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惨劇を過去のものに
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しばらくすると、俺とレオーネは穏やかな顔立ちと心境に戻り、二人並んで祠の外に向かって歩いていた。
しかし、先ほどとは一転して、レオーネとの間に流れる空気はどこかよそよそしく感じる。
……少し気まずいな。
実直に思いの丈をぶつけあった経験なんてない。
何を話せばいいのかよくわからないのが本音である。
「……貴方は」
「ん?」
「貴方は、もう冒険者を辞めてしまったのですか?」
「ああ。知っての通り、今はしがないバーのマスターだよ」
ゆったりとした足取りで歩を進めながらも、俺はレオーネの問いに答えていく。
「……そうですか」
レオーネは何か言いたげな様子で唇を尖らせた。
「どうかしたか?」
「いえ、ただ、貴方さえ良ければ二人でパーティーを組んで冒険ができたらと思ったのですが、そういうわけにもいかないですもんね。貴方には既に想い人がいるみたいですし……」
「想い人?」
不貞腐れたような顔つきのレオーネだったが、俺からすれば意味のわからない言葉だった。
「小さな銀髪の店員さんは貴方の伴侶でしょう?」
「シエルのことか? シエルとは別にそういう関係じゃないぞ」
伴侶だなんてシエルに悪いだろ。
俺とシエルは単なるマスターと従業員という何でもない関係だ。
「そ、そうなんですね……っ……なら、冒険者に戻るつもりはありませんか? 私が全面的にサポートに徹しますし、貴方ならきっとSランク冒険者にだって簡単になれますよ?」
「……うーん……」
少々必死な形相であるレオーネの誘いに対して少しばかり考えはしたが、俺の判断は揺らぐことはなかった。
そんな彼女の誘いを断るのは些か申し訳ない気持ちにもなるが、俺としては既に冒険者に未練など1ミリもないので答えは決まっている。
元々の俺はSランクパーティー『皇』に所属していた賢者であるという事実を彼女は知らない。
「悪いな。俺はもう冒険者に戻るつもりはない。まあ、もしもレオーネがまた冒険者になりたいって言うのなら、たまに手伝ってあげるくらいならいいけどな」
「そうですか。貴方と一緒になれないのなら、私も別に冒険者には戻りたくないので大丈夫です」
意外にもあっさりと引いたレオーネは、どこかすっきりとした顔つきだった。
彼女も俺と同じく冒険者に対する後腐れはなさそうに見える。
「……これからどうするんだ?」
しばしの沈黙の後。俺はおもむろに尋ねた。
結果的には俺が積み重ねた勘違いと言葉足らずな弱さが故の復讐劇だったが、そんなレオーネの目的は既に果たされた。
冒険者に戻らないのなら今後はどうするのだろうか。
女神の幻想亭にいる理由は無くなったと言っても差し支えないだろう。
「お店はもう辞めようかなと思います。仲良くしてくれたオーリエやお店のみんなには悪いですが……」
「そうか」
「はい。なので、私は行き場がなくなります。若くて見目麗しいエルフの女性が、働き口も住まう場所もなくなるのです」
レオーネは唐突に立ち止まり、上目遣いでじっと見つめてきた。
「ん?」
俺も釣られて立ち止まったが、レオーネが言った言葉の意味を飲み込めなかった。
「腕っぷしには自信がありますし、三年ほど飲食店で給仕として働いていたので接客は得意です。簡単な料理なら作れます。人間と一緒に暮らした経験はありませんが人を想える責任感の強い方と一緒なら安心できそうです……どうでしょうか? 自分で言うのもなんですが、それなりに優秀な人材だと思うのですが……?」
捲し立て終えたレオーネは、最後には気恥ずかしそうに頬を赤らめていた。
「……」
俺は彼女が口にした言葉を頭の中で整理する。
待て。よく分からないな。
まず、レオーネはあの店を辞めるんだもんな。それは確定だ。
それで、働き口と住まう場所を探しているということか。
つまり……そういうことでいいのか?
