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犬翻訳ソフト
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「これは画期的!」
よれよれの白衣に身を包んだI博士が、慌ただしく研究室に飛び込んでくる。
「そんな大声を出して。やかましいじゃありませんか。一体全体どうなさったんです?」
「ああ、びっくりさせてすまなかったね。実は今、急な夕立にあってね」
濡れた髪をタオルでごしごしと拭きながらほがらかに答えるI博士。
「午後6時からの降水確率は70%、急でもなんでもありません。博士ともあろう者が天候の変化に無頓着なんていかがなものでしょう?」
大量のバインダーを手際よく棚に戻しながら、博士を見もせずに言い捨てる美人秘書。
「まぁ、いいじゃないか、はははっ。そのおかげで私は有用な発明を思いついたのだ。正確には必要に迫られたといったほうが妥当かな」
「はっきり申し上げてください。博士の話はまどろっこしくていけませんわ」
博士の話はこうだった。
土砂降りに見舞われた博士が、煙草屋の軒下で雨宿りしていると、迷子らしき首輪をつけた子犬がいたという。
「研究室に犬を入れるわけにいかないからね、守衛室で保護してもらっているのだ」
「それはいいことをしましたね。保健所に連れて行かれては可哀想なことになるところでしたわ。博士もたまには気の利いたことをなさるんですね。さっそくビラを配って飼い主を探してあげましょう」
「それでは効率が悪い。私は科学者らしいやり方で、子犬を救いたいと思っているんだよ」
「と申しますと?」
美人秘書が作業の手を休めて、I 博士に視線を向ける。
「あの子犬と会話をして、飼い主を特定することにした。名づけて『犬翻訳ソフト』さ」
「なるほど。さすが博士です。早速、知り合いの優秀なプログラマーに連絡を取ってみます。博士は情報のデータ化をお願いします」
こうして、プログラマーと博士の二人三脚での新開発が発足し、様々な犬の記録の収集と解析が始まった。
行動パターンと鳴き声との相関、性別や犬種ごとに感情パターンをデータ化し、カーミングシグナルを徹底調査する。個体差も考慮に入れて統計の数字をはじき出し、何度も何度も修正を加える。
こうして、犬翻訳ソフトのベースとなる形がひとまず出来上がった。
「完全ではないが、これでおおよそ…そうだな、私の予想では約七割ほどは、犬の気持ちが解析できるようになっているはずだ。この特殊カメラで犬を撮影して、情報をパソコンに転送する」
なにやら凸凹のある不格好なカメラを三脚に設置しながら解説するI 博士を見ながら、感心したように頷く美人秘書。
「なるほど。視覚、聴覚の情報からカーミングシグナルを読み取って、コンピューターで言語化するんですね」
「さすがだね、君は本当に有能な女性だ。秘書にしておくのは本当にもったいない。さて、守衛室ではなんだ、二丁目の大きな公園で散歩でもさせながら、実験するとしよう」
こうして、博士と美人秘書が子犬とともに公園に向かうことになった。
子犬は嬉しそうに芝生を駆けまわり、ベンチに座った博士と美人秘書がそれを見つめる。
暖かい日差しが心地よい。
やがて遊び疲れた子犬が二人の元へ戻ってきた。
「では、始めるとするか。ポチ、君は迷子になってしまったんだ。ご主人様のことは覚えているかい?その首輪をつけてくれた人だよ?」
尻尾を大きく振って反応する子犬を見て博士が目を輝かせる。
「ポチはどうやら、私の質問に応えてくれてるようだぞ」
「そのようですね、続けましょう、博士」
美人秘書もポチを撫でながら嬉しそうにしている。
「君は何歳かな?ポチ」
わん!わん!と元気に二回。
「どうやら二歳のようですね」
「ああ、そのようだ」
いくつかの質問をしていった。
