パーティーから追放された賢者は王都で念願だったバーを開く

チドリ正明@不労所得発売中!!

文字の大きさ
10 / 54

シエルが得意なことは?

しおりを挟む
 目の前の光景は、まるでモンスターに蹂躙された森林のように散らかっていた。

 脚の折れた椅子。

 割れたグラス。

 テーブルの上に溢れた大量の水。

「……どうしてこうなった」

 間接照明に照らされる店内で、俺はポツリと呟いた。

 食事を終えてから、シエルには洗い物と店内の掃除を任せていたはずだが……何をどうすればこんな惨状になるんだ?

「うぅぅ……ごめんなさい。私、実は不器用だからこういう細かい作業は苦手なの……」

 しゅんとして顔に影を落とすシエルは申し訳なさそうな様子で言った。
 奴隷オークションにかけられた際のベージュ色の布切れの上から、黒い無地のエプロンを身につけ、手には箒が握られている。

「そ、そうか……」

 あまりの惨状にかける言葉が見つからない。
 
 俺が彼女に任せたのは、簡単な床の掃き掃除と食器洗い、そしてグラス磨き、それだけだ。

 不器用とかいうレベルを超えているような気がする。ほんの少し目を離した隙にとんでもないことになっていた。

「でも、私、マスターのために一生懸命頑張るから!」

 シエルは箒を強く握りしめながら意気込んだ。

「よし。今日のところは細かい作業は全て俺がやる。いいな?」

「う、うん。じゃあ、私は何をすればいい?」

「そうだな。得意なことはあるか?」

「えーっと……なんだろう……?」

 俺の質問に対してシエルは顎に手を当てて考えていたが、特に何も思いつかないらしい。
 まだまだ自分の強みを知らないらしい。

「元々は魔法使いだろ?」

 俺は断定的な問いを投げかけた。

 シエルは冒険者ギルドで無償で支給される初心者魔法使い御用達のローブを着ていた。それに、胸元には僅かに膨らみがあったので、おそらくそこには短杖たんじょうを持っていたと思う。

 簡単な推理と答え合わせだった。

「え? 何で知ってるの!?」

「あー、まあ……勘だよ、勘。それで、どうして魔法使いなんてやってたんだ? 不向きなことくらい自分が一番よく分かっていたんじゃないか?」

 俺は適当に誤魔化すと、核心に迫る聞き方をした。
 少々嫌がられる問いであることは間違いないが、シエルの事を知るためなので我慢する。

「え……その、やっぱり向いてなかったのかな……」

「まず第一に、世間の一流の魔法使いたちは当たり前のように魔法をバンバン放っているが、実は簡単なことじゃない。魔法を放つ為には莫大な魔力の消費と知識の蓄積が必要不可欠なんだ。次に、体内の魔力を属性や形に変えて顕現させる為には、それ相応の器用さも求められる。まあ、簡単に言えば、魔法を扱うのは難しいってことだ」

 言い換えると、魔法は妄想力がカギとなる。目に見えない魔力というエネルギーを目に見える形にするためだ。

 “向いてない”という言葉一つで片付けてしまうのは好ましくないが、シエルに限っては魔法のセンスを全く感じなかった。
 賢者と呼ばれていた俺だからこそすぐにわかったが、彼女には魔法使いとして必要な要素がことごとく欠落している。

「……確かに私って魔法使いに憧れてギルドでローブをもらって安い杖も買ったんだけど、一度も魔法を使えたことなんてなかったの。それって、器用さが足りなかったってこと?」

「概ねその通りだ。魔法というのは生まれ持った才能にも左右されやすいからこそ希少なんだ。パーティーでは重宝されるし、少しでも魔法が使えれば引く手数多だな」

 俺が続け様に説明するとシエルは感心したように何度も首を縦に振っていたが、途端にハッとして目を開く。

「ふーん……って、マスター詳しすぎない? もしかして元々冒険者だったり? それとも、どこかのパーティーで魔法使いをしてたとか?」

 シエルは俺の顔から全身を上から下まで眺めると、何やら興味ありげな声色で聞いてきた。

「……昔、ちょっとな」

 実は賢者でしたって言っても信じてもらえるわけなけないので、それとなく誤魔化しておく、
 そもそも冒険者はもう辞めたのだから、俺は平穏に暮らしていたい。

 よって、正体を打ち明ける必要は全くない。

「そっかー、まあそうだよね。元々冒険者をやってた人がバーのマスターになんてなるわけないし」

 俺が誤魔化しの言葉を吐く前に、シエルはやれやれと言った様子で一人で納得してくれた。

 更に深掘りされても面倒なので、ここらで適当に話を切り上げるとしよう。
 
「……まあ、仕事については時間をかけて慣れればいい。この後は明日の営業に備えて買い出しに出るが、一緒にどうだ?」

「もちろん行くよ!」

 俺の誘いに対してシエルは快い返事をした。

「わかった。じゃあまずは裏にある風呂で体を清めてくるといい。着替えは脱衣所の近くのクローゼットから適当に選んでくれ」

 俺はそれだけ言うとカウンター側の椅子に腰を下ろして息をついた。
 クローゼットの中には俺の普段着しかないが、大きくても着ることはできるだろう。

「え? お風呂なんてあるの?」

 シエルが驚くのも無理はない。お風呂なんて位の高い貴族の家にしかないのだ。
 火魔法と水魔法を用いた魔道具を利用し、心地よいシャワーを浴びることもできるし、浴槽の中に常に新鮮かつ適温のお湯を供給することもできる。

