パーティーから追放された賢者は王都で念願だったバーを開く

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オーリエとレオちゃん

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「失礼する」

 女神の幻想亭まほろばの店内は、以前のような騒がしさとは打って変わって静まり返っていた。

 まだ比較的明るい時間ということもあってか、給仕の姿は見当たらない。しかし、そんな店内のカウンターの隅に見覚えのある姿を見つけた。
 緑がかった髪の毛が特徴的な彼女は、背中を丸めてカウンターテーブルに突っ伏している。

「レオーネ」

「ッ! あなた……どうしてここに?」

 俺が声をかけると、レオーネは席から飛び跳ねて驚きをあらわにした。
 彼女の瞳は潤んで腫れており、どこか浮かない顔つきだ。

「精霊の祠で過去の清算は済ませたつもりだったが、やはりもう一度話し合うべきだと思ったんだ」

 俺は先ほどまでレオーネが座っていた席の隣に腰を下ろすと、カウンターテーブルに肘をつき息を吐く。

「……」

 レオーネは俯く。

「本当に申し訳なかった。姿を隠してのうのうと生き続け、真実を告げることもできず、レオーネのことを何年も苦しみ続けてしまった」

「……」

「失った命が戻ることはないが、進み始めた時間を使って償うことはできる。だから、どうかこれからも俺と仲良くしてくれると助かる。可能な限り、力を貸そう」

「……あの」

「なんだ」

 俺はようやく口を開いたレオーネの姿を見ることができなかった。
 怒っているのか? それとも失望? 俺に対する恐怖があるのかもしれない。

 しかし、そんな俺の想像とは違い、彼女は呆れたようなため息を吐くと、俺の隣に立ち口を開く。

「何か勘違いしてませんか?」

「ん?」

「私はこのお店を辞めようか迷っていただけですよ」

「え?」

「だから、私はもう貴方のことなどもう許していますし、むしろこちらが勘違いしていただけだとわかったので、見ず知らずのエルフたちのために力を使ってくれた貴方には感謝しているくらいですよ?」

 レオーネは最後にありがとうございましたと言葉を付け加えると、ぺこりと丁寧に頭を下げた。
 じゃあ、その泣き腫らした瞳はなんだったんだ。

「そうなのか?」

「はい」

「……さっきの言葉は忘れてくれ」

 自分の勘違いのせいで途端に恥ずかしくなった俺は、すぐさま席を立って店を後にしようとした。
 しかし、レオーネがそれを許してくれない。

「ちょ、ちょっと待ってください! お店を辞めようか迷っていたのは貴方にも関係していることなんです。むしろ、私だって貴方に会うのが少し気まずくて躊躇していたんですから」

「本当か? というか、俺に関係していることってなんだ?」

 店を辞めるのと俺は全く関係なさそうだが。

「えーっと……実は、やはり冒険者に戻ろうかと考えてまして……」

 レオーネは真剣さと恥ずかしさが入り混じった顔つきだった。
 まだ続きがありそうな口振りだ。

「ほう。それで?」

「……冒険者に戻ったら貴方のところで雇ってほしいんです」

「雇う? シエルと同じく従業員ではなく、冒険者として雇うってことか?」

「はい。私が冒険者として手に入れた食材等を提供するので、代わりに美味しい食事と暖かい住居を提供してください……図々しいですかね?」

「うーん……俺は別に構わないが……絶対に反対する奴がすぐそこまできてるからなぁ」

 俺は開け放たれて光が差し込む店の外を一瞥した。

 等価交換としては問題ないし、俺としては食材の確保をしてくれるのはすごくありがたい。
 だが、それを認めるには障壁が多すぎる。

「え?」

 レオーネはなんのことかわかっていなかったが、そんな惚けた声を出したその瞬間。
 血相を変えた一人の女性が店の中に走り込んでくる。

「——待ちなさぁぁぁーい! レオちゃん、その人と何があったの!? まさか誑かされてたりする!? ダメだよ、不審者についていったら!」

「オ、オーリエ! 落ち着いてください! 私はただ冒険者に戻って彼の元で働きたいと思っているだけですから!」

 オーリエはレオーネの元へ到着するや否や、彼女のことを抱きしめて俺との距離を取らせた。

 なんか悲しい。どうしてこんなに疑われてるんだろう。

「本当!? 嘘じゃない!? だって、この人ってレオちゃんのことが好きなんだと思うよ? 初対面なのにエルフに対してそんなズカズカ迫るなんて、きっと色んな女を口説いてるタイプだよ? 紳士っぽい見た目だけど心は野獣だよ? レオちゃんの貞操が危ないよー!」

 俺のことをなんだと思ってんだ。
 オーリエ、お前からしたら俺はただのバーのマスターじゃないのか? レオーネのことが好きすぎて過保護になってないか?

「落ち着いてください。そもそも私と彼は初対面じゃありませんよ。三年前からの知り合いですし、忘れてはいけない恩義があります。だから、これ以上彼のことを悪く言わないでください。いいですね?」

「レ、レオちゃんに……レオちゃんに男ができた!? イケメンに言い寄られても見向きもせず、お金持ちの貴族にお酌を頼まれてもシカトしていたあのレオちゃんが!? この人を!? こんな普通の見た目の平凡な男の人を!?」

 レオーネは優しく落ち着いた言葉でオーリエのことを宥めていたが、彼女はギョッと驚いて俺の全身をじっくりと見回してきた。

「……平凡で悪かったな」

「とにかく、私はお店を辞めることにしました。オーリエもご存じの通り、私は元冒険者なので、今後はそちらの世界に戻るつもりです」

 一つ咳払いをしたレオーネはオーリエの肩に手を置くと、真剣な眼差しで彼女を見つめた。

「そ、そんなぁ……もう会えなくなっちゃう?」

 俯くオーリエはしおらしくなる。

「いえ、今後は食材や資金の提供をするつもりですし、普通にお客さんとしてお店にも顔を出すつもりです。安心してください。短い間でしたがお世話になりました。オーリエ、貴女が優しくしてくれたから私は頑張れたんですよ?」

「うわあああぁぁぁぁぁんっ! レオちゃん、こちらこそありがどぉぉねぇぇ!!」

 優しくハグをするレオーネとオーリエ。
 そして大号泣するオーリエ。
 それを少し離れた位置から見ている俺。

 何を見せられているのかよくわからないが、この二人は相当に仲が良かったことはわかる。

 何はともあれ、レオーネとの確執はこれで完全に終わった。

 これからはまた別の形で彼女と交友を深めていけそうだ。

「戻るか」

 涙を流しあって抱き合う二人をよそに、俺は静かに店を後にした。
 帰り道の途中で、道に迷ってあたふたしているシエルを見つけたので、彼女を拾って一緒に帰ったのだった。
 






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