誘導尋問的に具体的な内容の質問を重ね、それらの質問に対しての子犬の返答で、飼い主の人物像が少しでも浮かび上がってくるように、質問内容に工夫を凝らす。
「ここまでやれば大丈夫でしょう、博士」
その一部始終をカメラにおさめ、実験はひとまず終了。
2人と一匹は研究室に戻ることにした。あとは、プログラマーが制作したこの翻訳ソフトでカーミングシグナルによる子犬の感情と会話を解析するだけ。
食い入るように液晶画面に映し出された公園の映像を見つめるI博士と美人秘書。
コマ送りをし、はしゃいで走り回っていた子犬が戻ってきた場面までくると「ここだ!いよいよだ」と博士が美人秘書に声かける。
( では、始めるとするか。ポチ、君は迷子になってしまったんだ。ご主人様のことは覚えているかい?その首輪をつけてくれた人だよ? )
尻尾を大きく振る子犬の姿が映し出されると同時に、イントネーションの不自然な機械的な声がスピーカーから流れる。
「コイツ。ナニカ、イッテヤガル、ワネ」
「素晴らしい!私の質問にたいしてのポチの感情が言語化している!それにポチの言葉が女言葉になっているな。そんな指示は出していないんだが、性別によって口調を変えるなんて、あのプログラマーなかなか気が利くじゃないか」
「お言葉ですが博士、ポチはオスですよ」
興奮のあまり、美人秘書の声も耳に届かない様子のI博士。
(君は何歳かな?ポチ)
わん!わん!
と同時に、機械音声。
「ハ?ナンダッテ?」
(君のご主人様は男かな?)
(なにか乗り物に乗ってここまできたのかな?)
(西のほうかな?)
(東のほうかな?)
質問は続いていく。
「どうしたのかしら、故障かしら。ポチがなにもしゃべらないわ」
不安顔の美人秘書。
とうとう最後の質問になり、I博士が子犬に向かってゆっくりと話しかけている場面になった。
飼い主に関する確信に触れる大切な質問だ。
ぴょんと耳を立て、真剣に博士の話を聞いていた子犬が、わん!と鳴いた瞬間。
「コイツノ、イッテルコト、ナンニモ、ワカンネ。オアイソ、ワライ、シトキャーイッカ」
よれよれの白衣に身を包んだI博士が、慌ただしく研究室に飛び込んでくる。
「そんな大声を出して。やかましいじゃありませんか。一体全体どうなさったんです?」
「ああ、びっくりさせてすまなかったね。実は今、急な夕立にあってね」
濡れた髪をタオルでごしごしと拭きながらほがらかに答えるI博士。
「午後6時からの降水確率は70%、急でもなんでもありません。博士ともあろう者が天候の変化に無頓着なんていかがなものでしょう?」
大量のバインダーを手際よく棚に戻しながら、博士を見もせずに言い捨てる美人秘書。
「まぁ、いいじゃないか、はははっ。そのおかげで私は有用な発明を思いついたのだ。正確には必要に迫られたといったほうが妥当かな」
「はっきり申し上げてください。博士の話はまどろっこしくていけませんわ」
博士の話はこうだった。
土砂降りに見舞われた博士が、煙草屋の軒下で雨宿りしていると、迷子らしき首輪をつけた子犬がいたという。
「研究室に犬を入れるわけにいかないからね、守衛室で保護してもらっているのだ」
「それはいいことをしましたね。保健所に連れて行かれては可哀想なことになるところでしたわ。博士もたまには気の利いたことをなさるんですね。さっそくビラを配って飼い主を探してあげましょう」
「それでは効率が悪い。私は科学者らしいやり方で、子犬を救いたいと思っているんだよ」
「と申しますと?」
美人秘書が作業の手を休めて、I 博士に視線を向ける。
「あの子犬と会話をして、飼い主を特定することにした。名づけて『犬翻訳ソフト』さ」
「なるほど。さすが博士です。早速、知り合いの優秀なプログラマーに連絡を取ってみます。博士は情報のデータ化をお願いします」
こうして、プログラマーと博士の二人三脚での新開発が発足し、様々な犬の記録の収集と解析が始まった。
