最凶の極道は異世界で復讐を希う

きょんきょん

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第一章

11.エペ村到着

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 ようやくたどり着いたエペ村は、アイリスが宿場町と紹介していた割には随分と活気がなく、夜間とはいえ外を出歩いていたのは、餌を求めて彷徨う痩せ細った野良犬くらいなものだった。

 まるでバブル後に凋落ちょうらくの一途を辿った温泉街のような――過去の残り香を感じさせる宿泊旅館の廃墟が至るところに点在している。

 村に到着する前から薄々嫌な予感がしていたが、どうやらエペ村に限らず、この世界にはアイリスが知る限り、の普及はおろか存在すらしていないらしい。代わりに一般的に明かりの代用として普及していたのは、〝魔石〟を用いたランタンに似た照明器具だという。

 使用する魔石の質によって灯りの持続時間が大きく左右されるため、田舎では専《もっぱ》ら蝋燭《ロウソク》か松明《トーチ》を使用しているというが、文明の利器がない時点でこの世界の水準はたかが知れる。

 目的地であるアイリスの実家まで歩きがてら、アイリスはエペ村の歴史を無悪でもわかるように掻い摘んで説明した。

「僕が生まれる前の話ですけど、この村は今の姿からは想像できないほど活気に満ちていたみたいなんです」
「現状を見る限り、信じがたい話ではあるがな」
「まだ隣国同士が比較的友好関係を築いている間は、僕達が歩いてきた山道も国境を超えて行き交うキャラバンの馬車がひっきりなしに行き交っていたと聞いてます。エペ村はその恩恵を預り、飲食店や宿泊施設が昼も夜も賑わい続けていました。特に産業もなく観光地としての魅力も乏しいエペ村にとって、商人が落としてくれるお金は最大の財源だったんです。それが今では……」
「この村は商人が中継地点とする拠点《ハブ》の役割を果たしていたというわけか。そこに追い打ちをかけるように抗争が勃発して、今では見る影もないほど年中閑古鳥が鳴いてる。そうだろう」

 アイリスは頷いて肯定すると、話を続けた。

「仰るとおりです。隣国との関係が悪化したことで国交は限定的なものとなり、貿易も文化も最低限の往来しかなくなりました。エペ村を経由する貿易ルートも事実上閉ざされてしまい、とうとう武力衝突に発展して血が流れ出すと、ただでさえ少なかった客足はこの通り途絶えてしまったんです」
「仕事もなくなり山賊も住み着くようになれば、自ずと人口が減少するのも頷けるな」
「はい……ですが、問題はそれだけではないんです」

 歩みを進めるアイリスの後をついていくと、風向きが変わった瞬間――青臭さと甘ったるい臭いを孕んだ風が無悪の鼻腔を刺激し、思わず顔をしかめた。隣にいるアイリスは、なるべく臭いを吸い込まないように鼻を覆っている。
 シノギの一環として同じ臭いを嗅ぎ慣れていた無悪は、異世界にもがあるのかと驚いてアイリスに尋ねた。

「まさか、この世界には大麻《マリファナ》が存在するのか」
「私達は『超越草』と呼んでます。使用者の五感を研ぎ澄まし、高揚感を与えたり多幸感で満たす一方で、乱用すると幻覚や幻聴に苛まれてしまい最後には廃人になる被害者が後を絶ちません。人を辞めてしまう――彼らを揶揄して『超越草』なんて名がつけられたんです」
「なるほどな。大麻がこの世界にある事自体驚きではあるが、超越草とやらは合法なのか?」
「いいえ。違法ですし所持しているだけで厳罰に処されます。ですが、この通りエペ村は僻地にあるもので、行政の目が届かないことをいいことに違法栽培が公然と行われてるんです。何より許せないのは……ほとんどの住人がこの事実を知ったうえで、見て見ぬふりを決め込んでいることです。そもそも超越草の栽培と加工の話を持ちかけてきたのは、アキツ組の首領なんです。彼らの目的は僕が生まれ育った村を、最大規模の違法薬物の栽培地にしたてあげて全国各地に超越草を売り捌くことなんです」


 まだ無悪が駆け出しの構成員だった頃――どの組織にも属さない一本独鈷いっぽんどっこの組織として、破竹の勢いで対抗勢力を次々と吸収していた鬼道会と、福岡県内の老舗暴力団である青島連合は規模と歴史こそ違えど、長らく友好関係を結んでいた。

 彼らは薬《ドラッグ》を卸させたら国内一と裏社会では評価され、各種違法薬物の卸元の地位を確立していた。MDMAや大麻など、より危険な違法薬物の入口となる〝ゲートウェイドラッグ〟から覚醒剤まで、取り扱う品は多種に及んでいた。

 青島連合は東南アジアや中国の現地に製造工場を持ち、遠くは欧州ヨーロッパとの取引もあった。コンテナ船の貨物に積んで日本に密輸するようなリスクの高い方法は取らず、タイの港からの荷を積んだ漁船を出港させ、フィリピンで寄港させる。

 そこで待機していた別の船に荷を移し、台湾、沖縄県石垣島と、同様の作業を繰り返すことで沖縄本島まで運ぶ。そうすることで年々厳しくなる警察や厚労省麻薬取締官マトリの監視の目を掻い潜っていたのだが、ある大規模の取引の最中に沖縄で荷降ろしをしていたところ、一斉摘発を受けて青島連合は大損害を被ることとなった。
 当然、鬼道会と言うに及ばず。

 なぜそのような大捕物が実現したのか――それは「取引現場で違法薬物を押収する」という実績が、喉から手が出るほどほしい麻薬取締官相手に、事前に青島連合との取引情報を密告《チンコロ》したのが鬼道会だったから。

 なぜそのような真似をしたかと言うと、青島連合はあろうことか、それまで一律だった取引額を突然倍額にすると一方的に鬼道会に通告し、断るなら他所の組にナシをつけると宣ったのだ。

 まさか密告したのが鬼道会とも知らず、青島連合のトップを始め、取り調べに応じた組員たちは一貫して黙秘を貫いた。仮に警察に鬼道会の情報を話せばどうなるか、それは彼らがよく理解していたから。

 その後は第三者を介さず、鬼道会が海外マフィアと直接手を組むことで違法薬物を密輸するルートを独占し、これにより青島連合のシノギは縮小の一途を辿った結果、ついには長い歴史に幕を下ろし解散届を提出するに至った。


 滔々とうとうと説明を続けるアイリスは気づいていないようだが、無悪だけは自身に向けられる視線にいち早く気付いていた。
 こそこそと息を殺しながら、こちらの一挙手一投足を監視するような気配を辿っていると、民家の窓からわずかに顔を覗かせていた老婆と目が合った。

 バレたことがわかるとすぐに窓を閉じ、他の住民も慌てて気配を殺し息を潜めていた。それが無悪を恐れての行為なら特別おかしなことではないが、今回は事情が違うだろうなとアイリスを横目に伺う。 

 住人が本当に恐れているのは――無事に帰還を果たしたアイリスの存在なのではないか。

 住民の視線が、一目見て堅気の人間ではないとわかる無悪にではなく、アイリスに向けられていたことが胸に引っかかった。

「どうしたんですか?」

 まだ異変に気づいていない様子のアイリスの頭を、ほんの気紛れに撫でてやると目を白黒させながら恥ずかしそうに見上げてきた。
 
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