132 / 184
148.シャワーを浴びる時の擬音は……
しおりを挟む「――お、来たな」
購買部から冒険フィールド「北風の洞窟」にやってきた。
石造りの祠から出たすぐ近くに、待ち合わせしていたジングルがいた。
俺たちと同じく制服姿に、小さくまとめた荷物だけという軽装だった。火を焚いて何かを……魚を焼いて食べていたようだ。
「わりい、今晩飯中なんだ。少しだけ待っててくれ」
適当に挨拶を返しつつ、俺とレンは火を囲むようにして、手近な岩に腰を下ろした。
三日月に星空。
すぐそばには崖があり、ぽっかり空いた穴からひゅうひゅうと悲鳴に聴こえる北風が吹き抜けてくる。まさに「北風の洞窟」である。そのまんまである。
「その節はお世話になりました」
「お互い無事で何よりだったな。さすがに俺も死ぬかと思った」
俺が周囲をきょろきょろ見回している間、レンとジングルが雑談する。
なんでもジングルは、夕方くらいからこの近くの湖で釣りをしていたらしい。今食っているのは釣れた奴なんだそうだ。オフ満喫した過ごし方だなー。
「祠の裏にある川の上流だ。完全に穴場な。この辺は魚食う獣もモンスターも少ないから、魚があんま警戒しねーんだよ」
釣りかー。小学校くらいの時にちょっとやったなぁ。一緒にやった友達だけ釣れて俺は全然釣れなかったことだけはよく憶えてるわ。
「――おし、待たせたな。行こうぜ」
魚とパンを食べ終わり、手早く火を消して後始末をするジングル。さすがに手馴れてるな。
「『聖ガタン教会跡』だったよな? だったら上だな」
うん、確かゲームでは「北風の洞窟」を上に抜けた先にあったはずだ。入口はこことして、出口が北と西と崖の上、という三方に行けるようになっている。
俺たちが目指すのは、崖の上……高台にある「聖ガタン教会跡」だ。
「目的ははっきりしてるんだよな? じゃあショートカットしようぜ」
ん? ショートカット?
30分経たずして、俺たちは崖の上に到着していた。
「風魔法って便利ね」
ゲーム的には邪道もいいところだが、現実はこんなもんだよな。
「北風の洞窟」は抜けていない。
正規のルートなら順調に進んでも二、三時間は掛かったはずだ。そう本に書いてあったからな。
更に言うなら、このメンツで……つーかレンとジングルのどっちかが「北風の洞窟」に来たことがなければ、もっと時間が掛かっただろう。たとえ地図があろうと、よく知らない洞窟なら慎重に進まざるを得ないからな。
俺たちは、ジングルの風魔法で、直接崖添いに登ってきたのだ。
まずジングルが飛翔魔法で飛び、崖の上に行く。
次にロープを垂らす。
そして俺とレン、一人ずつロープを昇る、と。
高台はかなりの高所らしくロープの長さが足りなかったので、三本ほどを結わえて長くした。
……つーかジングルがロープを三本も持ってた時点で、この展開はあいつの想定内ってことなんだろうな。
ちなみに崖登りも、ジングルの飛翔魔法で補助され、引き上げてもらった。だから正確には登ったっつーより引き上げられたって感じだな。アシスト自転車じゃなくて原チャリだな。自分の力なんて使ってないから。
飛翔魔法ってのは、「飛ぶ」というより「重力を操作する」と考えた方が近いのかもしれない。何にせよ便利だな。
「地味だけどな」
そう、風魔法ってゲームでは地味なんだ。
肉体強化系の補助魔法とかフィールドでの移動速度が早くなるとかそういうのばっかで、「あれば役に立つけどなくてもいい」なんて思えるような立ち位置になる。攻撃魔法もほかと比べて強力なものがあるわけじゃなし。
でも現実では違うな。
なんていうか……単独行動とか、隠密行動向きだよな。地味さが際立って長所になっているっていうか。人間が行けないところに余裕で行ける強みがあるというか。
「行こうぜ」
殿のレンを引き上げると、ジングルはロープを回収し、ほどいて荷物袋に納めた。うーん……偶然通りかかったのを捕まえただけなんだが、こいつに声かけて正解だったな。
目的地だった「聖ダカン教会跡」は、そこから歩いてすぐだった。
高台に登った時から気になっていたが、近づくにつれてどんどん死の気配が強くなっていく。
だいぶヤバイ感じなんだが……でもここゲームでは序盤の終わりか中盤の頭なんだよな。難易度は高くない、はずなんだが。
鬱蒼とした木々に囲まれた獣道のような細い道を行き、
「着いたぞ。アレだ」
