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第2章 季節の変わり目は複雑な天気に
第124話 フルコースの色
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アサリとイカ墨の黒のボンゴレスープは銀の鍋の中で静かに眠っている。
表面は滑らかでわずかな光を吸い込むように深い。
結はその前に立ったまましばらく動かなかった。
視線は鍋から離れ壁に貼られた白紙へ移る。
そこには決勝の課題が簡潔に書かれていた。
前菜――トマト
スープ――貝
魚――鯛
肉――豚
デザート――ナッツ
結はペンを取り紙の余白に丸を描いた。
まず、前菜の横に小さな赤い丸。
スープの横には黒い丸。
赤。黒。
二つの色がはっきりと対置されている。
結はそっと呟いた。
「……次は、鯛」
鯛は白だ。
結は冷蔵庫を開け昨日下処理だけ済ませておいた鯛のフィレを取り出した。
皮目は淡い銀色を帯び身は半透明の白。
まな板に置くとほんのりと潮の匂いが立つ。
結は包丁を持ち刃先でそっと身に触れた。
抵抗はほとんどない。
静かに刃が入る。
(この白をどうする)
結は一切れを薄く切り取り小さく焼いてみることにした。
フライパンを熱しオリーブオイルを落とす。
皮目から焼くと微かなパチパチという音が響いた。
香りが立つ。
海と油が交わる匂い。
結は裏返し軽く火を通して皿に乗せた。
一口。
鯛はやわらかく淡い。
だが、その淡さゆえにスープの黒が鮮烈に思い出される。
結はスープを小さな器に取り鯛の横に置いた。
黒と白。
二つを見比べた瞬間胸の奥に小さな違和感が生まれた。
(このままだとコースのつながりが断絶する)
黒いスープは深い物語を含んでいる。
だが、鯛の白はあまりに無垢でスープの黒を受け止めきれていない。
結はペンを取り紙に線を引いた。
赤 → 黒 → 白
並びは美しい。
だが、そこに橋がない。
結はもう一度冷蔵庫を開けバットを取り出した。
中には貝の旨味を移した白ワインのジュレ
細かく刻んだ香草
そして炭の粉があった。
結は小さなボウルでジュレを温め
ほんの少しだけ炭を混ぜた。
完全な黒ではない。
薄く灰がかった色。
それを焼いた鯛の上にそっと流す。
白い身に淡い灰色がまとわりつく。
結はもう一口。
今度は違った。
スープの黒が遠くで響いている。
鯛の白はその影を拒まない。
むしろ、静かに受け止めている。
結は小さく息を吐いた。
「……つながる」
彼女は紙に新たな色を書き加えた。
赤 → 黒 → 灰 →
灰は、橋だ。
結はさらに思考を進める。
(じゃあ、豚は?)
豚肉は火を入れれば黄金色になる。
皮目はパリッと焼き脂は艶を帯びる。
結は紙に白の横に金色の丸を描いた。
赤 → 黒 → 灰 → 金
色のグラデーションが一本の線になる。
だが、まだ足りない。
結は最後にナッツのデザートを思い浮かべた。
ローストしたナッツの琥珀色。
キャラメルの深い茶色。
結は金の先に濃い茶色の丸を描く。
赤 → 黒 → 灰 → 金 → 茶
結はしばらくその並びを見つめた。
色だけではない。
これは物語だ。
赤は始まり。
黒は深淵。
灰は迷いと橋渡し。
白は再生。
金は成熟。
茶は余韻。
結はまな板に戻り再び鯛に向き合った。
今度は、焼きではなく軽く湯霜にしてみる。
熱湯をさっとかけ、氷水で締める。
身はきゅっと締まり透明感が増す。
そこに、先ほどの灰色のジュレを薄くまとわせる。
盛り付けはまだ粗い。
だが、方向は見えた。
結は皿を見つめながら小さく言葉を置く。
「スープの闇を鯛が運ぶ」
夜が完全に明け、厨房に朝の光が差し込んだ。ステンレスが白く輝く。
結はペンを握り直し、紙の端に一文を書き添えた。
――“色は、味の記憶を運ぶ。”