「……恥ずかしいので黙らないでもらえますか?」
しばらくの間、無言で思考していると、レオーネは声を震わせながら小さくそう口にした。
「不器用で遠回しな言い方で理解するのに時間がかかったが、つまりレオーネは俺のバーで働きたいってことだな」
ようやく頭の中で言葉を整理した俺は、レオーネの前に躍り出てじっと視線を交わした。
すると、彼女はごくりと息を呑んでから首を縦に振る。
「ええ……お役に立てるかわかりませんが、私は貴方と一緒に働きたいのです。も、もちろん、銀髪の小さな店員さんの意見も考慮した上での判断になるでしょうから、嫌なら嫌だと断ってくれて構いません!」
レオーネは一人でにあたふたと忙しなく弁明していたが、俺からすれば断る理由なんてなかった。
最初から素直にそう言ってくれれば良いのに。とすら思うが、彼女からすれば伝えにくい内容だったのかもしれない。
「おそらく問題ないが、一応今度シエルに聞いてみる。だから、あの店を辞めたらまたバーに顔を出してくれ。レオーネの部屋とか制服はこっちで用意しておくからさ」
「あ、ありがとうございます……っ……そ、それじゃあ行きましょうか! 外の空気が吸いたくなってきました!」
レオーネはほっと胸を撫で下ろしたのか、朗らかな笑みを浮かべた。俺のことを残して歩き始める。
まともに会話を交わしたのは実に三年ぶりになるが、相変わらず少し不器用で自分に素直じゃないのは変わっていない。
ちなみにレオーネはそそくさと早歩きで離れていくが、外には怪しげな気配を感じるので気をつけてほしい。
どうやら彼女は気がついていないらしい。普段であれば違うだろうが、先の祠の最奥でのやり取りも相まって今は少し気が動転しているからだろう。
「ふぅ……」
俺はそんなレオーネもまたレオーネらしいなと思いながらも、徐々に離れていく彼女のことを追いかけた。
そしてすぐに追いつき、細くて白い手首を優しく掴んで声をかける。
「レオーネ、止まれ」
「え?」
「一緒に行こう。今度は守るから」
俺は素っ頓狂な顔つきになるレオーネの手を引くと、優しげな声色を作って微笑みかけた。
もう目の前で誰も死なせない。その相手がレオーネなら尚更のことだ。
「っっ……!」
急に手を握ったからかレオーネが途端に乙女ちっくな初々しい反応を見せたが、俺からすれば外にいる邪気のせいでそれどころではなかった。
「……悪魔は不定期的にランダムで現れるんだもんな」
俺もレオーネも既に頭の中には嫌というほど叩き込まれた知識であるが、ここで改めて確認しておこう。
「え、ええ……そうですが、急にどうしたのですか?」
歩を進めていくうちに、祠の外から差し込む外の光が大きくなっていくのがわかる。
「外から気配を感じないか? 多分、上級悪魔だぞ」
「え!?」
俺があっさりと口にすると、レオーネはギョッと飛び跳ねるようにして驚いた。
気がついていなかったようだ。
まあ、あの惨劇から死に物狂いで鍛錬を積んでいた俺と違って、彼女は精神的なショックと復讐への執着のせいで大幅な実力アップはなさそうだしな。
上級悪魔に恐れるのは当然のことだ。
「ど、どどどどど、どうしましょう!? 前回の里を襲ったものと比較してどちらが強いですか!? それによって選択肢が変わってきます!」
レオーネは平然とする俺の肩を大きく揺さぶりながら言葉を荒げた。
あの時のトラウマのせいか平常心を失っている。
「今回の方が結構強いな。割と冗談抜きで上級悪魔の中でもトップクラスの実力なんじゃないか?」
「ふ、二人で戦えば勝てますよね? 私は貴方に身体強化の魔法を付与して背後からサポートするので、貴方は全力で戦ってください! この際、精霊の森や祠への被害はどうでもいいですから、とにかく倒さないとまた里のエルフたちが……」
尚もレオーネは怒りと悲しみを混ぜたような必死の形相だった。
しかし、俺としては彼女のサポートなどなくても十分に勝てる確信があるので問題はなかった。
当事者である彼女への償いと過去の清算を終えたことで、俺はちょうど悪魔を消し飛ばしたいと考えていたところだ。
