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第一章 二千年後の世界
深い森の奥
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バトロードタウンを出て南に進むと、鬱蒼とした木々に覆われた深い森があった。
賢者の森とは違い、モンスターが普通に現れるので注意が必要だ。
「……うぅ……なんか不気味ですね。さっきからずっと誰かに見られているような気がします」
ミラは自身の体を両手で抱きしめながら、不穏な風に揺れる木々の音にビクビクしていた。
普段から、平和な賢者の森と人の多いバトロードタウンの往復しかしてこなかったので、こういった環境の変化をその身で感じると緊張感が高まるはずだ。
実力は伴っていても環境に適応できなければ淘汰されるので、これもまた冒険の醍醐味と言える。
「この森に入った瞬間からずっと猿共が監視してきてるな。あれは……クロールモンキーか」
木の枝にぶらさがりこちらを見ている影は、体長六十センチ程度の小さな猿の大群だった。
細長い尻尾を揺らしつつも、時折挑発するかのように赤い尻を見せつけてくるのが憎たらしい。
「クロールモンキーってどんなモンスターなんですか?」
「これから討伐するオークキングの家来みたいなもんだな。ヤツと同じく素手を武器にしてて、両手をぐるぐる回しながら攻撃してくるモンスターだ。群れで攻めてくるから対処に苦戦することはあると思うが、一体一体の実力は最低水準だから、今のミラなら簡単に捌けるだろうな」
オークキングは同種族と群れることはしないが、近い系統のクロールモンキーを従えている事はよく知られている。
結局のところ、クロールモンキーの数が増えても戦力面において特に変化はないので、従える意味は単なる敵戦力の監視目的でしかない。
こうして俺たちのことを木の上から監視しているのは、進む先にオークキングがいるという事実に他ならないわけだ。
「そういうことなら安心ですが、オークキングに勝てるかどうか……それだけが不安です」
「大丈夫だ。万が一の時は俺が助けてやるから死にそうになったら教えてくれ」
所詮、オークキングは中級冒険者の登竜門だ。
油断や慢心をしなければ完膚なきまでにやられるなんてことはないだろう。
「……助けを呼ぶ前に死んだら一生呪いますからね?」
ミラはこちらを横目で睨みつけてきたが、不貞腐れたように頬も膨らんでいるので迫力はない。
まあ、絶対に死なせる事はないから安心してほしい。俺だって相手がオークキングのような木端モンスターでも油断はしないつもりだからな。
「そろそろだ。気を引き締めろ」
俺たちは話をしているうちに、少し木々同士の感覚が広くなっている開けたスペースに到着していた。
すぐ目の前には歪な半円形の洞窟の穴が見える。
入り口の幅、高さ共に五メートル以上はあり、奥行きについては先が暗くて目測ではわからない。
ただ、確かに洞窟の向こうからは、クロールモンキーとは別のモンスターの気配を感じた。
「……ここにいますか?」
「多分、眠ってるな。討伐チャンスだ。ミラ、ありったけの魔力を込めて洞窟の中に適当な魔法を撃ち込め」
「え? そんな卑怯な手を使っていいんですか? てっきり真正面から戦うものだと思っていたんですが……」
俺の指示を聞いたミラは、首を傾げて頭の上に疑問符を浮かべていた。
卑怯だなんて言わないでほしい。不意打ちだって立派な攻撃だ。
楽して勝てるなら使わない手はないだろ?
「俺たちに気づかず眠っているのが悪い」
オークキングは従えている多くのクロールモンキーに監視を任せているらしいが、彼らは俺たちを見ているだけで何も仕掛けてこないので、ここはこちらから堂々と先手を打たせてもらう。
「わかりました。私たちは魔族やモンスターの脅威から平和を取り戻すための冒険者ですもんね。いきます!」
ミラは言葉にはせずとも自分なりに考えて納得したのか、両手を洞窟に向けて魔力を練り上げ始めた。
こうしてみると、ミラは随分と成長したもんだな。一番最初は魔力という概念を理解する事自体に頭を抱えていたのに、今となっては指示を送れば立派に臨戦態勢に入っている。
ちなみに、俺がミラと行った魔法に関する鍛錬は一つだけだ。
それは、俺の魔力を彼女の全身に纏わせ、その状態で日常生活を送ってもらうこと……それだけだ。
俺はごく一部の者を除けば世界でもトップレベルの莫大な量の魔力を持っているので、ミラはそれらを体に纏わせるだけで全身への疲労が蓄積し、何もするにも負荷が倍以上に跳ね上がる。
最初こそキツそうにへばっていたミラだったが、一週間も経つと慣れてきたのをよく覚えている。父親からの虐待経験という凄惨な過去が産んだ素晴らしい忍耐力である。
普通の人間ならヘロヘロになって倒れてもおかしくないところを、彼女は歯を食いしばりながら踏ん張っていたのは印象的だった。
そんな彼女が放つ魔法は、まだまだ覚束なく、使用できる属性も限られているが、威力について挙げるならこの世界においては有数だと思う。
ちなみに、使用できるのは、火、水、地、風、光、闇の全六属性のうち、火と水のみだ。
