薄氷 【R-18】

るりあん

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後編

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「――ごめん、忘れて」

 私は四肢の力を抜いて、そのままペタンとうつ伏せになり、顔をベッドに押し付ける。
 今、私はきっと、情けない顔をしていると思う。途方にくれた子どもみたいに。

 うつ伏せで顔が見えないだけ良かった。

 そう思っているところへ、ぐっと腕をひっぱり身体を起こされた。そして、そのままくるりと回転させられて後ろへ倒される。

「や――、なに!?」

 恥ずかしくてどんな顔をしていいのかわからない。
 戸惑っている間に、膝の後ろをすくわれ、ぐっと持ち上げられる。

「んな簡単に、忘れられるかよ」

 両脚を肩に担がれて、さっきまで彼と繋がっていた部分が彼の目の前に露わになった。
 自分の股越しに、ムッと口を尖らせた彼と目があって、急に恥ずかしくなる。

「だから、ごめんって――」

 手の甲で目を覆った瞬間、剛直の先端が膣口にあてがわれ、ぬぷり、となんの抵抗もなくそれが中へ入ってきた。
 入ってきたものに押されるように、胸の奥がキュッと縮む。
 指の間から覗いて見えた彼の眉間に僅かに皺がより、切なげで深い息が口から漏れた。
 すると、また、胸の深い部分が反応して、それを身体がダイレクトに彼に伝える。
 気のせいか、彼のそこが私に応えるように硬さを増したような気がした。
 まだ彼は動いてさえいないのに、波の様に規則的にジワリとした快感が私の中を這い上がってくる。
 胸の奥で何かが下から押し上げられるようにせり上がってきて、艶めかしい喘ぎ声になった。

「すげ――、イイ……」
「そんな、見ないで――」

 奥まで入ってきた彼が、私の額から頬を優しく撫でた後、目を隠していた腕を取り、指を絡めてベッドに押し付けた。
 まともに目が合って、また体の奥が反応する。
 彼との初めての体位のせいか――指を絡めて握られたからか。そんなことさえ快感を高める要素になる。
 たまらない表情を見せた彼が、我慢できない様子で腰を動かし始めた。
 挿れられたまま乳首を吸われると背筋が弓なり、繋がっている部分から生まれる快感に合わせて淫らで高い声が上がる。
 抑えられない。

「……っ、いつもより、よく――締まって――」

 苦しげに絞り出すような、掠れた声にさえ、私の劣情は煽られる。

 こんな、色っぽい人だったっけ。
 それとも、私の中で勝手に育ち始めている淡い恋情が見せる幻なのか。

 そんなことを、痺れる頭の中で必死で考えていた。
 そうしないと、この快感に――この恋に溺れてしまいそうだった。
 熱くなっちゃダメだ。でないと、彼という薄い氷が溶けてしまう。
 そう、思うのに――。

 覆いかぶさった彼が、手をしっかりと握ったまま唇を合わせてきた。
 ねっとりと絡み合う舌。重なる肌。
 いつもより近くで感じる彼の荒い息遣い。
 胸に落ちてくる、汗。
 そして何よりも、社内では絶対見ることのできない余裕のない表情。
 それら全てが、私の胸の奥の繊細な部分を大きく揺さぶり、私を快楽の海に沈めていく。
 私は絡まっていた指を解き、彼の首に夢中でしがみついた。
 しっとりと汗ばんだ胸が私の胸に重なる。私の中に入っている彼が硬さを増し、膣壁を押し返してきた。

「そんな、しがみつくな――っ」

 優しく私を引きはがした彼は、徐々に腰の動きを速め始めた。
 彼の表情も切ないものに変化していく。

「お前は……余裕、そうだな」

 じっと見つめている私に気がついた彼は、照れを隠すためなのか、茂みの奥の小さな蕾を指で強く押し、摘まんで捏ねた。

「あ――んっ、んんっ!」

 そのまま激しく突かれて背中が仰け反る。
 もう、目を開けていられる余裕もなくなり、彼の動きに合わせて、半開きの口から喘ぎ声が自然に漏れた。
 私の声と、淫らな水音、肌のぶつかる音、それから、ときおり零れる彼の呻き――
 私も、彼も、その瞬間に向けて高まっていく。