未だ心に傷を負うレオーネにそれを見せることができれば、三年前の惨劇は紛れもなく過去の出来事となる。
「問題ない。下がっていてくれ」
俺はレオーネに優しく告げて彼女を置いて前に出ると、祠の入り口に佇むデカブツを見据えた。
レオーネはすっかり腰が抜けてしまっており、軽く俺に押されただけでその場に尻をついてへたり込んでしまっている。
「……」
惨劇の時の上級悪魔とは違い、今目の前にいるデカブツは静かにこちらを睨みつけるばかりだった。
見た目はさほど変わらない。黒々しくて禍々しくて、大きい羽が生えていて肉体は頑強そうに見える。
違う点は体内に秘めた魔力の濃度と量が桁違いなことくらいだろう。
俺には遠く及ばないが、中々のものである。
「貴方はまた一人で背負い込むつもりですか!?」
レオーネは単独で上級悪魔と対峙する俺に向かって叫びを上げた。
もう、そんなに苦しまなくてもいい。
あの時と同じ悪魔ではないが、強くなった俺を見て心を正常なものにしてほしい。
「俺は最強なんだよ」
「え?」
俺の言葉にレオーネはとぼけたような声をあげていたが、俺は一切気にすることなく目の前のデカブツを目掛けて一つ指を鳴らした。
「爆ぜろ」
刹那。体躯が五メートルほどあるデカブツの足元に小さな魔法陣が出現した。
魔法陣が淡い光を放つと同時に、デカブツの鳩尾辺りが周囲の空間を巻き込んでぐにゃりと歪み始める。
まるで渦を巻くようにデカブツの全身は、コンマ数秒の時間すら置くことなく魔法の餌食になっていく。
「ァア……?」
デカブツは何をされたのか未だに気がついていないようだったが、体の中心部から始まり徐々に全身を歪まされていく確かな痛覚に表情を変貌させていた。
祠の中には、ぱきぱきと空間が捻じ曲げられる音とデカブツの全身が悲鳴を上げる音が響き渡る。
既に勝負は決している。
まるでハンバーグを作るかのように、徐々に小さく小さく圧縮されていく感覚はさぞ辛いことだろう。
時間が経てば自然と捻じ曲げられて全身が爆散するのだが、耐えれば耐えるほど痛みが長引き苦しみが続くことになる。
だが、別に俺は強烈なサディストなんかではない。
意図的に苦しめて蹂躙を楽しむなんて下品な真似はせず、やると決めたら一瞬で終わらせるのが筋だ。
「終わりだ」
俺は魔力を集約させた右の掌をヤツに向けると、雑巾を絞り込むようなイメージで手首をぐるりと回転させた。
その瞬間。目の前にいたデカブツは一瞬にして爆散した。
びちゃりと嫌な音を立てて辺りに鮮血だけを散らし、その姿は完全に無に還っていた。
「……ふぅ」
俺は一つ息を吐いて背後を向くと、すぐ目の前にレオーネがいた。
彼女は焦りを隠すことなく俺の全身をペタペタ触ってくる。
「け、怪我はありませんか……?」
「大丈夫だ」
攻撃を喰らうどころか一言も言葉を交わすことなく勝負をつけたので、何一つとして苦戦を強いられなかった。
「よ、よかったです……」
「もう俺は誰にも負けることはない。だから、安心してくれ」
「はい。貴方が冒険者に戻らないと言っていた理由がわかりました。そして、なぜバーのマスターをしているのか不思議に思いました。貴方はどうしてそんなに強いんですか? 噂ですが、姿を変える魔法や水や火などの属性魔法以外をこんなに容易く使える人は賢者様くらいしか思い当たりません。ここに来るために使った転移魔法も同様です。全ての魔法を無詠唱で間髪入れずに扱えるなんて……本当に貴方は何者なのですか?」
レオーネはほっと一安心したのも束の間、俺との距離をぐいぐい詰めながら質問攻めをしてきた。
別に疑うような嫌な感情は込められておらず、単純に俺のことが気になっている様子だった。
「……俺はバーのマスターだよ。さあ、帰ろう。オーリエが心配してるだろうからな」
俺は適当に誤魔化すことにした。
まだ、話すべきじゃない。
騙すわけではないが、俺は平穏にバーのマスターとして過ごしたいだけなんだ。
「そうでしたね。貴方のことを不遜でおかしなナンパ師だと勘違いしているので、早く戻らないとオーリエが心配してしまいます」
「ああ。それじゃあ帰ろう。瞬間転移」
