表と裏と狭間の世界

雫流 漣。

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不穏な影

へんてこな見舞客

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翌日の午前中、リックの見舞いに訪れると、ステラおばさんが椅子に腰かけて本を読んでいるところだった。

「おはよう、カイ」

「おはようございます。おばさん」

ステラおばさんが棚の本やら雑貨の片付けを始めたのを見て、カイはさりげなくおばさんの故郷の話題を持ち出した。

「どうしたの?突然」

カイは口をぱくぱくさせた。
自分がやろうとしていることがバレたら、おばさんの悩みの種を一つ増やすだけだ。

「え、と……リックが小さいとき、家族でよく遊びに行っていたって…話してたのを思い出して…」

「あら、そうなの」
朗らかな声だ。

おばさんがこっちに背中を向けていて良かったとカイは思った。

「林檎でも食べる?」
ステラおばさんは質問には答えず、林檎を剥き始めた。
器用にナイフを動かすたびに、螺旋階段のように変身していく皮を見つめて、カイはもう一度聞いてみる。

「なんて町ですか?」

おばさんは少し赤くなった。
「ウィンスラッド。聞いたことないでしょ?」

カイが頷く。

「私の実家は葡萄農家なの。
名ばかりの、小さな農園を経営してるわ。シーズンオフは、別の農作物を育てたりもするけど…それでもいくらか暇になってしまうのよね。
それで、年頃になってから一度だけ父親に連れられてこっちに出稼ぎにきて…うちの人と出会ったってわけ」

思わぬ馴れ初め話に、ほっこりするカイ。
ステラおばさんの話によると、ウィンスラッドは相当に質素な片田舎であるらしい。

「農家以外の人はどうやって暮らしをたてているんですか?」
そんな町に骨董品店など本当にあるのか不安になったからだ。

「まぁ、カイ」

素っ頓狂な声を出して、口を尖らせている。

「ウィンスラッドみたいな田舎にだってお店屋さんや役場くらいあるのよ?」

予期しない反応に、面食らうカイ。
おばさんは、それっきりうつむいてしまった。

「僕、そんなつもりじゃ…」

「ふっ…」
ステラおばさんが口を押さえる。

「え、あ…」

おばさんが耐えきれずに笑い出した。

「冗談よ。ちょっとからかってみたくなって……許してね」
そう言うと、一番大きな林檎の切れ端を一つ差し出す。

コンコン。

ドアをノックする音がして話が中断された。二人が一緒に立ち上がった。

「私が行くわ。あなたは林檎を飲み込んで」
ステラおばさんが明るく言う。

カイがベッド脇のカーテンを引いて、入り口からリックの姿が見えないようにしたとき、かちゃっとドアノブの回る音がした。

カーテン越しにおばさんが息を呑む気配がしたように思える…
気のせいだろうか。

「メリークリスマース!」
しわがれた声。

「あの…失礼ですが…どちら様でしょう?
息子のお知り合いですか?」

おばさんの声。
戸惑いが入り混じった響きだ。

「息子さんとは、ちょっとしたご縁がありましてな。
お宅の理髪店に伺いましたら近所の方がこちらに入院したと教えてくれました」

かなりの老人のようだ。
布越しに、聞き耳を立てる。

「えー、リック君は…
お怪我でもされましたかな?」

その耳障りな声を聞いていると、なんだか苛立ちが募ってくる。

「事故にあったんです…
もう十日以上経つのに…まだ目を覚まさないんです」

「なんじゃと!」

喘息のような激しい息づかいがし…
次いでステラおばさんが、おじいさん大丈夫ですかと声をかけているのが聞こえる。
老人は動揺しているようだ。

カイはなぜか、カーテンを透かして、老人がリックと自分を観察しているような錯覚に襲われた。

老人の姿を見たくてたまらない気分だ。
衝動的にカーテンの端に手をかける。

「リックに会ってやってくださいますか?」

「いや、今日は…おいとまさせてもらうとします」

カイが力任せにカーテンを開けたのと、ドアが閉まるのがほほ同時だった。
顔を見ようにも、老人はぱたんとカサついた音を残して行ってしまった後だ。

「あの子とどんな知り合いかしら」

「さぁ…リックにお年寄りの友人がいるなんて…
少なくとも僕は、聞いたことがない」
カイが曖昧に言った。


「なんだか不思議な感じのおじいさんだったわ」
ステラおばさんが肩をすくめる。

「暖かそうなコートを着ていたんだけど……麦藁帽子をかぶってたし……
もこもこの房がたっぷりついた毛糸の室内履きを履いていたの。
あの格好で病院まで来たのかしら」
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