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第一章
6.クズ男
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無悪が関わっていた鬼道会系列の闇金の顧客に、その昔頭のイカれた男がいた。大した才覚がないのにもかかわらず、町工場の二代目を引き継いだその男は瞬く間に会社を傾かせ、被った損害をどうにか補填するために軽い気持ちでウチに借金を申し込んだ。
その結果はいわずもがなだが、法定利率を遥かに超えた利子で元金は数十倍にも膨れ上がる有り様。とうとう返済の目処が立たなくなった男は、ある日事務所に顔を見せるとまるで質屋に質入れでもするような気軽さで、高校一年生になる実の娘を売りに来たのだ。
強面の〝事務員〟が揃うなか、ソファに座っていた娘の顔色は蒼白を通り越して今にも消えてしまいそうなほどに色をなくし、肩を震わせていた。顔は父親《クズ》の血を引いてるとは思えないほど整っていたので、環境が環境ならモデルとして活躍できるほどの素材だったに違いない。
確かにその筋のド変態どもにはウケる容姿をしていたのは間違いない。そういう意味で申し出を断る理由はなかった。なかったが――。
「お前もちゃんと挨拶せんか」
父親に無理矢理頭を下げさせられた娘は、これから自らがどのような運命を辿るのか、何をさせられるのかを想像してとうとう泣き出してしまった。無理もない。突然父親に地獄行きの片道切符を手渡されたのだから、絶望の一つや二つはするだろう。
「コレで幾らか、目を瞑って貰ってもいいでしょうか?」
手揉みしながら意地汚い目つきですり寄ってくる男の、膨れ上がった元金の風船をどうにか小さくしてくれないかと訴えかけてくる浅ましさには、反吐を通り越して殺意すら沸いた。
だが、どんなクズでも一応は客だとなけなしの理性を総動員し、殴り殺そうと固く握りしめていた拳を必死に抑え込む。当然男には茶も出さず、娘には伊澤に買ってこさせたオレンジジュースを与えてやったが、コップを持つ手は終始震えっぱなしでオレンジジュースは波打っていた。
その姿を横目に見ながら、無悪は父親の質問に答える。
「あのな、ウチが一度裏に流した『商品』がどうなるのか、わかってて提案してるんだろうな」
「それは、ええ、はい」
「ウチは手広くシノギを展開している。儲けになる商売の話なら一先ず話は聞いてやるが、仮に商談が成立したとしてお前の娘をド変態どもの相手などさせてみろ。まともでいられるのはせいぜい最初の一月だ。精神が壊れた商品は必ず覚醒剤に逃げる。あとはもう地の底に転がり堕ちて二度と日の目を拝むことは出来ないだろうな。絞れるだけ絞ったら廃棄するのが俺達極道なんだよ。それをよーく理解した上で、お前は実の娘を売るというんだな」
血を分けた身内を平気で人柱に差し出す父親は、ある意味ヤクザよりもよほどヒトデナシなのかもしれない。無悪の最終通告に、とっくに正気を失っていた父親は拍子抜けするほどあっけらかんとした口調で答えた。
「お願いします。それより娘はいかほどの金額になりますかね。自慢ではないですが母親に似て目鼻立ちは悪くないと思うんですが」
その後の会話は覚えちゃいないが、そこそこの金額で買った娘は最初の客の相手を任せたその日の夜中に、自室で首を括って自殺した。
ガキの感性では耐えられない倒錯プレイを強要され、この世への恨みと父親への呪詛を綴《つづ》った遺書が翌日に発見されている。
今の今まで忘れていた記憶を思い出したところで、罪悪感を感じるわけでもない。ただ、あの娘と襲われかけているガキの顔がどことなく似通っている気がして原因不明の苛立ちが募った。
「いや、何をどうするかなどお前らに聞くことではないな」
「ああ!? テメェ、さっきから舐めた口聞いてんぎゃっ」
名も知らぬ男に好き勝手に口を利かせる気はなかった。一歩足を踏み出した瞬間――素早く抜いたグロックの引鉄を引いて銃弾をおみまいしてやると、対物ライフルで狙撃されたような威力で頭部は四方へ弾け飛んだ。
周囲の地面や木々には頭髪や骨片、歯に眼球、脳組織が飛び散り死の臭いが満る。その拳銃とは思えない威力に一番驚いていたのは、何を隠そう無悪本人だった。
「……は?」
何が起こったのか理解できていない様子の残りの男は、上半身を相方の鮮血で斑に染めて呆然と立ち尽くしていた。
「お前らみたいな虫ケラ風情が、この無悪斬人の行く道を遮るんじゃねぇ」
「ちょ、ま、待ってくれっ! 殺すな、いや、殺さないでくれっ」
腰が抜けた男は、まさに虫ケラと変わらない姿で這いずりながら後退る。硝煙漂う銃口を眉間に向けながら、無悪は抑揚のない口調で言い捨てた。
「月並みな言葉だが、今までそうやって命乞いをしてきた人間をお前は見逃してきたことがあるのか?」
「ひっ……や、やめてくれっ」
最初の男は咄嗟のことで甚振《いたぶ》る暇もなかった。次は即死を狙うのではなく、眉間からそらしたグロックで右左の肺を一発ずつ撃ち抜く。肺の損害《ダメージ》は即死できないことに加え、血が内部に溜まり続けることで地上にいながら溺れ死ぬような苦しみを継続的に味わうことになる。
