狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

文字の大きさ
45 / 405

44.兄、二度目の

しおりを挟む




「必要な物? こだわりがないなら、学院の購買部でだいたい揃うと思うわよ」

 荷物の整理がてら少し休憩して、予定通り買い出しに出ようとしたところ。

 まだ一階ロビーにいた寮長カルメに会ったので、ついでに学院や寮で使う道具類をどこで買えばいいかと聞いてみたところ、そんな返事が返ってきた。――というか彼女は新入生の案内役として、あえて目立つようここにいるのか。

「購買部、ですか」

 学院で扱っているなら、それが学院指定の道具類ということになる。

 だとすれば、私はそれでいいだろう。
 特に高級品を求めるでもデザインを求めるでもないし、無駄な出費は省きたい。

 特に制服なんて非常に高価なくせに、毎年仕立ててねばならないのだ。
 毎年新しく仕立てる義務はないが、そういうのが貴人のステータスだのマナーだのに繋がっているらしい。貴人・貴族みたいな連中はだいたい見栄っ張りだから。

 貴人らしさなど私はどうでもいいが、両親や兄に恥を掻かせるわけにはいかないので、できる部分は慣例に習おうと思っている。

 まあ、それはさておきだ。

「だったら外に行く理由はそんなにないですね」

 購買部で揃えられるなら、学院外に出る理由は制服だけだ。

 一応、「できれば店で袖を通して身体に合っているか確かめてから渡したい」という店側からの要望もあったので、私が直接行かねばならない。

 それが面倒と言えば面倒か。
 取りに行くだけならリノキスに頼んでもいいし、宅配業者に頼んでもいいのに。 

 考えたところで行くしかないのだが、そんなことを考えている時だった。

「――あ、また会ったわね」

 そう、また彼女と会ってしまった。

 同じく新入生で、しかも同じ時刻に到着しただけに、赤毛の彼女――レリアレッド・シルヴァーと予定がかち合ってしまった。

 レリアレッドはやや不満げな表情ではあるが、一先ず、さっき私に言うべきことを言ったので、無駄に気負っていたのだろう敵対心が薄くなっている。

「あなたも買い物?」

「ええ。それと制服を取りに行くの」

 ああ、買い物の内容まで一緒なのか。
 ならば、もしかしたら制服を頼んだ仕立て屋も同じだったりするのかな。店自体そう多くないし。

「――シルヴァー領うちの撮影班も来ているからね」

 ん?

