狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

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27.撮影と番組宣伝

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 私が稽古に参加して、二週間が過ぎた。

 劇団氷結薔薇アイスローズ公演「恋した女」の本番は、一週間後である。劇団員たちは稽古に小道具造りにと忙しい。

 私も、「母親に捨てられる子供サチューテ役」のセリフは、全部入っている。
 というか、素人にして本当に子供を起用するとあって、かなりセリフを削ったんだそうだ。私の出来を見て「これならもっとセリフを入れてもよかった」と脚本家が渋い顔をしていた。

「――ニア。もう一回合わせよう」

 二週間もほぼ付きっきりで過ごせば、嫌でも仲良くなる。
 私や私以外ともやや衝突の多かったシャロ・ホワイトも、ようやく周りと足並みが揃い、全員と同じ方向を向いたようだ。

 まあ、リノキスは相変わらず好きではないようだが。
 
「――わかりました」

 主演にして「子供を捨てる未亡人ナターシャ役」のシャロに声を掛けられ、本日三回目のセリフ合わせを行う。

 本番さながらに腹から声を出すので、私もシャロももう汗だくである。
 役者の仕事も大変だ。




「お嬢様。時間です」

 昼になり、最近は朝から昼まで追い出すリノキスが、稽古場に迎えに来た。

 ――今日は「ニア・リストンの職業訪問」の撮影日なのだ。だからいつもは夕方まで稽古するが、今日の参加は午前中だけである。

 ユリアン座長始め小道具係などの裏方は夜まで残るので、夜のモップ掛けは私の仕事ではないのだ。

「あ、行くの? 撮影だっけ?」

「ええ」

 最初こそ意気込みが空回りしていたシャロだが、今はだいぶこなれてきている。

 緊張感はあるが、肩に力が入り過ぎているということもない。
 力の抜け具合がちょうどいい状態だと思う。

 ――シャロ・ホワイト。

 大人っぽく見えるが、まだ十四歳になったばかりの少女である。

 赤の混じった金髪は癖毛で左右に跳ね、身長は女性としては少し高い方だ。しかしまだ発展途上とばかりに、胸や尻の肉付きは薄い。

 濃い青色の瞳にいつも強い意志の光を宿している、なかなかの美形である。まあ兄の美貌には到底敵わないが。

 役者になるために田舎から単身王都へ……というか、アルトワール学院小学部を卒業してから、そのまま実家に帰らず劇団に所属し、今に至るそうだ。

 ちょうど他の劇団から独立した「氷の二王子」が、とにかく人手が足りないからと劇団員を募集し、シャロはこの劇団に滑り込んだ。

 それから二年が経過し。

 シャロは主演という大役を貰い、空回りする勢いでやる気に満ちていた。
 そして相手役の子役として、素人の私が選ばれ、お冠だったわけだ。

 念願の大役を貰ったのに、いざやるとなったら足を引っ張りそうな素人が参加すると言われれば、それは腹も立つだろう。

 まあ、彼女の事情に構っていられるわけでもないが。
 私は私の仕事をこなすだけだ。

「リノキス、例の話はしてくれた?」

「あ、それがありましたね。――短時間なら問題ないって言ってましたよ」

 ほう、それは僥倖。

「――座長、例の話いけそうです」

「え、本当に!?」

 小道具関係で話し合っていた青髪の美男子が、走ってこちらにやってきた。

「本当に魔法映像マジックビジョンで宣伝できるのかい!?」

 その声は存外大きく、それぞれで稽古や作業をしていた劇団員たちも聞き捨てならないと寄ってきた。

 汗だくで歳もまちまちの大人たちに囲まれつつ、私は座長にだけ前もって知らせておいたことを話した。

「短時間なら魔法映像マジックビジョンで宣伝できるようです」




 魔法映像マジックビジョンは宣伝効果がある。

 今回であれば「いつどこで劇をやりますよ」という露骨な宣伝映像を流せることになる。

 少なくとも、やって集客率が減ることはないだろう。
 もちろん増えるという保証もないが、しかし増える可能性は大いにある。

 集客率が減らない――リスクがないなら、やっておいて損はない。間違いなく打っておくべき布石である。

 反応は、極端に真っ二つだった。

「シャロ! 行ってこい!」

「えっ?」

「いや待て! 衣装を用意しろ! メイクもだ! 見栄えのする格好に仕上げろ!」

「えっ、えっ?」

「その前にお風呂でしょ! 汗臭い!」

「いや臭くはないですけど! ……ないよね?」

 うん。別に臭いはない。……そんなことを言ったら同じく汗まみれの私も気になる。私も大丈夫だよな?

 まだ魔法映像マジックビジョンの宣伝効果を知らない劇団員の反応はいまいち。
 だが、ユリアン座長やルシーダ始め価値を知る者、「広く宣伝できる機会」として捉えている者は色めき立つ。

 まあ、とにかくだ。

「シャロ。私の滞在しているホテルで一緒にお風呂に入りましょう。それから着替えて撮影に行くのがいいわ」

 どの道私は、撮影のために直前に入るつもりだったので、シャロが一緒でも構わない。

 私は風呂から上がって撮影現場へ。
 シャロは風呂に入ってから一旦稽古場に戻り、衣装とメイクで着飾って番組宣伝の撮影へ。

 という流れで決まり、私たちは慌ただしく稽古場を後にするのだった。




「――カット!」

 一番最初のシーンの撮影が終わった。
 くどい顔の現場監督の声を聞き、少し気が抜ける。

「いいよニアちゃん、今日も可愛いね! この調子で行こうか!」

 王都での撮影ということで、撮影班としては立場が一番高いらしいベンデリオがやってきていた。
 結構久しぶりに会うのだが、やはり変わりなくくどい顔をしている。

 ――今日の職業訪問は、いつものリストン領ではなく王都ということもあり、王都で一番人気の高級レストラン「黒百合の香り」でパスタ作りを体験することになる。

 そう、ライム夫人やユリアン座長、氷結薔薇アイスローズルシーダと食事をした、あのレストランだ。
 あの時点ではまだ訪問することは決まっていなかったはずだが、縁があったようだ。

 人通りの多いメインストリートで行われている撮影だけに、少し野次馬に囲まれている。リストン領でもあるのでこれは珍しくない。きっとまだ撮影自体が珍しいのだろう。

 次は店の中の撮影になるのだが、その前に。

 舞台の番組宣伝の撮影をするなら、ここがいいだろう。
 天気もいいし、メインストリート沿いである。カメラの位置を調整すれば、私とシャロと背景にはアルトワール城をも映せるはずだ。実に王都らしい場所である。

 あとは、稽古場に戻って衣装とメイクを装備しに行ったシャロ待ちなのだが……辺りを見回してもまだ来ていないな。

 だが、シャロの代わりにリノキスが寄ってきた。

「――お嬢様、ちょっといいですか?」

 真剣な面持ちで声を潜める辺り、少し大事な話のようだ。

「――どうしたの?」

 リノキスに合わせるように、誰にも聞こえないよう小声で返すと、彼女は言った。

「――シャロ・ホワイトがチンピラに絡まれています」

 は……?



 
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