こうして俺とレオーネは精霊の祠から女神の幻想亭へも帰還したのだった。
案の定、俺のことを疑っていたオーリエはぷんすか怒っており、レオーネが庇ってくれなければ今頃は衛生兵に捕えられて尋問されていたことだろう。
何はともあれ、三年前の惨劇は俺とレオーネの中で一つ終わりを迎えた。
これからもあの時の亡くなったエルフたちや破壊された里への祈りの念を絶やすことなく、平穏な日常を過ごせたら最高だな。
しかし、先ほどとは一転して、レオーネとの間に流れる空気はどこかよそよそしく感じる。
……少し気まずいな。
実直に思いの丈をぶつけあった経験なんてない。
何を話せばいいのかよくわからないのが本音である。
「……貴方は」
「ん?」
「貴方は、もう冒険者を辞めてしまったのですか?」
「ああ。知っての通り、今はしがないバーのマスターだよ」
ゆったりとした足取りで歩を進めながらも、俺はレオーネの問いに答えていく。
「……そうですか」
レオーネは何か言いたげな様子で唇を尖らせた。
「どうかしたか?」
「いえ、ただ、貴方さえ良ければ二人でパーティーを組んで冒険ができたらと思ったのですが、そういうわけにもいかないですもんね。貴方には既に想い人がいるみたいですし……」
「想い人?」
不貞腐れたような顔つきのレオーネだったが、俺からすれば意味のわからない言葉だった。
「小さな銀髪の店員さんは貴方の伴侶でしょう?」
「シエルのことか? シエルとは別にそういう関係じゃないぞ」
伴侶だなんてシエルに悪いだろ。
俺とシエルは単なるマスターと従業員という何でもない関係だ。
「そ、そうなんですね……っ……なら、冒険者に戻るつもりはありませんか? 私が全面的にサポートに徹しますし、貴方ならきっとSランク冒険者にだって簡単になれますよ?」
「……うーん……」
少々必死な形相であるレオーネの誘いに対して少しばかり考えはしたが、俺の判断は揺らぐことはなかった。
そんな彼女の誘いを断るのは些か申し訳ない気持ちにもなるが、俺としては既に冒険者に未練など1ミリもないので答えは決まっている。
元々の俺はSランクパーティー『皇』に所属していた賢者であるという事実を彼女は知らない。
「悪いな。俺はもう冒険者に戻るつもりはない。まあ、もしもレオーネがまた冒険者になりたいって言うのなら、たまに手伝ってあげるくらいならいいけどな」
「そうですか。貴方と一緒になれないのなら、私も別に冒険者には戻りたくないので大丈夫です」
意外にもあっさりと引いたレオーネは、どこかすっきりとした顔つきだった。
彼女も俺と同じく冒険者に対する後腐れはなさそうに見える。
「……これからどうするんだ?」
しばしの沈黙の後。俺はおもむろに尋ねた。
結果的には俺が積み重ねた勘違いと言葉足らずな弱さが故の復讐劇だったが、そんなレオーネの目的は既に果たされた。
冒険者に戻らないのなら今後はどうするのだろうか。
女神の幻想亭にいる理由は無くなったと言っても差し支えないだろう。
「お店はもう辞めようかなと思います。仲良くしてくれたオーリエやお店のみんなには悪いですが……」
「そうか」
「はい。なので、私は行き場がなくなります。若くて見目麗しいエルフの女性が、働き口も住まう場所もなくなるのです」
レオーネは唐突に立ち止まり、上目遣いでじっと見つめてきた。
「ん?」
俺も釣られて立ち止まったが、レオーネが言った言葉の意味を飲み込めなかった。
「腕っぷしには自信がありますし、三年ほど飲食店で給仕として働いていたので接客は得意です。簡単な料理なら作れます。人間と一緒に暮らした経験はありませんが人を想える責任感の強い方と一緒なら安心できそうです……どうでしょうか? 自分で言うのもなんですが、それなりに優秀な人材だと思うのですが……?」
捲し立て終えたレオーネは、最後には気恥ずかしそうに頬を赤らめていた。
「……」
俺は彼女が口にした言葉を頭の中で整理する。
待て。よく分からないな。
まず、レオーネはあの店を辞めるんだもんな。それは確定だ。
それで、働き口と住まう場所を探しているということか。
つまり……そういうことでいいのか?
