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第2章 季節の変わり目は複雑な天気に
第125話 魚料理の完成 ~鯛の昆布締めソテー海水ソース~
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厨房の静寂は昆布の香りで満たされていた。
結は薄く磨かれた天然真鯛の身をまな板に寝かせ表面の水分を静かに拭った。
次に用意したのは味だけを移すための低温乾燥昆布。
通常の昆布締めよりも薄くしかし均一に香りが回るよう鯛の両面をやさしく包む。
二十分。
それ以上でもそれ以下でもない時間を測り結は昆布をそっと剥がした。
身に触れると表面はわずかに締まりだが水分は失われていない。
指先に伝わる弾力は刺身でもソテーでもいける“ちょうどいい張り”だった。
フライパンに少量の澄ましバターを落とす。
音は静か。
泡は細かい。
結は皮目を下にして鯛を置いた。
『じゅっ』ではない。
もっと柔らかいささやくような音。
皮が縮まぬよう軽く押さえながら焼き目をつける。
色は黄金でもなく強い茶でもない。
海辺の砂のような淡い焼き色。
ひっくり返すと身はほとんど火を入れない。
昆布の旨味を抱えた中心はレアに近いまま残す。
海水ソース
鍋では別の世界が立ち上がっていた。
水、白ワイン、刻んだ昆布、そしてほんのひとつまみの海塩。
そこへ、鯛の骨で引いた澄んだ出汁を合わせ静かに煮詰める。
泡が大きくなり始めたところで火を止め冷やし丁寧に濾す。
仕上げに数滴の澄ましバターを落とし軽く乳化させた。
見た目はほぼ透明。
だが香りは確かに“海”。
結はスプーンでひと口すくい舌に乗せた。
塩辛くない。
しかし、確かに海の記憶がある味だった。
盛り付け
温めた白い皿の中央に鯛を静かに置く。
皮目がわずかに光り身は柔らかな桃色を保っている。
周囲に海水ソースを薄く流す。
池のように広げずあくまで“寄せては返す波”のように。
添えは最小限。
細く刻んだ白ネギの芯
軽く炙った昆布の糸
極小の柚子皮をひとつだけ
色は白と淡い金そして透明。
余計なものは何もない。
ナイフが入ると皮はわずかに抵抗し身はすっと切れる。
口に運ぶと――
最初に来るのは昆布の丸い旨味。
次に、鯛本来の甘さ。
そして最後に海水ソースの“潮の記憶”。
噛み締めるごとに味が重ならず層のように変化する。
結は皿を見つめながら小さく息を吐いた。
「……これで、スープとつながる」
アサリとイカ墨の黒のボンゴレスープ――
その深い色彩に対しこの鯛は光の側の海。
闇と光。
深海と浅瀬。
対になりながら同じ海という物語を語る一皿だった。
結は薄く磨かれた天然真鯛の身をまな板に寝かせ表面の水分を静かに拭った。
次に用意したのは味だけを移すための低温乾燥昆布。
通常の昆布締めよりも薄くしかし均一に香りが回るよう鯛の両面をやさしく包む。
二十分。
それ以上でもそれ以下でもない時間を測り結は昆布をそっと剥がした。
身に触れると表面はわずかに締まりだが水分は失われていない。
指先に伝わる弾力は刺身でもソテーでもいける“ちょうどいい張り”だった。
フライパンに少量の澄ましバターを落とす。
音は静か。
泡は細かい。
結は皮目を下にして鯛を置いた。
『じゅっ』ではない。
もっと柔らかいささやくような音。
皮が縮まぬよう軽く押さえながら焼き目をつける。
色は黄金でもなく強い茶でもない。
海辺の砂のような淡い焼き色。
ひっくり返すと身はほとんど火を入れない。
昆布の旨味を抱えた中心はレアに近いまま残す。
海水ソース
鍋では別の世界が立ち上がっていた。
水、白ワイン、刻んだ昆布、そしてほんのひとつまみの海塩。
そこへ、鯛の骨で引いた澄んだ出汁を合わせ静かに煮詰める。
泡が大きくなり始めたところで火を止め冷やし丁寧に濾す。
仕上げに数滴の澄ましバターを落とし軽く乳化させた。
見た目はほぼ透明。
だが香りは確かに“海”。
結はスプーンでひと口すくい舌に乗せた。
塩辛くない。
しかし、確かに海の記憶がある味だった。
盛り付け
温めた白い皿の中央に鯛を静かに置く。
皮目がわずかに光り身は柔らかな桃色を保っている。
周囲に海水ソースを薄く流す。
池のように広げずあくまで“寄せては返す波”のように。
添えは最小限。
細く刻んだ白ネギの芯
軽く炙った昆布の糸
極小の柚子皮をひとつだけ
色は白と淡い金そして透明。
余計なものは何もない。
ナイフが入ると皮はわずかに抵抗し身はすっと切れる。
口に運ぶと――
最初に来るのは昆布の丸い旨味。
次に、鯛本来の甘さ。
そして最後に海水ソースの“潮の記憶”。
噛み締めるごとに味が重ならず層のように変化する。
結は皿を見つめながら小さく息を吐いた。
「……これで、スープとつながる」
アサリとイカ墨の黒のボンゴレスープ――
その深い色彩に対しこの鯛は光の側の海。
闇と光。
深海と浅瀬。
対になりながら同じ海という物語を語る一皿だった。
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