「ゴホッ、た、たすけて、くれ……」
「見苦しいんだよ。暴力を生業にするのなら、初めから自分が地獄に堕ちることくらい覚悟しておけ」
仰向けに倒れ、数分間みっともなく体液と命乞いを垂れ流している男の眉間に照準を合わせると、死を運ぶ引鉄を連続で引いた。
その結果はいわずもがなだが、法定利率を遥かに超えた利子で元金は数十倍にも膨れ上がる有り様。とうとう返済の目処が立たなくなった男は、ある日事務所に顔を見せるとまるで質屋に質入れでもするような気軽さで、高校一年生になる実の娘を売りに来たのだ。
強面の〝事務員〟が揃うなか、ソファに座っていた娘の顔色は蒼白を通り越して今にも消えてしまいそうなほどに色をなくし、肩を震わせていた。顔は父親《クズ》の血を引いてるとは思えないほど整っていたので、環境が環境ならモデルとして活躍できるほどの素材だったに違いない。
確かにその筋のド変態どもにはウケる容姿をしていたのは間違いない。そういう意味で申し出を断る理由はなかった。なかったが――。
「お前もちゃんと挨拶せんか」
父親に無理矢理頭を下げさせられた娘は、これから自らがどのような運命を辿るのか、何をさせられるのかを想像してとうとう泣き出してしまった。無理もない。突然父親に地獄行きの片道切符を手渡されたのだから、絶望の一つや二つはするだろう。
「コレで幾らか、目を瞑って貰ってもいいでしょうか?」
手揉みしながら意地汚い目つきですり寄ってくる男の、膨れ上がった元金の風船をどうにか小さくしてくれないかと訴えかけてくる浅ましさには、反吐を通り越して殺意すら沸いた。
だが、どんなクズでも一応は客だとなけなしの理性を総動員し、殴り殺そうと固く握りしめていた拳を必死に抑え込む。当然男には茶も出さず、娘には伊澤に買ってこさせたオレンジジュースを与えてやったが、コップを持つ手は終始震えっぱなしでオレンジジュースは波打っていた。
その姿を横目に見ながら、無悪は父親の質問に答える。
「あのな、ウチが一度裏に流した『商品』がどうなるのか、わかってて提案してるんだろうな」
「それは、ええ、はい」
「ウチは手広くシノギを展開している。儲けになる商売の話なら一先ず話は聞いてやるが、仮に商談が成立したとしてお前の娘をド変態どもの相手などさせてみろ。まともでいられるのはせいぜい最初の一月だ。精神が壊れた商品は必ず覚醒剤に逃げる。あとはもう地の底に転がり堕ちて二度と日の目を拝むことは出来ないだろうな。絞れるだけ絞ったら廃棄するのが俺達極道なんだよ。それをよーく理解した上で、お前は実の娘を売るというんだな」
血を分けた身内を平気で人柱に差し出す父親は、ある意味ヤクザよりもよほどヒトデナシなのかもしれない。無悪の最終通告に、とっくに正気を失っていた父親は拍子抜けするほどあっけらかんとした口調で答えた。
「お願いします。それより娘はいかほどの金額になりますかね。自慢ではないですが母親に似て目鼻立ちは悪くないと思うんですが」
その後の会話は覚えちゃいないが、そこそこの金額で買った娘は最初の客の相手を任せたその日の夜中に、自室で首を括って自殺した。
ガキの感性では耐えられない倒錯プレイを強要され、この世への恨みと父親への呪詛を綴《つづ》った遺書が翌日に発見されている。
今の今まで忘れていた記憶を思い出したところで、罪悪感を感じるわけでもない。ただ、あの娘と襲われかけているガキの顔がどことなく似通っている気がして原因不明の苛立ちが募った。
「いや、何をどうするかなどお前らに聞くことではないな」
「ああ!? テメェ、さっきから舐めた口聞いてんぎゃっ」
名も知らぬ男に好き勝手に口を利かせる気はなかった。一歩足を踏み出した瞬間――素早く抜いたグロックの引鉄を引いて銃弾をおみまいしてやると、対物ライフルで狙撃されたような威力で頭部は四方へ弾け飛んだ。
周囲の地面や木々には頭髪や骨片、歯に眼球、脳組織が飛び散り死の臭いが満る。その拳銃とは思えない威力に一番驚いていたのは、何を隠そう無悪本人だった。
「……は?」
何が起こったのか理解できていない様子の残りの男は、上半身を相方の鮮血で斑に染めて呆然と立ち尽くしていた。
「お前らみたいな虫ケラ風情が、この無悪斬人の行く道を遮るんじゃねぇ」
「ちょ、ま、待ってくれっ! 殺すな、いや、殺さないでくれっ」
腰が抜けた男は、まさに虫ケラと変わらない姿で這いずりながら後退る。硝煙漂う銃口を眉間に向けながら、無悪は抑揚のない口調で言い捨てた。
「月並みな言葉だが、今までそうやって命乞いをしてきた人間をお前は見逃してきたことがあるのか?」
「ひっ……や、やめてくれっ」
最初の男は咄嗟のことで甚振《いたぶ》る暇もなかった。次は即死を狙うのではなく、眉間からそらしたグロックで右左の肺を一発ずつ撃ち抜く。肺の損害《ダメージ》は即死できないことに加え、血が内部に溜まり続けることで地上にいながら溺れ死ぬような苦しみを継続的に味わうことになる。
「ゴホッ、た、たすけて、くれ……」
「見苦しいんだよ。暴力を生業にするのなら、初めから自分が地獄に堕ちることくらい覚悟しておけ」
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