これから増やしていく予定である。
辛い過去の経験は、今こうして彼女の人生を変えている最中なのだ。
賢者の森とは違い、モンスターが普通に現れるので注意が必要だ。
「……うぅ……なんか不気味ですね。さっきからずっと誰かに見られているような気がします」
ミラは自身の体を両手で抱きしめながら、不穏な風に揺れる木々の音にビクビクしていた。
普段から、平和な賢者の森と人の多いバトロードタウンの往復しかしてこなかったので、こういった環境の変化をその身で感じると緊張感が高まるはずだ。
実力は伴っていても環境に適応できなければ淘汰されるので、これもまた冒険の醍醐味と言える。
「この森に入った瞬間からずっと猿共が監視してきてるな。あれは……クロールモンキーか」
木の枝にぶらさがりこちらを見ている影は、体長六十センチ程度の小さな猿の大群だった。
細長い尻尾を揺らしつつも、時折挑発するかのように赤い尻を見せつけてくるのが憎たらしい。
「クロールモンキーってどんなモンスターなんですか?」
「これから討伐するオークキングの家来みたいなもんだな。ヤツと同じく素手を武器にしてて、両手をぐるぐる回しながら攻撃してくるモンスターだ。群れで攻めてくるから対処に苦戦することはあると思うが、一体一体の実力は最低水準だから、今のミラなら簡単に捌けるだろうな」
オークキングは同種族と群れることはしないが、近い系統のクロールモンキーを従えている事はよく知られている。
結局のところ、クロールモンキーの数が増えても戦力面において特に変化はないので、従える意味は単なる敵戦力の監視目的でしかない。
こうして俺たちのことを木の上から監視しているのは、進む先にオークキングがいるという事実に他ならないわけだ。
「そういうことなら安心ですが、オークキングに勝てるかどうか……それだけが不安です」
「大丈夫だ。万が一の時は俺が助けてやるから死にそうになったら教えてくれ」
所詮、オークキングは中級冒険者の登竜門だ。
油断や慢心をしなければ完膚なきまでにやられるなんてことはないだろう。
「……助けを呼ぶ前に死んだら一生呪いますからね?」
ミラはこちらを横目で睨みつけてきたが、不貞腐れたように頬も膨らんでいるので迫力はない。
まあ、絶対に死なせる事はないから安心してほしい。俺だって相手がオークキングのような木端モンスターでも油断はしないつもりだからな。
「そろそろだ。気を引き締めろ」
俺たちは話をしているうちに、少し木々同士の感覚が広くなっている開けたスペースに到着していた。
すぐ目の前には歪な半円形の洞窟の穴が見える。
入り口の幅、高さ共に五メートル以上はあり、奥行きについては先が暗くて目測ではわからない。
ただ、確かに洞窟の向こうからは、クロールモンキーとは別のモンスターの気配を感じた。
「……ここにいますか?」
「多分、眠ってるな。討伐チャンスだ。ミラ、ありったけの魔力を込めて洞窟の中に適当な魔法を撃ち込め」
「え? そんな卑怯な手を使っていいんですか? てっきり真正面から戦うものだと思っていたんですが……」
俺の指示を聞いたミラは、首を傾げて頭の上に疑問符を浮かべていた。
卑怯だなんて言わないでほしい。不意打ちだって立派な攻撃だ。
楽して勝てるなら使わない手はないだろ?
「俺たちに気づかず眠っているのが悪い」
オークキングは従えている多くのクロールモンキーに監視を任せているらしいが、彼らは俺たちを見ているだけで何も仕掛けてこないので、ここはこちらから堂々と先手を打たせてもらう。
「わかりました。私たちは魔族やモンスターの脅威から平和を取り戻すための冒険者ですもんね。いきます!」
ミラは言葉にはせずとも自分なりに考えて納得したのか、両手を洞窟に向けて魔力を練り上げ始めた。
こうしてみると、ミラは随分と成長したもんだな。一番最初は魔力という概念を理解する事自体に頭を抱えていたのに、今となっては指示を送れば立派に臨戦態勢に入っている。
ちなみに、俺がミラと行った魔法に関する鍛錬は一つだけだ。
それは、俺の魔力を彼女の全身に纏わせ、その状態で日常生活を送ってもらうこと……それだけだ。
俺はごく一部の者を除けば世界でもトップレベルの莫大な量の魔力を持っているので、ミラはそれらを体に纏わせるだけで全身への疲労が蓄積し、何もするにも負荷が倍以上に跳ね上がる。
最初こそキツそうにへばっていたミラだったが、一週間も経つと慣れてきたのをよく覚えている。父親からの虐待経験という凄惨な過去が産んだ素晴らしい忍耐力である。
普通の人間ならヘロヘロになって倒れてもおかしくないところを、彼女は歯を食いしばりながら踏ん張っていたのは印象的だった。
そんな彼女が放つ魔法は、まだまだ覚束なく、使用できる属性も限られているが、威力について挙げるならこの世界においては有数だと思う。
ちなみに、使用できるのは、火、水、地、風、光、闇の全六属性のうち、火と水のみだ。
これから増やしていく予定である。
辛い過去の経験は、今こうして彼女の人生を変えている最中なのだ。
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