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第2章 季節の変わり目は複雑な天気に
第117話 課題食材通知
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午後の厨房は不思議なほど静かだった。
ランチ営業が終わり仕込みと片付けの合間。
結は野菜庫の前でトマトの箱を持ち上げていた。
まだ決勝のことを考えないようにしていた。
考え始めたら止まらなくなると
分かっていたからだ。
「結」
京子の声。
少し硬い。
結が振り向くとそこに
協会の封筒があった。
白くて厚い。
見慣れた嫌な存在。
「……来ました?」
「うん」
京子はそれ以上言わなかった。
厨房の全員がなんとなく察している。
奏も奥の作業台で手を止めていた。
結は手を拭いてから封筒を受け取る。
指先が少し冷たい。
深呼吸。
――逃げない。
そう決めて封を切った。
中に入っていたのは簡潔な一枚の書類。
余計な言葉は一切ない。
結は声に出して読んだ。
「決勝課題食材――」
厨房の音が完全に止まる。
「前菜:トマト」
息を吸う。
「スープ:貝」
脳裏に一瞬で数え切れない調理法が浮かぶ。
「魚料理:鯛」
ありふれた食材だ
素材としても、
意味としても。
「肉料理:豚肉」
派手さはない。
しかし、誤魔化しも効かない。
「デザート:ナッツ類」
最後まで気が抜けない。
紙をゆっくり下ろす。
厨房にざわめきは起きなかった。
代わりに。
「……全部、ありふれているけど
難しい食材だね」
舞がぽつりと言った。
結は苦笑した。
「ほんとにね」
奏がようやく口を開く。
「奇をてらうなって言われてるみたいだな」
その通りだった。
どれも、
料理人の基礎を丸裸にする素材だ。
誤魔化せない。
逃げられない。
技術と経験が出る。
結は書類を作業台に置いた。
視線が自然とトマトに向く。
前菜:トマト
――始まりの一皿
真っ赤なトマト。
瑞々しく完璧な形。
「前菜でトマトか……」
結は小さく呟いた。
冷製?
火入れ?
生?
甘さを立たせるか。
酸味を使うか。
一皿目で、
“この料理人は何者か”を
決められる。
結の胸が少し締まる。
スープ:貝
――旨味の暴力
あさり、
はまぐり、
ムール。
出汁を取るだけでも、
無数の選択肢がある。
「貝のスープは誤魔化せないよね」
公が言う。
「一口で全部バレる」
結は黙って頷いた。
魚料理:鯛
――格のある魚
祝い魚。
日本料理でも、
フレンチでも、
中心に立つ存在。
火入れを間違えれば一瞬で終わる。
“普通に美味しい”では足りない。
結は無意識に
包丁に手を伸ばしていた。
肉料理:豚肉
――日常の代表食材
牛でも羊でもない。
豚。
脂、
香り
部位選び。
料理人のセンスが
最も出る肉。
奏が短く言う。
「一番、難しいかもしれないな」
デザート:ナッツ類
――締めの哲学
甘さ。
香ばしさ。
重くも、
軽くもなる。
コース全体を
どう終わらせるか。
結は最後にここで
全てを決めなければならない。
書類を畳む。
結はゆっくり顔を上げた。
厨房の全員が結を見ていた。
期待も不安も全部込みで。
「……やります」
結ははっきり言った。
声は不思議と落ち着いていた。
「逃げ場はないですけどね」
少し笑う。
「無いからこそ向き合います!!」
奏が短く頷く。
「それでいい」
その一言で腹が据わった。
五皿。
五つの課題。
これは試験じゃない。
自分が料理人として
何を信じてきたかを
表現する時間だ。
結はもう一度
トマトを手に取った。
冷たく重い。
でも。
確かに食材は生きている。
決勝はもう始まっていた。
ランチ営業が終わり仕込みと片付けの合間。
結は野菜庫の前でトマトの箱を持ち上げていた。
まだ決勝のことを考えないようにしていた。
考え始めたら止まらなくなると
分かっていたからだ。
「結」
京子の声。
少し硬い。
結が振り向くとそこに
協会の封筒があった。
白くて厚い。
見慣れた嫌な存在。
「……来ました?」
「うん」
京子はそれ以上言わなかった。
厨房の全員がなんとなく察している。
奏も奥の作業台で手を止めていた。
結は手を拭いてから封筒を受け取る。
指先が少し冷たい。
深呼吸。
――逃げない。
そう決めて封を切った。
中に入っていたのは簡潔な一枚の書類。
余計な言葉は一切ない。
結は声に出して読んだ。
「決勝課題食材――」
厨房の音が完全に止まる。
「前菜:トマト」
息を吸う。
「スープ:貝」
脳裏に一瞬で数え切れない調理法が浮かぶ。
「魚料理:鯛」
ありふれた食材だ
素材としても、
意味としても。
「肉料理:豚肉」
派手さはない。
しかし、誤魔化しも効かない。
「デザート:ナッツ類」
最後まで気が抜けない。
紙をゆっくり下ろす。
厨房にざわめきは起きなかった。
代わりに。
「……全部、ありふれているけど
難しい食材だね」
舞がぽつりと言った。
結は苦笑した。
「ほんとにね」
奏がようやく口を開く。
「奇をてらうなって言われてるみたいだな」
その通りだった。
どれも、
料理人の基礎を丸裸にする素材だ。
誤魔化せない。
逃げられない。
技術と経験が出る。
結は書類を作業台に置いた。
視線が自然とトマトに向く。
前菜:トマト
――始まりの一皿
真っ赤なトマト。
瑞々しく完璧な形。
「前菜でトマトか……」
結は小さく呟いた。
冷製?
火入れ?
生?
甘さを立たせるか。
酸味を使うか。
一皿目で、
“この料理人は何者か”を
決められる。
結の胸が少し締まる。
スープ:貝
――旨味の暴力
あさり、
はまぐり、
ムール。
出汁を取るだけでも、
無数の選択肢がある。
「貝のスープは誤魔化せないよね」
公が言う。
「一口で全部バレる」
結は黙って頷いた。
魚料理:鯛
――格のある魚
祝い魚。
日本料理でも、
フレンチでも、
中心に立つ存在。
火入れを間違えれば一瞬で終わる。
“普通に美味しい”では足りない。
結は無意識に
包丁に手を伸ばしていた。
肉料理:豚肉
――日常の代表食材
牛でも羊でもない。
豚。
脂、
香り
部位選び。
料理人のセンスが
最も出る肉。
奏が短く言う。
「一番、難しいかもしれないな」
デザート:ナッツ類
――締めの哲学
甘さ。
香ばしさ。
重くも、
軽くもなる。
コース全体を
どう終わらせるか。
結は最後にここで
全てを決めなければならない。
書類を畳む。
結はゆっくり顔を上げた。
厨房の全員が結を見ていた。
期待も不安も全部込みで。
「……やります」
結ははっきり言った。
声は不思議と落ち着いていた。
「逃げ場はないですけどね」
少し笑う。
「無いからこそ向き合います!!」
奏が短く頷く。
「それでいい」
その一言で腹が据わった。
五皿。
五つの課題。
これは試験じゃない。
自分が料理人として
何を信じてきたかを
表現する時間だ。
結はもう一度
トマトを手に取った。
冷たく重い。
でも。
確かに食材は生きている。
決勝はもう始まっていた。
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