「撮影班が?」

「そう。わたしの初制服姿をぜひ放送したいんだって」

 ふむ……なるほど、初めて制服を着る姿の撮影か。

 それは気付かなかったな。
 指示をくれなかった両親もベンデリオも、撮影班の若い監督たちも、軒並み気付かなかったのだろう。

 こういう大きな節目やイベント、祭りなどは、ほんの少し映像に出たりするだけでも反響が大きいのは、これまでの実績で証明済みだ。

 つまりは――

「――お嬢様、これは行くしかないかと」

「――ええわかってる」

 リノキスが囁くが、言われるまでもない。

 これは間違いなく好機である。
 今映像に出ることで私の認知度も上がり、今年からの入学生にもある程度アピールすることができるだろう。

 貴人たちへの認知度はそれなりに高いはずだが、庶民にはまだまだのはずだ。出て得することはあっても損はないだろう。

「私も出ていい?」

「は? あんたが? なんで?」

 おっと、心の底から滲み出たかのような嫌そうな顔を。子供にしては渋い顔だ。

「協力、するんでしょ? 早めに仲が良いところを見せておけば、今後もやりやすいわ」

「別に仲良くないじゃない」

 まあそれはそうだが。

「これから仲良くなるんだからいいじゃない」

「ならないと思うけど! ――あ、何!? なんで腕掴むの!? 離っあ、思ったより力が強いっ」

「さあ行きましょう。仲良く手を繋いで行きましょう。抵抗すると痛いわよ」

「いたたたたたたわかったわかった行くから手首捻らないで!」

 よし合意。行こう。

 リストン領うちの撮影班は、今は王都にいないだろう。
 だがここでシルヴァー領の撮影班に撮ってもらえれば、結果としてリストン領でも映像は流れる。

 新制服姿のお披露目というイベントを、なんとかこなすことできそうだ。




 寮長に「仲がいいわね」とニコニコしながら見送られた私たちは、連れ立って寮から出た。なぜかレリアレッドは「仲良くない!」と反論していたが。おかしいな。手まで繋いで歩いているのに。

 向かう先は、制服の仕立て屋である。
 シルヴァー領の撮影班がどこにいるかは、道中レリアレッドから聞き出せばいい。――逃がさんよ。絶対に。

「――あの。ニア様、ちょっとよろしいですか?」

 レリアレッドの手を離す気はない私に、後ろからついてくるしかない彼女の侍女が、上背がある分だけ上から声を掛けてきた。

「何か?」

 文句でも? と付けてもよかったが、無駄に攻撃的になる必要もないので付けないでおく。

 ……それにしても、彼女は護衛も兼ねているはずなのに、レリアレッドを助けようとはしないのだろうか。
 まあ、揉めるほどのことでもないと思っているのかもしれないが。

「――もしよろしければ、兄君もお呼びになればいかがでしょう? さすがに今からリストン夫妻を呼ぶのは無理があるかと思いますが、こういう私生活の一面は近くに肉親がいると受け手の印象もかなり違いますから」

 ほう……兄か。

 言われてみると、確かに兄が、というか肉親がいるいないは、大きい気がする。
「家族の祝福の中」とか「家族に見守られて」とか、そういう言葉を付けて学院入学や制服姿を映像に流すことができるから。

 でも、兄はなぁ……

「そ、そうよ。呼びなさいよニール様。そもそもあんたたちって」

「え?」

「いたたたっ。いったんちょっと手を離して! 逃げないから!」

「それより兄がなんだって?」

「だからいったん離……あ、離さないんだ!? 離す気ないんだ!? くっ、すごい力でっ……ま、まあいいわ。絶対これ以上捻らないでね。……撮影の前に泣きたくないから……」

 よっぽど痛いようで、レリアレッドは随分弱気になってしまった。
 でもまあそれより今は兄のことだ。

「あんたたち仲悪いの? ほら……あんたの病気が治ったって言って魔法映像マジックビジョンに出た時から、ニール様出てないでしょ。
 お互い嫌いで共演するのが嫌とかそういうわけ……でもないわよね? ニール様は港まであんたを迎えに来てたくらいだし」

 まあ、仲は悪くないと思うが。

 そもそも共演がないのは、過激なファンが付いたことで、兄が撮影を敬遠し出したのが原因だ。
 もちろん兄は学院もあるし、なかなか時間が取れなかったのも事実である。
 が、初回以降共演がなかったことは、兄の意思である。

 ちなみに問題のファンレターは、さすがに一年以上も経った今現在、忘れた頃に一通二通届くくらいである。
 私が把握している範囲では、だが。

「お兄様はあまり出たくないみたいなのよ。でも――」

 でも、今回はダメだろう。

 魔法映像マジックビジョン普及のために、そしてリストン家のために。
 兄にもリストン家の長男として、協力してもらうべきだ。今手軽に呼べる肉親は彼しかいないのだから。

「リノキス。私たちは先に仕立て屋に行くから、兄を連れてきて」

「わかりました」

「――絶対に連れてきて。何があろうと。意味はわかるわね?」

「――もちろんです。すべてはお嬢様の……いえリストン家のために」

 主従の結束を感じさせるやり取りを、レリアレッドはなんとも言えない苦々しい顔で見ていた。――彼女はただの侍女じゃなくて弟子でもあるから。だからこんなものである。




 こうして、シルヴァー家のレリアレッドと一緒に、仲睦まじく新しい制服に袖を通すニア・リストンと。
 それをなごやかに見守るレリアレッドの姉二人と、私の兄ニール・リストンと。