「……恥ずかしいので黙らないでもらえますか?」
しばらくの間、無言で思考していると、レオーネは声を震わせながら小さくそう口にした。
「不器用で遠回しな言い方で理解するのに時間がかかったが、つまりレオーネは俺のバーで働きたいってことだな」
ようやく頭の中で言葉を整理した俺は、レオーネの前に躍り出てじっと視線を交わした。
すると、彼女はごくりと息を呑んでから首を縦に振る。
「ええ……お役に立てるかわかりませんが、私は貴方と一緒に働きたいのです。も、もちろん、銀髪の小さな店員さんの意見も考慮した上での判断になるでしょうから、嫌なら嫌だと断ってくれて構いません!」
レオーネは一人でにあたふたと忙しなく弁明していたが、俺からすれば断る理由なんてなかった。
最初から素直にそう言ってくれれば良いのに。とすら思うが、彼女からすれば伝えにくい内容だったのかもしれない。
「おそらく問題ないが、一応今度シエルに聞いてみる。だから、あの店を辞めたらまたバーに顔を出してくれ。レオーネの部屋とか制服はこっちで用意しておくからさ」
「あ、ありがとうございます……っ……そ、それじゃあ行きましょうか! 外の空気が吸いたくなってきました!」
レオーネはほっと胸を撫で下ろしたのか、朗らかな笑みを浮かべた。俺のことを残して歩き始める。
まともに会話を交わしたのは実に三年ぶりになるが、相変わらず少し不器用で自分に素直じゃないのは変わっていない。
ちなみにレオーネはそそくさと早歩きで離れていくが、外には怪しげな気配を感じるので気をつけてほしい。
どうやら彼女は気がついていないらしい。普段であれば違うだろうが、先の祠の最奥でのやり取りも相まって今は少し気が動転しているからだろう。
「ふぅ……」
俺はそんなレオーネもまたレオーネらしいなと思いながらも、徐々に離れていく彼女のことを追いかけた。
そしてすぐに追いつき、細くて白い手首を優しく掴んで声をかける。
「レオーネ、止まれ」
「え?」
「一緒に行こう。今度は守るから」
俺は素っ頓狂な顔つきになるレオーネの手を引くと、優しげな声色を作って微笑みかけた。
もう目の前で誰も死なせない。その相手がレオーネなら尚更のことだ。
「っっ……!」
急に手を握ったからかレオーネが途端に乙女ちっくな初々しい反応を見せたが、俺からすれば外にいる邪気のせいでそれどころではなかった。
「……悪魔は不定期的にランダムで現れるんだもんな」
俺もレオーネも既に頭の中には嫌というほど叩き込まれた知識であるが、ここで改めて確認しておこう。
「え、ええ……そうですが、急にどうしたのですか?」
歩を進めていくうちに、祠の外から差し込む外の光が大きくなっていくのがわかる。
「外から気配を感じないか? 多分、上級悪魔だぞ」
「え!?」
俺があっさりと口にすると、レオーネはギョッと飛び跳ねるようにして驚いた。
気がついていなかったようだ。
まあ、あの惨劇から死に物狂いで鍛錬を積んでいた俺と違って、彼女は精神的なショックと復讐への執着のせいで大幅な実力アップはなさそうだしな。
上級悪魔に恐れるのは当然のことだ。
「ど、どどどどど、どうしましょう!? 前回の里を襲ったものと比較してどちらが強いですか!? それによって選択肢が変わってきます!」
レオーネは平然とする俺の肩を大きく揺さぶりながら言葉を荒げた。
あの時のトラウマのせいか平常心を失っている。
「今回の方が結構強いな。割と冗談抜きで上級悪魔の中でもトップクラスの実力なんじゃないか?」
「ふ、二人で戦えば勝てますよね? 私は貴方に身体強化の魔法を付与して背後からサポートするので、貴方は全力で戦ってください! この際、精霊の森や祠への被害はどうでもいいですから、とにかく倒さないとまた里のエルフたちが……」
尚もレオーネは怒りと悲しみを混ぜたような必死の形相だった。
しかし、俺としては彼女のサポートなどなくても十分に勝てる確信があるので問題はなかった。
当事者である彼女への償いと過去の清算を終えたことで、俺はちょうど悪魔を消し飛ばしたいと考えていたところだ。
未だ心に傷を負うレオーネにそれを見せることができれば、三年前の惨劇は紛れもなく過去の出来事となる。
「問題ない。下がっていてくれ」
俺はレオーネに優しく告げて彼女を置いて前に出ると、祠の入り口に佇むデカブツを見据えた。
レオーネはすっかり腰が抜けてしまっており、軽く俺に押されただけでその場に尻をついてへたり込んでしまっている。
「……」
惨劇の時の上級悪魔とは違い、今目の前にいるデカブツは静かにこちらを睨みつけるばかりだった。
見た目はさほど変わらない。黒々しくて禍々しくて、大きい羽が生えていて肉体は頑強そうに見える。
違う点は体内に秘めた魔力の濃度と量が桁違いなことくらいだろう。
俺には遠く及ばないが、中々のものである。
「貴方はまた一人で背負い込むつもりですか!?」
レオーネは単独で上級悪魔と対峙する俺に向かって叫びを上げた。
もう、そんなに苦しまなくてもいい。
あの時と同じ悪魔ではないが、強くなった俺を見て心を正常なものにしてほしい。
「俺は最強なんだよ」
「え?」