鍋の中の黒いスープが、かすかに揺れた気がした。
結は静かに微笑む。
まだ、完成ではない。
だが、コースは確かにひとつの流れになり始めていた。
表面は滑らかでわずかな光を吸い込むように深い。
結はその前に立ったまましばらく動かなかった。
視線は鍋から離れ壁に貼られた白紙へ移る。
そこには決勝の課題が簡潔に書かれていた。
前菜――トマト
スープ――貝
魚――鯛
肉――豚
デザート――ナッツ
結はペンを取り紙の余白に丸を描いた。
まず、前菜の横に小さな赤い丸。
スープの横には黒い丸。
赤。黒。
二つの色がはっきりと対置されている。
結はそっと呟いた。
「……次は、鯛」
鯛は白だ。
結は冷蔵庫を開け昨日下処理だけ済ませておいた鯛のフィレを取り出した。
皮目は淡い銀色を帯び身は半透明の白。
まな板に置くとほんのりと潮の匂いが立つ。
結は包丁を持ち刃先でそっと身に触れた。
抵抗はほとんどない。
静かに刃が入る。
(この白をどうする)
結は一切れを薄く切り取り小さく焼いてみることにした。
フライパンを熱しオリーブオイルを落とす。
皮目から焼くと微かなパチパチという音が響いた。
香りが立つ。
海と油が交わる匂い。
結は裏返し軽く火を通して皿に乗せた。
一口。
鯛はやわらかく淡い。
だが、その淡さゆえにスープの黒が鮮烈に思い出される。
結はスープを小さな器に取り鯛の横に置いた。
黒と白。
二つを見比べた瞬間胸の奥に小さな違和感が生まれた。
(このままだとコースのつながりが断絶する)
黒いスープは深い物語を含んでいる。
だが、鯛の白はあまりに無垢でスープの黒を受け止めきれていない。
結はペンを取り紙に線を引いた。
赤 → 黒 → 白
並びは美しい。
だが、そこに橋がない。
結はもう一度冷蔵庫を開けバットを取り出した。
中には貝の旨味を移した白ワインのジュレ
細かく刻んだ香草
そして炭の粉があった。
結は小さなボウルでジュレを温め
ほんの少しだけ炭を混ぜた。
完全な黒ではない。
薄く灰がかった色。
それを焼いた鯛の上にそっと流す。
白い身に淡い灰色がまとわりつく。
結はもう一口。
今度は違った。
スープの黒が遠くで響いている。
鯛の白はその影を拒まない。
むしろ、静かに受け止めている。
結は小さく息を吐いた。
「……つながる」
彼女は紙に新たな色を書き加えた。
赤 → 黒 → 灰 →
灰は、橋だ。
結はさらに思考を進める。
(じゃあ、豚は?)
豚肉は火を入れれば黄金色になる。
皮目はパリッと焼き脂は艶を帯びる。
結は紙に白の横に金色の丸を描いた。
赤 → 黒 → 灰 → 金
色のグラデーションが一本の線になる。
だが、まだ足りない。
結は最後にナッツのデザートを思い浮かべた。
ローストしたナッツの琥珀色。
キャラメルの深い茶色。
結は金の先に濃い茶色の丸を描く。
赤 → 黒 → 灰 → 金 → 茶
結はしばらくその並びを見つめた。
色だけではない。
これは物語だ。
赤は始まり。
黒は深淵。
灰は迷いと橋渡し。
白は再生。
金は成熟。
茶は余韻。
結はまな板に戻り再び鯛に向き合った。
今度は、焼きではなく軽く湯霜にしてみる。
熱湯をさっとかけ、氷水で締める。
身はきゅっと締まり透明感が増す。
そこに、先ほどの灰色のジュレを薄くまとわせる。
盛り付けはまだ粗い。
だが、方向は見えた。
結は皿を見つめながら小さく言葉を置く。
「スープの闇を鯛が運ぶ」
夜が完全に明け、厨房に朝の光が差し込んだ。ステンレスが白く輝く。
結はペンを握り直し、紙の端に一文を書き添えた。
――“色は、味の記憶を運ぶ。”
鍋の中の黒いスープが、かすかに揺れた気がした。
結は静かに微笑む。
まだ、完成ではない。
だが、コースは確かにひとつの流れになり始めていた。
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