「中、に、出すぞ」

 スムースに入ったのも、いつも以上に感じるのも、彼が先ほどまでつけていたゴムを外したからだと、その時私は理解した。
 返事を待たずに彼の動きが激しくなる。

「ちょ……まって――」
「無理、……も、止められない」

 さっきまでの動きも十分激しかったのに、まるで止めを刺すように、それ以上の速さと強さで彼が、抽送を繰り返し始めた。

「やぁっ、はっ、んん――っ! なん……でっ!?」

 フィニッシュに向けての突き上げの合間に、私は何とかそれだけを絞り出す。
 強引すぎる彼に戸惑いながらも、心の隅にくすぐったさを感じている自分がいた。

「建……設的、なこと、――したいんだろ?」
「そ……んっ」

 確かにそう言ったけど、それとこれがどう関係あるのか。
 ああ、でも、わたしも、そろそろ――

「――っ、イク、ぞ」
「ちょ、ん、や――っ、……ああっ!」

 私が拒絶する暇も与えず、彼は、小さな呻き声と共に力強く数回腰を叩きつけた。
 息を詰め身を固くした彼が、繋がったまま私に上に覆いかぶさり、強く抱きしめる。
 私の中で彼が何度か拍動し、その振動と密着した肌から伝わってくる熱が、大きな快感となって私の頭の芯に押し寄せてきた。
 体の中心を突き抜けてきた衝動が頭の中で弾け、体の隅々に甘い痺れを降り積もらせる。
 そして私は彼の腕の中で、不思議な浮遊感を感じながら、甘やかな余韻の中に沈んでいく――


 こわばっていた彼の体が弛緩し、荒い息とともに肩が激しく上下しても、私はしばらくその心地の良い痺れの中にたゆたっていた。
 ゆっくりと彼の肌のぬくもりを感じながら目を閉じる。
 生え際を撫でてくれる彼の指がとても優しくて――、このままずっとこうしていたい。
 彼をセフレ以上の存在と思い始めた私は、半ば強引だったとはいえ、中に出されたというのにそれほど嫌悪を感じていなかった。
 それどころか、初めての体位に、生の感触に――、終わったあとぐったりして動きたくないと思うほど、いつも以上に感じてしまった。
 身体はまだ自分のもののような気がしていなかったが、頭の中の痺れは収まり、次第に意識がはっきりしてくる。
 半身を私の体の上に無防備に預けた彼の重みが、心地よい。
 気が付くと、私は彼の短い髪を撫でていた。
 彼をそっと伺ったつもりが、目を上げた彼とバッチリ視線がぶつかって、思いがけず鼓動が早くなった。
 初めてというわけではないのに、すごく――恥ずかしい。
 私は薄いシーツを胸のところまで引っ張り上げる。

「なんで、よ……?」

 恥ずかしさを紛らわせるため、口から出た言葉は、よりによって、こんなに可愛くない言葉だった。

「なんで、って、そうして欲しそうだったから」
「そんなこと……頼んでないし」

 私はただ、こんな不毛な関係を続けるのに疑問を持っただけだ。
 シーツを掴んで身を起こしかけた私の肩を、彼の腕がガシッとつかんで固定した。

「建設的になるんだろ?」
「だからって、なんで――」

 無防備な格好のまま、再び彼の腕の中に囲い込まれて、恥ずかしさ倍増。
 たぶん私は、年甲斐もなく真っ赤になっていると思う。
 それでも彼は、私の髪を撫でながら、天井を見つめたまま淡々と破壊力のあるその言葉を放った。


「プロポーズだよ」


 え――?


「だから――」と彼は、真面目な瞳を私に向ける。


 二人で家庭を作らないかって――


 耳元で囁かれたその言葉の意味を脳が理解するよりも早く、胸の奥がいっぱいになって、視界が歪んだ。
 気がついた彼が、私の瞼を親指でそっと拭い取る。

「……私たち、そういう関係じゃ、なかったよね?」

 本当は嬉しいくせに、口から出たのはやっぱり素直じゃない言葉だった。

「薄い氷、みたいなんだろ、俺たちの関係?」
「……そう、思ってた」

 だけど、それとこれとどういう関係が――?
 それを口にする前に、彼が話題を変えた。

「うすらい……って、知ってる?」
「うす……?」

 いきなり知らない単語を出されて、私は戸惑う。

「漢字で、薄い氷って書く。――春の季語だ」
「季語って……オジサンくさ」
「うるせ」
「でも、氷なのに、春なの?」

 なんとも間の抜けた質問だけど、馴染みのない言葉に他に何と返せばいいのかわからない。

「だんだんと薄くなっていく氷に、春の訪れを感じるんだってさ」
「よく、わからないけど……」
「要は――、好きになったんだから仕方ないだろっ、てことだ」

 話が、唐突に飛ぶので、ついて行けない。
 なんとなく、初めての体位と中出しと、私たちの関係と薄い氷について話をしたいというのはわかるような気がするけれど。

「主語と目的語がないけど……正常位で生でするのが?」
「アホか。――お前のことが、に決まってるだろ。てか、ずっとバックで我慢してたのは、お前の顔を見ながらすると暴走しそうだったからであって、だな――」

