最凶の極道は異世界で復讐を希う

きょんきょん

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第一章

画策するもの

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「なかなかどうして、拷問にも屈せず口を割らないそうじゃないか」

 上等な短角牛のサーロインステーキが、目の前の鉄板で一流シェフの手によって焼かれていく。
 高温の熱によって溶かされ立ち昇る煙に乗って、食欲をそそる芳醇な脂の香りにしばし酔いしれる。

 鬼道会会長の座に座る|本宮榮治郎の問いかけに、要塞じみた本宮家別邸に拉致された伊澤は息も絶え絶えといった様子で跪いていた。

 これまで対抗組織に寝返ろうとした者や、内部情報を抜き取ろうと警察から送り込まれた潜入捜査官《エス》の口を、幾度も割らせてきた拷問に耐えぬく胆力に「元ホスト崩れ」という前情報は、とんだガセネタだったことを知る。

「そのぶれない根性だけは買ってやるが、実際のところどうなんだ。なんでも貴様は無悪の付人として一年近くもの間、手荒い扱いを受けていたんだろ? この際はっきりと言ったらどうだ。『私が無悪斬人の逃亡に加担しました』とな。そうすれば特別にこのまま解放してやってもいい。拷問に耐え抜いた気概に免じて、タマまでは取るつもりはない。なんなら、俺の下で働かせてやってもいいぞ」

 ――さあ喰いつけ。垂らした釣り針に食いついた瞬間が貴様の終わりだ。
 
 メディアムレアに火を通したステーキを咀嚼そしゃくしたその時、本宮の想像とは異なる返事が返ってきた。

「いくら拷問を受けようとも……一切の嘘偽りを申しあげるつもりはありません。それと……私はオヤジを売ってまで……生き延びるつもりもありません……」

 伊澤は砕けた奥歯と鮮血を、啖呵とともに床に吐き捨てた。その反抗的な態度に、同席していた護衛の若い衆は顔面を蒼白にさせていた。
 暫定とはいえ、既に二代目の襲名式の段取りも決められている本宮の誘いを、誰が断れようか。否――断るものなのど存在しない。あってはいけないはずだった。

 断られる事態など想定はしていない。死に体ながらも、揺るぎそうにない眼力を見せる伊澤が命惜しさに嘘を垂れ流しているとは、少なくとも本宮には思えなかった。

 ――だが、人間腹を掻っ捌いてみないことには、真の意味で真偽を測り知ることなどできやしない。

 長年、海千山千の荒くれどもと対峙し丸め込み、時には排除してきた本宮だからこそ自分の目で真実を見極めるまでは、誰であろうと信用しないと決めている。

「なるほどなるほど。なかなか見上げた根性じゃないか。近頃は我が身可愛さにすぐ身内を、ましてや親を平気で売る愚か者が多いからな。現に肥大化しすぎた鬼道会という大木は、幹から末端の枝まで腐った部位が多すぎてほとほと困る。近々執り行われる襲名式が済み次第、この私が率いる鬼道会に相応しくない連中は粛清するつもりだ」

 本宮の見立てでは、現在の構成員数の三分の一は破門、もしくは絶縁の対象となる。一時的に弱体化することはやむを得ないが、長期的な視点で俯瞰すれば根腐れを起こす前にやって置かなければならない手段であった。

 完全なる実力主義を徹底し、これまで悪知恵ばかり働かせて鬼道会に寄生していた輩を、即刻追い出す算段は既についている。

 本宮が目指すもの――それは鬼道会を小国の一広域指定暴力団という立場から、アジア随一の犯罪シンジゲートとして確立させることだった。それには警察庁上層部を意のままに操れる傀儡かいらいにする必要があり、自らに都合のいい法律を議員センセイどもにせっせと整備してもらわなくてはならない。

 表と裏――表裏一体を支配してこそ真の支配者足り得るが、それにはどれほどの札束と利権が必要になるのか、本宮を持ってしても頭が痛い問題だった。それも野望のための必要経費だと考えれば割り切れる。それよりも喫緊きっきんの問題は、大鰐源蔵の秘蔵っ子である無悪斬人の行方が突如わからなくなったことだ。

 手負いの狼のような凶暴さと、情を挟まず徹底的に利益を求める野心を内に秘めていた無悪は、上手く利用すれば鬼道会の懐刀として勢力拡大の駒として活かせる。
 だが――今後本宮の喉元に噛み付いてこないとも言い切れず、早々に首輪をつけて飼いならす必要があった。

 そこで無悪の野心を見抜いていた本宮は、大鰐を暗殺せしめた犯人の追跡を命じた。失敗に終われば廃棄処分の大義名分がたつ。首謀者を連れてくれば最大の恩賞を与え、奴隷の首輪を嵌めてやるつもりだった。どちらにせよ本宮の胸先三寸で処遇はどうとでもなる。

 そもそも大鰐源蔵の暗殺計画自体が本宮が描いた絵だったのだが、その肝心要の殺害を頼んだ暗殺者の行方が、忽然と掴めなくなったのが痛手となっている。
 確実に標的を消せる実力を兼ね備え、かつ関係性もない外部の殺し屋――大枚を叩いて雇い入れたというのに、一体どこに姿を眩ませたのか。

 ――アイツめ……見つけ次第即刻消してやる。

「もう一度訊く。貴様が無悪を大鰐元会長が眠る墓地まで送り届けたと言う話に、嘘偽りはないというのだな」

 伊澤は黙って首肯する。

「……先日の緊急幹部会議を終えたその足で墓地に向かい、いつものように現場近くで見送りました。普段は十分もすれば戻ってくるはずが……二十分三十分と、いくら待っても姿を見せないことに違和感を感じ様子を窺いに行ったのですが……」
「そこで、あろうことか無悪の行方が忽然と消えてしまったと。何度聴いてもまるで神隠しにあったとしか思えんが」

 ナイフでカットしたステーキを次々に口に運び入れ、噛む毎に溢れ出る肉汁に舌鼓を打つ。かかりつけ医に「コレステロール値には気をつけろ」と忠告を受けていたことを思い出す。

 相変わらず問題は山積している。ナイフを静かに置くと、伊澤のを失った利き手を掴んで引き寄せた。

「昔々、キリシタンを炙り出すために江戸幕府は踏み絵をやらせたことくらい知ってるよな」
「な、なにをするつもりですか……」
「お前が本当のことを話してるかどうか、ここで俺が見定めてやる」

 未だ高温に熱せられている鉄板の上に押印よろしく、伊澤の手のひらを重ねる。絶叫と質の悪い脂が焼ける匂いが室内に充満した。

 終始見てみぬふりを決め込んでいたシェフも、さすがに充満する脂の臭いからは逃れられずうずくまるとその場で嘔吐するほどだった。

「よ~し。次はもう片方の手をウェルダンに焼くつもりだ。もう一度聞くが、本当に貴様は無悪の行方を知らないんだな?」

 手を放すと床に崩れ落ちた伊澤は、必死の形相で歯を食いしばりながら「知らない」と答えた。

「わかった。とりあえず信じてみようじゃないか。おい、誰かコイツを病院に連れて行ってやれ」

 部屋の隅ですっかり縮こまっていた護衛にあとの面倒は任せ、本宮は一人ワイングラスを傾けた。
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