俺の言葉にレオーネはとぼけたような声をあげていたが、俺は一切気にすることなく目の前のデカブツを目掛けて一つ指を鳴らした。
「爆ぜろ」
刹那。体躯が五メートルほどあるデカブツの足元に小さな魔法陣が出現した。
魔法陣が淡い光を放つと同時に、デカブツの鳩尾辺りが周囲の空間を巻き込んでぐにゃりと歪み始める。
まるで渦を巻くようにデカブツの全身は、コンマ数秒の時間すら置くことなく魔法の餌食になっていく。
「ァア……?」
デカブツは何をされたのか未だに気がついていないようだったが、体の中心部から始まり徐々に全身を歪まされていく確かな痛覚に表情を変貌させていた。
祠の中には、ぱきぱきと空間が捻じ曲げられる音とデカブツの全身が悲鳴を上げる音が響き渡る。
既に勝負は決している。
まるでハンバーグを作るかのように、徐々に小さく小さく圧縮されていく感覚はさぞ辛いことだろう。
時間が経てば自然と捻じ曲げられて全身が爆散するのだが、耐えれば耐えるほど痛みが長引き苦しみが続くことになる。
だが、別に俺は強烈なサディストなんかではない。
意図的に苦しめて蹂躙を楽しむなんて下品な真似はせず、やると決めたら一瞬で終わらせるのが筋だ。
「終わりだ」
俺は魔力を集約させた右の掌をヤツに向けると、雑巾を絞り込むようなイメージで手首をぐるりと回転させた。
その瞬間。目の前にいたデカブツは一瞬にして爆散した。
びちゃりと嫌な音を立てて辺りに鮮血だけを散らし、その姿は完全に無に還っていた。
「……ふぅ」
俺は一つ息を吐いて背後を向くと、すぐ目の前にレオーネがいた。
彼女は焦りを隠すことなく俺の全身をペタペタ触ってくる。
「け、怪我はありませんか……?」
「大丈夫だ」
攻撃を喰らうどころか一言も言葉を交わすことなく勝負をつけたので、何一つとして苦戦を強いられなかった。
「よ、よかったです……」
「もう俺は誰にも負けることはない。だから、安心してくれ」
「はい。貴方が冒険者に戻らないと言っていた理由がわかりました。そして、なぜバーのマスターをしているのか不思議に思いました。貴方はどうしてそんなに強いんですか? 噂ですが、姿を変える魔法や水や火などの属性魔法以外をこんなに容易く使える人は賢者様くらいしか思い当たりません。ここに来るために使った転移魔法も同様です。全ての魔法を無詠唱で間髪入れずに扱えるなんて……本当に貴方は何者なのですか?」
レオーネはほっと一安心したのも束の間、俺との距離をぐいぐい詰めながら質問攻めをしてきた。
別に疑うような嫌な感情は込められておらず、単純に俺のことが気になっている様子だった。
「……俺はバーのマスターだよ。さあ、帰ろう。オーリエが心配してるだろうからな」
俺は適当に誤魔化すことにした。
まだ、話すべきじゃない。
騙すわけではないが、俺は平穏にバーのマスターとして過ごしたいだけなんだ。
「そうでしたね。貴方のことを不遜でおかしなナンパ師だと勘違いしているので、早く戻らないとオーリエが心配してしまいます」
「ああ。それじゃあ帰ろう。瞬間転移」
こうして俺とレオーネは精霊の祠から女神の幻想亭へも帰還したのだった。
案の定、俺のことを疑っていたオーリエはぷんすか怒っており、レオーネが庇ってくれなければ今頃は衛生兵に捕えられて尋問されていたことだろう。
何はともあれ、三年前の惨劇は俺とレオーネの中で一つ終わりを迎えた。
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富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。
そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。
彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。
あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。
妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。
希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。
英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。
これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。
彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。
テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。
SF味が増してくるのは結構先の予定です。
スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。
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