行動パターンと鳴き声との相関、性別や犬種ごとに感情パターンをデータ化し、カーミングシグナルを徹底調査する。個体差も考慮に入れて統計の数字をはじき出し、何度も何度も修正を加える。
こうして、犬翻訳ソフトのベースとなる形がひとまず出来上がった。
「完全ではないが、これでおおよそ…そうだな、私の予想では約七割ほどは、犬の気持ちが解析できるようになっているはずだ。この特殊カメラで犬を撮影して、情報をパソコンに転送する」
なにやら凸凹のある不格好なカメラを三脚に設置しながら解説するI 博士を見ながら、感心したように頷く美人秘書。
「なるほど。視覚、聴覚の情報からカーミングシグナルを読み取って、コンピューターで言語化するんですね」
「さすがだね、君は本当に有能な女性だ。秘書にしておくのは本当にもったいない。さて、守衛室ではなんだ、二丁目の大きな公園で散歩でもさせながら、実験するとしよう」
こうして、博士と美人秘書が子犬とともに公園に向かうことになった。
子犬は嬉しそうに芝生を駆けまわり、ベンチに座った博士と美人秘書がそれを見つめる。
暖かい日差しが心地よい。
やがて遊び疲れた子犬が二人の元へ戻ってきた。
「では、始めるとするか。ポチ、君は迷子になってしまったんだ。ご主人様のことは覚えているかい?その首輪をつけてくれた人だよ?」
尻尾を大きく振って反応する子犬を見て博士が目を輝かせる。
「ポチはどうやら、私の質問に応えてくれてるようだぞ」
「そのようですね、続けましょう、博士」
美人秘書もポチを撫でながら嬉しそうにしている。
「君は何歳かな?ポチ」
わん!わん!と元気に二回。
「どうやら二歳のようですね」
「ああ、そのようだ」
いくつかの質問をしていった。
誘導尋問的に具体的な内容の質問を重ね、それらの質問に対しての子犬の返答で、飼い主の人物像が少しでも浮かび上がってくるように、質問内容に工夫を凝らす。
「ここまでやれば大丈夫でしょう、博士」
その一部始終をカメラにおさめ、実験はひとまず終了。
2人と一匹は研究室に戻ることにした。あとは、プログラマーが制作したこの翻訳ソフトでカーミングシグナルによる子犬の感情と会話を解析するだけ。
食い入るように液晶画面に映し出された公園の映像を見つめるI博士と美人秘書。
コマ送りをし、はしゃいで走り回っていた子犬が戻ってきた場面までくると「ここだ!いよいよだ」と博士が美人秘書に声かける。
( では、始めるとするか。ポチ、君は迷子になってしまったんだ。ご主人様のことは覚えているかい?その首輪をつけてくれた人だよ? )
尻尾を大きく振る子犬の姿が映し出されると同時に、イントネーションの不自然な機械的な声がスピーカーから流れる。
「コイツ。ナニカ、イッテヤガル、ワネ」
「素晴らしい!私の質問にたいしてのポチの感情が言語化している!それにポチの言葉が女言葉になっているな。そんな指示は出していないんだが、性別によって口調を変えるなんて、あのプログラマーなかなか気が利くじゃないか」
「お言葉ですが博士、ポチはオスですよ」
興奮のあまり、美人秘書の声も耳に届かない様子のI博士。
(君は何歳かな?ポチ)
わん!わん!
と同時に、機械音声。
「ハ?ナンダッテ?」
(君のご主人様は男かな?)
(なにか乗り物に乗ってここまできたのかな?)
(西のほうかな?)
(東のほうかな?)
質問は続いていく。
「どうしたのかしら、故障かしら。ポチがなにもしゃべらないわ」
不安顔の美人秘書。
とうとう最後の質問になり、I博士が子犬に向かってゆっくりと話しかけている場面になった。
飼い主に関する確信に触れる大切な質問だ。
ぴょんと耳を立て、真剣に博士の話を聞いていた子犬が、わん!と鳴いた瞬間。
「コイツノ、イッテルコト、ナンニモ、ワカンネ。オアイソ、ワライ、シトキャーイッカ」
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