最凶の極道は異世界で復讐を希う

きょんきょん

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第二章

20.ギルドマスターからの招待

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「うぐぅぅぅ……」

 たかが小指一本詰めた程度の傷で、大の大人が大袈裟なリアクションをみせる。その場でうずくまった姿勢のまま、歯を食いしばり唸り声をあげて悶えるエドガーの様子にすっかり興醒めした無悪は、つまらなそうに見下ろしていた。

「切り落とした小指は俺が預かることで謝罪を受け入れるもんだが、あいにくこの無悪斬人に対する貴様の罪深さは小指一本で赦されるほど生易しいものではない」
「そ、そんな……私がここまで誠意を見せてもまだ足りぬというのかッ」

 油汗を浮かべて苦悶の表情を浮かべているエドガーは、血走った目を見開くと無悪を見上げた。

「ふん。浅はかな義侠心ぎきょうしんに突き動かされた己の愚行を悔やむんだな。そもそも命を取られなかっただけでも僥倖ぎょうこうだと思え」

 同じ視線の高さになるまでしゃがむと、髪を掴み引き寄せた。

「とっと尻尾を巻いて俺の前から立ち去るんだな。それと二度と俺の前に現れるなとだけ忠告しておこう。もし万が一破った場合――次は問答無用で頸動脈を掻き切ってやるからな」

 小指を切り落としたばかりの赤く濡れる刃を喉に押し当てると、自らの「死」を連想したのか生唾を飲み込んだエドガーの喉仏が上下に動いた。

 皮膚が裂けてぷつりと玉のように血が浮かび上がると、恥ずかしげもなく目尻に涙を浮かべる。

 ――よくもまぁ生き恥をここまで晒すことができるな。

 心のなかで嘲笑っていると、悲鳴に近い声でエドガーは声を張り上げた。

「わ、わわわかった! わかったから勘弁してくれ!」

 そう言うと無事な方の手で懐に手を入れると、血色のような真紅の封蝋ふうろうをされた手紙を寄越してきた。

「手紙だと? この街に顔見知りなどいないんだがな」

 放っておけばいいのに、アイリスはエドガーの傷口に慣れた手付きで包帯を巻いて応急処置を施していた。ちらと合った視線には、「やりすぎだ」と非難がましい訴えが込められているような気がしなくもない。

 夢見がちなガキだからなのか、それとも命を救ってやってしまったからなのか――ヤクザという人種に対する認識を未だに勘違いしている節がある。

 勝手な英雄像を抱くのは構わないが、それを押し付けられては溜まったものではない。その点ガランドはまだ物分りがいい部類と言える。時折話の腰を折る小言にはイライラさせられるが、片脚というハンデと寄る年波に勝てない己の分をわきまえているようで、必要以上に無悪の言動に介入してくることはない。

 そのガラントが手紙に押された封蝋を見て、ポツリと呟いた。

「思い出したぞ。その刻印はギルドマスターのものじゃろ」

 手を打ったガランドがその名を口にすると、エドガーが玉のような汗を浮かべて頷いた。

「リステンブールのギルドマスターからの手紙だ。どうやら今回の一件で直々にサカナシ殿に話があると伺っている」
「ギルドマスターって、あの妖精姫様が直々にですか?」

 アイリスは無悪からひったくるように手紙を奪うと、断りもなく内容に目を通した。

「……確かに署名もありますし、間違いなく本人のものです」
「その妖精姫という大層な名の奴は一体誰なんだ」
「妖精姫と言えば、この辺り一帯の冒険者で知らぬ者はいない生きる伝説ですよ。長命なエルフ族の中でもさらに尊き血脈と呼ばれているハイエルフの生まれで、かつてはご自身も冒険者として輝かしき功績を重ねた御方です。古龍エンシェントドラゴン種を一人でお倒しになったという御伽話地味た逸話がゴロゴロと出てくるような実力の持ち主で、おいそれと面会が許されるような立場ではないんですが……」
「功績だけが妖精姫の全てではない」

 やけに硬い口調で訂正したガランドは、渋面で補足説明をした。

「一度キレると手がつけられないことでも有名だ。わしが若い頃、冒険者として名を馳せていた妖精姫を貶めるような陰口を叩いた輩が何人もいた。その原因は殆どが妬みというのだから阿呆らしいが、妖精姫に盾突いた輩はしばらくすると同じ運命を辿ったのだよ」
「どういう運命を辿ったの?」

 恐る恐る尋ねたアイリスを驚かせるように、ガランドは答える。

「さすがに命を取るまではいかないが、馬鹿な連中は数に物を言わせ多対一で卑怯な勝負を挑んではことごとく返り討ちちされたんだ。そのほとんどが再起不能の重症ばかり。本人は顔色一つ変えず、荒くれ共をバッタバッタと薙ぎ倒していく様は姫というより〝鬼〟だった。冒険者を廃業せざるを得なくなった者も数多くおる。いつからか彼女を貶める言葉は禁忌とされ、自ずと口にする者はおらんくなった」
「そんな怖い人なんだ……」
「礼節さえ重んじれば問題はない。だからこそ、サカナシとの対面は何が起こるのかわからんだろ」

 ガランドの発言も十分失礼だが、無言で頷く衛兵どもも失礼極まりない。

 ギルドまで送迎するとの申し出に、断ろうとも考えたが「それはよせ」とガランドにたしなめられ、仕方なく衛兵たちに従う。

 用意周到に横付けされていた馬車に乗り込むと、乗り心地はベンツのSクラスと比較するまでもなく最悪だった。舗装もされていない道でわだちにはまれば途端に沈み、石に乗り上げればケツを突き上げられるのだが、この世界ではどうやら標準的な造りらしくアイリスもガランドも当たり平気な顔で腰掛けていた。

「まさかギルドマスターをご存じでないとは……。サカナシ殿は一体どこの国から参られたのかも含めて、謎多き御仁ですね」
「遠い遠い異国の生まれだ。それ以上詮索しようとするなよ」

 アイリスには、ニホンという異世界から来たことは口外するなと口止めをされていた。牢屋では出身地について何度も尋問されたが、刑事相手に鍛えられた話術でのらりくらりとかわしていた。

 そのお陰で心証は悪化する一方だったが、異世界からの客人まれびとであることがバレた場合、さらなる面倒な事態に巻き込まれるのは必至だとアイリス、ガランドは口を揃えていたので、無悪にしてみれば痛し痒しの選択だった。

 煙草の煙を車窓の外へ吐き出すと、後方へと姿を失くし消えていく。その先には地方都市の商店街程度に栄えた街並みが広がっていた。

 ガキの頃に住んでいた貧乏臭い風景とそっくりだ――そんなつまらない感想をフィルターぎりぎりまで吸い切った吸い殻とともに棄てると、目の前に座るエドガーはわざとらしく咳き込んでいたが当然無視した。
 
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