 素晴らしい発明だが、その代わりにデメリットもある。
 それは、魔道具そのものが高価すぎる点とすぐに壊れてしまう点だ。元の値段も高く、維持費も嵩む。

 魔法が得意で魔道具作成も自在にできる俺からすれば、上手く改良を重ねて最高のお風呂を作り上げることなど造作もないのだが。

「俺は風呂が好きなんだ」

 単純な話だった。
 心も体も清潔になれるし、ゆったりとした時間が心地良い。

「お金持ちなんだねぇ」

「否定はしない。俺はここで待ってるから早く行ってこい」

「はぁーい!」

 シエルはぱたぱたと裏の居住スペースに向かって走っていった。

「……買い物リストでも作っておくか」

 俺は魔法収納マジックボックスから小さなメモ用紙とペンを取り出した。

 思いつく限りの品を適当に書き記していく。
 普段の二人分の食材や店で提供するアルコールや軽食、加えてシエルの服を一式。
 
 そろそろ夕方になるので、暗くなる前には買い物を済ませたいところだ。
 王都は夜になるとより一層栄えてくるので自然と人も多くなる。早めに済ませたい。

 シエルの準備が整い次第、今日の夜はバーを開店したいな。








しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。 全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。 「私と、パーティを組んでくれませんか?」 これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

Sランクパーティを追放されたヒーラーの俺、禁忌スキル【完全蘇生】に覚醒する。俺を捨てたパーティがボスに全滅させられ泣きついてきたが、もう遅い

夏見ナイ
ファンタジー
Sランクパーティ【熾天の剣】で《ヒール》しか使えないアレンは、「無能」と蔑まれ追放された。絶望の淵で彼が覚醒したのは、死者さえ完全に蘇らせる禁忌のユニークスキル【完全蘇生】だった。 故郷の辺境で、心に傷を負ったエルフの少女や元女騎士といった“真の仲間”と出会ったアレンは、新パーティ【黎明の翼】を結成。回復魔法の常識を覆す戦術で「死なないパーティ」として名を馳せていく。 一方、アレンを失った元パーティは急速に凋落し、高難易度ダンジョンで全滅。泣きながら戻ってきてくれと懇願する彼らに、アレンは冷たく言い放つ。 「もう遅い」と。 これは、無能と蔑まれたヒーラーが最強の英雄となる、痛快な逆転ファンタジー!

【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜

KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。 ~あらすじ~ 世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。 そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。 しかし、その恩恵は平等ではなかった。 富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。 そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。 彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。 あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。 妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。 希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。 英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。 これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。 彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。 テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。 SF味が増してくるのは結構先の予定です。 スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。 良かったら読んでください!

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?

猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」 「え?なんて?」 私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。 彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。 私が聖女であることが、どれほど重要なことか。 聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。 ―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。 前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

「餌代の無駄」と追放されたテイマー、家族(ペット)が装備に祝福を与えていた。辺境で美少女化する家族とスローライフ

天音ねる(旧:えんとっぷ)
ファンタジー
【祝:男性HOT18位】Sランクパーティ『紅蓮の剣』で、戦闘力のない「生産系テイマー」として雑用をこなす心優しい青年、レイン。 彼の育てる愛らしい魔物たちが、実はパーティの装備に【神の祝福】を与え、その強さの根源となっていることに誰も気づかず、仲間からは「餌代ばかりかかる寄生虫」と蔑まれていた。 「お前はもういらない」 ついに理不尽な追放宣告を受けるレイン。 だが、彼と魔物たちがパーティを去った瞬間、最強だったはずの勇者の聖剣はただの鉄クズに成り果てた。祝福を失った彼らは、格下のモンスターに惨敗を喫する。 ――彼らはまだ、自分たちが捨てたものが、どれほど偉大な宝だったのかを知らない。 一方、レインは愛する魔物たち(スライム、ゴブリン、コカトリス、マンドラゴラ)との穏やかな生活を求め、人里離れた辺境の地で新たな暮らしを始める。 生活のためにギルドへ持ち込んだ素材は、実は大陸の歴史を塗り替えるほどの「神話級」のアイテムばかりだった!? 彼の元にはエルフやドワーフが集い、静かな湖畔の廃屋は、いつしか世界が注目する「聖域」へと姿を変えていく。 そして、レインはまだ知らない。 夜な夜な、彼が寝静まった後、愛らしい魔物たちが【美少女】の姿となり、 「れーんは、きょーも優しかったの! だからぽるん、いーっぱいきらきらジェル、あげたんだよー!」 「わ、私、今日もちゃんと硬い石、置けました…! レイン様、これがあれば、きっともう危ない目に遭いませんよね…?」 と、彼を巡って秘密のお茶会を繰り広げていることを。 そして、彼が築く穏やかな理想郷が、やがて大国の巨大な陰謀に巻き込まれていく運命にあることを――。 理不尽に全てを奪われた心優しいテイマーが、健気な“家族”と共に、やがて世界を動かす主となる。 王道追放ざまぁ × 成り上がりスローライフ × 人外ハーモニー! HOT男性49位(2025年9月3日0時47分) →37位(2025年9月3日5時59分)→18位(2025年9月5日10時16分)

処理中です...