 言いながら彼が私の頭を引き寄せて胸のあたりに抱え込んだ。
 たぶん、照れてる。
 だから、顔を見られたくないんだな、なんて、想像したりして。

「……いつ、から?」

 気配で、彼が鼻の横を掻いたのが分かった。
 これは、冗談ではなく本心を曝け出すときの彼の癖、だ。

「……最初から……って言ったら、引く?」
「最初からって――?」

 抱え込まれた腕の中から覗き込むように彼の顔を見上げると、それに気が付いた彼が手のひらで私の視界を奪った。

「お前が失恋した時から。いや、それよりも、もっと前かな。けど、落ち込んでるお前につけ込むような――、そういうの、ずるいと思ってた」
「体だけの付き合いの方が、ずるい気もするけど」

 脱ぐと意外に筋肉質なその胸に、私はわざと頬をこすりつける。
 鼓動が、早い。
 それを聞いて、私の頬は熱くなる。

「考えなしにアプローチしてたら、お前、きっと引いてただろ」
「たしかに、そう……かもしれない。けど」

 やばい。
 こっちまで、どきどきしてきた。

「で、どうする?」
「どうするって?」

 思わず声が上擦って、私の頭の上で彼がくすっと笑った。
 いつの間にか、形勢逆転されたようだ。
 余裕の表情で彼が一言、「結婚」と付け加える。

「――俺が支えるから、二人で新しいものを作っていかないか」 

 薄い氷の下には、空虚しかないと思っていたけれど、本当はそうじゃなくて――私のすぐ足下には、しっかりした大地があったのだ。

 胸がいっぱい過ぎて――どう言葉にしていいかわからなくて、私は思いっきり彼に抱きついた。
 そうね。それも、悪くないかもしれない。
 そんなことを思いながら『結婚』という言葉を噛み締めていると、再び力を漲らせ固くなった彼が、私の腰あたりで主張を始めた。

「――やだ、さっき出したばっかりなのに――」
「可愛いことするお前が悪い」

 彼はシーツの中にそっと手を忍ばせさっきまで繋がって部分に指を這わせた。
 先ほどの余韻のせいか、そうされただけで身体が彼を求めて反応する。
 すっと割れ目をなぞっただけで、彼の指はぬめりとした液体を掬い取っていた。

「お前も、人のこといえないと思うけどな」

 出した舌で指を舐めるところを見せ付けられて、頭の中がカッと熱くなる。

「ねっとりとした、やらしい触り方するからよ」
「そういうとこもオッサンくさいってか?」
「もう四十近いんだから、十分オジサンでしょ」
「ひどいな。――でも、肉体的にはまだ若いってとこ、証明してやるよ」

 彼は、一気にシーツを剥ぎ取った。
 ひやりとした冷気が火照った体をなでていく。
 ぞくり、と身体が反応したのは、そのせいだけではないだろう。
 優しく私の肌の上を這い始めた彼の手が温かい。
 すでに、私の身体は再び熱を帯び始めている。
 甘い声が漏れ始めたところで、彼はすっと身を引くと、固くそそり立った剛直に手を沿え、私の中に優しく沈めた。

「ん、ぁ……」

 やばい。……すごく、気持ちがいい。
 身体だけじゃなくて、心も繋がると、こんなにもイイのだと、初めて知った。
 けど――

「けど、生は――」

 順番が違う。
 私は慌てて彼の胸を押し戻そうとした。
 けれども、彼はもう奥深くまで入ってきていて、私の膣内(なか)に馴染ませるように、ゆっくりと腰を動かしている。

「子ども産むと厄落としになるっていうし、そうなると結婚に対しても踏ん切りがつくだろうから――一石二鳥だろ」

 それが、ろくに会うこともできないのに5年も棒にふった私に対する、彼なりの――何があろうとも、今年中に結婚するっていう、誓約のつもりなのかもしれない。
 これもすべて、彼の計画のうちだとすると、さすが企画部というか――、もう、堕ちるしか、ない。
 私はふっと息を吐き、身体の力を抜いて、彼を素直に受け入れた。


 ***


 わずかに見え始めた春の兆し――薄氷うすらひ
 まだまだ、目に見えて好転とはいかないけれど。
 これから暖かくなっていくにつれて、沢山のものが生まれ、芽吹くのだろう。

 そして――

 今は、なんだか、それが待ち遠しく思っている私がここにいる。
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