星明かりも届かないような場所で灯りなしでするする歩いて先導していたジングルが、脇に避けて視界を空けた。
「おお……」
マジか。すげえ。
三日月を受けて浮かぶ、かつて聖なる神の家だった場所。
朽ちたその姿は、まさに闇の教会だ。つーか完全にお化け屋敷じゃねえか。
ここからでは巨大な外観がまだ小さく見えるだけだが、近づけばそれこそゾンビのようにボロボロな姿が見て取れるのだろう。むしろ遠目では原型を留めているのがすごい、気がする。五百年くらい放置されてるって本に書いてあったからな……
だが、すごいのは朽ちた教会だけじゃない。
どうやら教会の周辺には墓地があったらしく、明かりの届かない暗闇で蠢く影がはっきり見える。あれ完全にゾンビだわ。それも40体50体どころの話じゃない。
そしてそんなゾンビたちの足元を照らすかのように、無数の青い火の玉が漂っている。あれが俺らの目当ての「コールドウィスプ」だろうな。
「随分密集してんな。ここしばらく誰も来てねえみたいだな」
ジングルが言うには、誰かがアレに突っ込んだり襲われたりしたなら、もう少しゾンビがあっちこっちに散らばっているらしい。
だが密集しているということは、出現してからほとんど動いていないってことになるそうだ。
――そう、実はあのゾンビ、普通の死体ではない。闇の魔素で発生したモンスターである。もちろん死体を動かしている、というわけでもない。
本物のゾンビ……墓地に埋まっている死体が出てきているのなら、打ち止めがあるからな。単純に埋まっている死体の数だけしかゾンビは出ないって理屈だ。ゾンビの数=死体の数、だからな。
さすがにあそこで蠢いている連中が、五百年以上も現存しているゾンビたち、なわけない。あんまり想像したくないが、有機体の死体なら、長年雨風を受けていれば地に帰るだろ。風化するだろ。
この「聖ダカン教会跡」周辺は、「アミマナの迷宮」のモンスタートラップ同様、闇の魔素のせいで延々とアンデッドモンスターが湧き続けているのだ。
そうなっている理由まではわからなかったが。案外理由なんてない、ただの自然が生み出した偶然なのかもしれない。
よくモンスターが湧く場所だけあって、野盗の巣窟になることもなく、見かけはアレだが難易度は低いだけに、すでにいろんな冒険者が侵入しているだろうから、教会内部を調べたところで金目の物など一切ないだろう。
もはや調べ尽くされた場所だ。こんなところに望んで来る物好きは少ないだろう。
――まあなんにしろ好都合だ。密集していれば『浄化の光』の有効範囲内にたくさん巻き込めるってことだからな。
それにアレだ。
ここまで暗ければ、逆にゾンビをよく観察せずに済む。レンさんの前で腰を抜かして泣きながら撤退なんて絶対嫌だしな。
実戦の基本は観察と注視だが、見えない方がいい時もあるってことだ。
よし、じゃあ、行くか。
「『浄化の光』! ラ○ウ張りに天に帰れ!」
しゅわぁぁぁぁぁ
「『浄化の光』! 相手は死ぬ!」
しょわわぁぁぁぁ
「『浄化の光』! シャワーの擬音は!?」
しゃわぁぁぁぁぁ
一時的に光属性や浄化効果を高める「聖水玉」を投げ込んで、あとはもう『浄化の光』連発である。
モンスターどもは密集しているだけに、一度使うだけで面白いようにたくさん消えていく。少し黄ばんだ光の粒子となって消えていく様は、なかなか幻想的で美しい。
俺は後方でひたすら『浄化の光』を唱え、消し損なって近づいてくる「ゾンビ」、「スケルトン」、「ゾンビドッグ」、「リビングアーマー」、目当ての「コールドウィスプ」は、前方に立つレンとジングルが俺を守りながら請け負っている。ちなみにジングルの武器は組立式の短槍である。
しゅわしゅわしゅわしゅわ倒せど倒せどモンスターは尽きない。よく見るとその辺の地面には穴が空いていて、そこから色々と這い出してきているようだ。
切りがない――ように思えるが、俺にはわかる。少しずつ、感じていた死の気配が薄くなっていっている。恐らく打ち止めはある。
どっちにしろ、このままじゃアイテム拾得なんて不可能だ。かなりのペースでモンスターは減っているので、このまま押し切るぞ!
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
936
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる