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24.ヘレナ・ライムとユリアン・ロードハート
しおりを挟むきっちり結い上げた金髪に、派手さはないが品よく仕立てたドレスを着た、四十半ばほどの女性。
深い緑色の瞳は、見るからに厳しそうで隙がない。
ヘレナ・ライム。
第三階級貴人ジョレス・ライムの奥方で、家庭教師として貴人の子に礼儀作法を教えている。
王族にも彼女の指導を受けた者がおり、社会的信頼が非常に厚い。
――「ニア・リストンの職業訪問」で一番最初に訪ねた人である。
後から気づいたが、撮影・放送第一回目にライム夫人を選んだ理由は、新番組の拍を付けるため、また彼女と懇意にしているというリストン家の牽制……私とライム夫人は知り合いだ、と知らせるためだと思われる。
魔法映像はまだまだ知名度も低く、一般には広まっていない。
更には歴史も浅く、いろんなことが手探りで行われており、誰も正解・正道、または失敗、あるいは禁忌というものがわかっていない。
噂で聞いた限りだが、今はまだ「子供を魔法映像に出演させる」というのも珍しいせいか、貴人たちの中には露骨に子供を出すことに反感を持っている者もいるとか。
そんな反感の声を抑えるための、ライム夫人という布石だった。……と、今なら思う。
子供である私を批難すれば、共演したライム夫人も批難することになる。
そういう牽制もあったのだろう、と。
まあ、私が考えるべき話ではないか。
そういう調整は両親に任せてあるので、私は撮影をしっかりやるだけだ。
「――初めまして、ニア様」
ライム夫人と挨拶を交わした後、夫人の隣に座っていた男が立ち上がって挨拶をした。
「――もしやユリアン様でしょうか? お初にお目に掛かります。ニア・リストンです」
青髪の美男子。
今度の仕事の依頼先。
そして私がやる仕事。
その辺を考えれば、間違いないだろう。
「はい。僕が劇団氷結薔薇の座長、ユリアン・ロードハートです」
……ふむ。これがユリアンの素顔か。
魔法映像で観たことはあるが、私が観たのは舞台上の、そして魔晶板越しの彼である。
やはり舞台映えするメイクをせず、役になり切るための衣装ではないせいで、魔晶板で観た顔と素顔とでは別人のようである。
舞台上では、確かに「看板役者」とか「スタア」などと呼びたくなるほど、派手できらびやかだったが。
「素顔のあなたもハンサムですわね」
目立つ青髪に、深いヘーゼルの瞳の二十歳を越えているくらいの男性。細身の長身はとても舞台で映えるのだろう。
「はは、ありがとうございます。ニア様も大変可愛らしいですよ」
だろう?
でもはっきり言って兄の方が可愛いのだよ。
ひとまず挨拶を済ませ、私もテーブルに着いた。
「ライム夫人、先日はお世話になりました。放送は観ていただけましたか?」
「ええ。それにあなたが映る番組はいくつか観ているわ」
そうか。観てくれているのか。
「――まあ、不快ではありませんでしたね。未熟ではありますが、淑女に努めようという努力は見られました」
ああ、礼儀作法方面の評価か。
……真面目にやり過ぎても訪問先の人たちを委縮させるし、でも子供っぽくやりすぎてもリストン家の名に傷がつくという、結構気を遣う番組なのだ。
最初こそ気楽に考えていた気がするが――それこそライム夫人の教えが、後から効いてきている気がする。
礼を失すると家に傷が付く、無知を晒すと家に泥を塗る、油断すると家が揺れる。
あの時くどくど言われた言葉は、撮影で他者と拘わる毎にたびたび考えさせられた。
「夫人の及第点があれば安心ですわね」
「調子に乗らないの。未熟だし、減点がないとも言っていないわ」
――相変わらず厳しい人だ。
しかしこういう人の言葉は、本当に後から頷かされることが多いのだ。長い人生において大きな財産になるほどに。
でも子供には伝わりづらいだろうな。
成長して、振り返って夫人の言葉に納得できるまでは、「なんだこのババア」くらいの感想しかないかもしれない。
「まあまあ、夫人」
ユリアンが険悪な雰囲気を察して口を出すが――実際はさほど険悪ではない。
私の方が受け入れているし、ライム夫人もそれがわかっているから。
まあ、いちいち反発するほど子供ではないのだから当然だ。
先程案内してくれたウェイターがやってきて、料理を出してもいいかと訊ねる。どうやら料理のコース自体は決まっているようだ。
「――失礼します」
ついでにリノキスが合流し、私の後ろに控えた。侍女なのでテーブルには着かない。
「どこかで夕食を食べてきてもいい」と言うと、強く拒否された。
リノキスの目当てはユリアンだろう。魔法映像で観る有名人が大好きだから。
まあとにかく、本人が言うなら仕方ないので、リノキスは放っておくことにしよう。
夫人とユリアンは食前酒を、私は水でグラスを満たす。……飲みたい。私も白ワインを飲みたい。目の前で飲まれるのはちょっと堪える。
――酒を見ているといらないことを言い出しそうなので、今度の仕事の話でもしようか。
「夫人とユリアン様はお知り合いですか?」
確か、夫人の知り合いの依頼だという話だったはず。
そしてその知り合いが、ユリアンなのだと思うが。
「知り合いというより、親戚になるわね。実は彼は甥に当たるのです」
ほう。親戚に。
「僕は彼女の姉の息子です。こういう仕事をしているので、階級のことは大っぴらには公表していませんし、夫人……叔母との関係も一部の人しか知りません」
ライム夫人の姉が今どうなっているかわからないが、この言い方だと貴人であることは間違いなさそうだ。
さっき名乗ったロードハートは、たぶん芸名的なものだと思うが……まあそのうち聞けばいいか。
「それで、私はユリアン様の劇団に一時的に属する、という形でいいんでしょうか?」
「はい。魔法映像で時折お見かけするニア様に、ぜひ今度の舞台に参加していただきたいと。僕から叔母に連絡を取るようお願いしました」
なるほど。
魔法映像を観ていれば、確かに共演したライム夫人と私が知り合いであることはわかる。
まあそれ以前に、リストン家とライム家の仲がいいことは、知れ渡っていると思うが。
「それでは、私のことを様付けで呼ぶのはやめてください」
「はい?」
「私はただ役者として舞台に立つよう依頼され、ここに来ました。
これより先はリストン家の娘ではなく、ユリアン座長の下で働くただのニアとして接してください。
座長がただの役者を様付けで呼んでいては、ほかの方に示しが付かないでしょう? それに私もお客様扱いされていてはやりづらいので」
ユリアンは少し考えたようだが、すぐに頷いた。
「……うん、わかった。よろしくね、ニアちゃん」
「はい。よろしくお願いします、座長」
と、そんな挨拶を交わしたその時だった。
ノックの音がした、と同時に、扉が開いた。
「遅れてすまない! ニア様はもう来て……あ、来てる……」
あ、看板女優の氷結薔薇だ。
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