってた」
ストレートすぎる言葉に苦笑が漏れそうになる。
「……今は?」
「今は」
その人は、少しだけ間を置いた。
「このメンバーの中で一番覚悟があったと思ってる」
結は何も言えなかった。
代わりに別の一人が口を挟む。
「怒りあったよな」
「……ありましたね」
「料理にね」
結は少し考えてから頷いた。
「ありました。
でも、投げつける感じじゃなくて……押し込める感じですけどね」
「分かる」
「分かるわ~それ」
その瞬間、
場の空気がほんの少しだけ柔らいだ。
運ばれてきた料理がテーブルに並ぶ。
唐揚げ。
だし巻き卵。
ポテトサラダ。
どれも普通の居酒屋の味。
でも、結はその「普通」に妙に救われた。
「……海老しばらく見たくないな」
「それな」
「もう一生分触った気する」
笑いが起きる。
結も少しだけ笑った。
勝ったかどうかは分からない。
通るかどうかも分からない。
でも――
この人たちとちゃんと一皿を作った。
それは確かだ。
会が終わりに近づくころ、
誰かがぽつりと言った。
「結果どうでもいいって言ったら嘘だけどさ」
「うん」
「でも、今回の皿嫌いじゃなかった」
結はその言葉を胸の奥にしまった。
店を出ると夜風が冷たい。
「じゃあ……また」
「またな」
それぞれが違う方向へ歩き出す。
結は少しだけ立ち止まり空を見上げた。
ホテルの厨房。
いつものコンロ。
いつもの匂い。
(……帰ろ)
結果を待つ時間も、
料理人の仕事だ。
結はそう思いながら、
ゆっくりと歩き出した。
木の引き戸を開けた瞬間油と醤油とアルコールの匂いが混じった空気が押し寄せてくる。
結は、一歩だけ遅れて中に入った。
「とりあえず全員来たみたいだから乾杯しようぜ」
Bグループの一人がそう言って勝手にジョッキを掲げる。
結は少しだけ苦笑した。
誰も怪我はしていない。
でも心は――全員微妙に擦り切れていた。
「……じゃあ」
声が重なり、
中途半端なタイミングでグラスがぶつかる。
乾杯。
ビールを一口飲んだ瞬間喉がびっくりするほど痛かった。
緊張が抜けきっていない証拠だ。
「……で、どう思った?」
最初に切り出したのは意外にも一番口数の少なかった料理人だった。
「正直に?」
「正直に」
誰もすぐには答えなかった。
沈黙を破ったのは結だった。
「……他のグループすごかったですね」
それは負け惜しみでも謙遜でもない事実だった。
盛り付けの完成度。
技術の正確さ。
コンセプトの分かりやすさ。
あちらは最初から「勝ちに来ている皿」だった。
「だよなあ……」
「Aグループとかもう完成品売れるレベルだった」
「Dもやばかった」
誰かがため息混じりに言う。
結は黙って枝豆を口に入れた。
塩が少し強い。
(……でも)
心の中で続ける。
(私たちはああいう皿は出せなかった)
でも、それでよかったとも思っている。
結が顔を上げると、
正面の料理人がふっと笑った。
「俺さ」
「はい」
「最初あんたのこと正直ナメてた」
結は箸を止めた。
「若いし女だしホテル勤めだし。
グループ審査って聞いたとき足引っ張られるなって思ってた」
ストレートすぎる言葉に苦笑が漏れそうになる。
「……今は?」
「今は」
その人は、少しだけ間を置いた。
「このメンバーの中で一番覚悟があったと思ってる」
結は何も言えなかった。
代わりに別の一人が口を挟む。
「怒りあったよな」
「……ありましたね」
「料理にね」
結は少し考えてから頷いた。
「ありました。
でも、投げつける感じじゃなくて……押し込める感じですけどね」
「分かる」
「分かるわ~それ」
その瞬間、
場の空気がほんの少しだけ柔らいだ。
運ばれてきた料理がテーブルに並ぶ。
唐揚げ。
だし巻き卵。
ポテトサラダ。
どれも普通の居酒屋の味。
でも、結はその「普通」に妙に救われた。
「……海老しばらく見たくないな」
「それな」
「もう一生分触った気する」
笑いが起きる。
結も少しだけ笑った。
勝ったかどうかは分からない。
通るかどうかも分からない。
でも――
この人たちとちゃんと一皿を作った。
それは確かだ。
会が終わりに近づくころ、
誰かがぽつりと言った。
「結果どうでもいいって言ったら嘘だけどさ」
「うん」
「でも、今回の皿嫌いじゃなかった」
結はその言葉を胸の奥にしまった。
店を出ると夜風が冷たい。
「じゃあ……また」
「またな」
それぞれが違う方向へ歩き出す。
結は少しだけ立ち止まり空を見上げた。
ホテルの厨房。
いつものコンロ。
いつもの匂い。
(……帰ろ)
結果を待つ時間も、
料理人の仕事だ。
結はそう思いながら、
ゆっくりと歩き出した。
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