表と裏と狭間の世界

雫流 漣。

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不穏な影

危険なつぶやき

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クリスマスイブの夜はどのレストランも予約がぎゅう詰め。
カイの勤め先も例外ではない。
全員総出で二時間も早く出勤し、普段の倍量の仕込みに追われる。
朝からひたすら玉葱たまねぎき続けたカイはすっかり涙目で、ろくすぽ周りが見えない有り様だ。

ディナーに備えてランチは休業。
仕込みが終わると、従業員たちは開店時間までめいめい自由に過ごす。
毎年恒例こうれいだ。

カイはいったんヒイラギ荘に帰ることにした。
部屋に戻るとココアがベッドで丸くなっていた。
ココアが遊びに来るのは久しぶり。
隣には見知らぬ猫が眠っている。
真っ白い小柄な猫。

「彼女を連れてきたのか。すみにおけないやつだな」
雌猫めすねこを驚かせないように小さく声をかけた。

ココアは知らん顔をしている。

食品棚から、買い置きしていた安いキャットフードと缶詰を取り出す。
中身を皿に移し、その皿を静かに二匹の前に置いた。
屈んだとき、ベッドの足元にリックの小箱が落ちているのが目に入った。

(なぜこんなところに……)

昨夜ステラおばさんに小箱を渡され、踏んづけたりしないよう机の上においたはずだったのに。
カイはほろ酔い亭で箱を見たときの不気味な感覚を思い出して背筋を凍らせた。

そのとき、白猫がみゃーと鳴いてベッドから飛び降りた。

「犯人は君らかい?」
仲良く並んで餌を食べ始めた二匹を見ては苦笑する。

ココアとピーチ…(カイはミルクと迷ったあげく、ミルクではありきたりすぎるという理由で、白猫にピーチと名前をつけた…)がじゃれて箱を落っことしたに違いない。

そっと小箱を拾い上げる。
一瞬、どこか奇妙な思いに捕らわれた。
何かが以前と違うような…
カイは箱を見つめた。
玉葱にやられた目がじーん
として涙が滲む。

(…今夜は忙しくなる、少しでも体を休めておかないと)

虫喰いだらけの机に小箱を戻し、寝床に転がると眠りに落ちていった。


目覚めてからは、仕事を終えて真夜中過ぎに帰宅するまでの間、カイは右へ左へひっきりなしに動いていた。
閉店後の調理場は、大型台風が通過したあとさながら。
その片付けはカイの仕事だ。
これを全部、ぴかぴかの新品みたいに磨きあげておかなくてはならない。
拷問に合わされる前の囚人の気分が理解できそうな気がする。
カイはため息をついた。

洗剤の匂いを漂わせ、ぼろ雑巾みたいに疲れ果ててヒイラギ荘に戻ったころにはクリスマスになっていた。

「毎年のことながら戦場みたいだったな」
穴の開いた靴下を脱ぎ捨てて
つぶやく。

カイが仕事から帰ってくる時間を見計らって"メリークリスマス"と電話してくるリックは、今年は病院の中だ。
他に連絡はない。
オーナーに貰った残り物のケーキを一人でほおばるのは寂しかった。

唯一クリスマスらしいものと言えば、リックのプレゼントである、あの小箱だけ。
重い体を引きずって部屋を横切り、小箱を手に取る。
リックと中身を取り出す相談で盛り上がったのはついこの前のことなのに……

あれ?

………

!?

カイは絶句した。
音がしない。
そんな馬鹿な。
思い切り箱を揺さぶっても、
カタとも鳴らない。
心なしか軽くなった気もする。

リックがどうやったのか謎だが、箱は開いたんだ!

急いで継ぎ目を調べてみたが、相変わらずぴったりと塞がっている。
狭い部屋をぐるぐる歩き回りながら考えるカイ。
リックは箱を開けることに成功した。
それなのに、そのことを隠していた。
なぜ。
腑に落ちない。

…いったいなぜ。

「危険な箱だと思ったからだ」
無意識に言葉が突いて出た。
自分の口から発せられた言葉にぎょっとする。

(危険?…この箱が?それとも…
中身のほうが?)

鈍い輝きを放っている物体をあらためて観察した。
不審な箇所はない。

リックは事故にあったとき、この箱を持っていた。
肌身離さず持ち歩いていた可能性もある。
箱が危険な物で、処分もできない状況だとしたら…?

自分もそうしたはずだ。

『あのじいさん、高価な物だと知っていてわざとこれを俺に譲ったんじゃないかと………』

胸の奥で、リックのセリフが反響する。

リックの事故とこの箱は無関係なんだろうか。
それに。
酔っぱらいパーカスの証言。

オーウェンはごとと考えているようだったけれど……

…しかし。

自分の突飛とっぴな発想がおかしくて声を出して笑う。
それでもカサブタみたいに貼りついて剥がれない違和感。
なにかが引っかかるのだ。

料理長、怒るだろうな…

カイは顔をしかめた。
年が開けるまで休業日はない。
カイが休暇を取りたいと申し出たとして、下っ端のくせに寝ぼけたことを言うなと却下される可能性大だ。
無理に休めば職を失うこともあり得る。

目をつぶって深呼吸。
リックのソバカスだらけの顔が目に浮かぶ。

「そのときはそのときだ」
カイは腹を決めた。

このまま手をこまねいて傍観ぼうかんしているのはごめんだ。
リックは半死の僕を、
三途の川を渡りかけた僕を、
救ってくれたじゃないか。

リックが意識を取り戻したら、あの不思議な夢の話を絶対に伝えよう。
リックは笑うだろうけど、そんなことかまうもんか。

まずはパーカス、
その次は骨董品店こっとうひんてんだ。
リックの、ここ数日の軌跡きせきを丁寧にたどってみよう。
そこに行けば、なにか手がかりが見つかるかも知れない。
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