 まさにシルヴァー家とリストン家が懇意にしているという証拠たる「領主の娘の入学準備風景と、家族ぐるみの付き合いがあります」映像は、無事撮影されて放送されることになった。

 シルヴァー領ではわからないが、リストン領ではなかなか評判がよかったそうだ。
 特に、寮長カルメが少し触れた、「かつては病床に伏していたニア・リストンの成長記録」という意味で、思ったより評価が高く反響も多いとか。

 そして兄にはまた多数のファンレターが届きはじめ、彼はますます魔法映像マジックビジョンから遠ざかろうとするのだが、それはもう少しだけ先の話である。



しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~

志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、ひょんなことで死亡した僕、シアンは異世界にいつの間にか転生していた。 とは言え、赤子からではなくある程度成長した肉体だったので、のんびり過ごすために自給自足の生活をしていたのだが、そんな生活の最中で、あるメイドゴーレムを拾った。 …‥‥でもね、なんだろうこのメイド、チートすぎるというか、スペックがヤヴァイ。 「これもご主人様のためなのデス」「いや、やり過ぎだからね!?」 これは、そんな大変な毎日を送る羽目になってしまった後悔の話でもある‥‥‥いやまぁ、別に良いんだけどね(諦め) 小説家になろう様でも投稿しています。感想・ご指摘も受け付けますので、どうぞお楽しみに。

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

天才魔導医の弟子~転生ナースの戦場カルテ~

けろ
ファンタジー
【完結済み】 仕事に生きたベテランナース、異世界で10歳の少女に!? 過労で倒れた先に待っていたのは、魔法と剣、そして規格外の医療が交差する世界だった――。 救急救命の現場で十数年。ベテラン看護師の天木弓束(あまき ゆづか)は、人手不足と激務に心身をすり減らす毎日を送っていた。仕事に全てを捧げるあまり、プライベートは二の次。周囲からの期待もプレッシャーに感じながら、それでも人の命を救うことだけを使命としていた。 しかし、ある日、謎の少女を救えなかったショックで意識を失い、目覚めた場所は……中世ヨーロッパのような異世界の路地裏!? しかも、姿は10歳の少女に若返っていた。 記憶も曖昧なまま、絶望の淵に立たされた弓束。しかし、彼女が唯一失っていなかったもの――それは、現代日本で培った高度な医療知識と技術だった。 偶然出会った獣人冒険者の重度の骨折を、その知識で的確に応急処置したことで、弓束の運命は大きく動き出す。 彼女の異質な才能を見抜いたのは、誰もがその実力を認めながらも距離を置く、孤高の天才魔導医ギルベルトだった。 「お前、弟子になれ。俺の研究の、良い材料になりそうだ」 強引な天才に拾われた弓束は、魔法が存在するこの世界の「医療」が、自分の知るものとは全く違うことに驚愕する。 「菌?感染症?何の話だ?」 滅菌の概念すらない遅れた世界で、弓束の現代知識はまさにチート級! しかし、そんな彼女の常識をさらに覆すのが、師ギルベルトの存在だった。彼が操る、生命の根幹『魔力回路』に干渉する神業のような治療魔法。その理論は、弓束が知る医学の歴史を遥かに超越していた。 規格外の弟子と、人外の師匠。 二人の出会いは、やがて異世界の医療を根底から覆し、多くの命を救う奇跡の始まりとなる。 これは、神のいない手術室で命と向き合い続けた一人の看護師が、新たな世界で自らの知識と魔法を武器に、再び「救う」ことの意味を見つけていく物語。

【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません

ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。 文化が違う? 慣れてます。 命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。 NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。 いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。 スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。 今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。 「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」 ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。 そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

処理中です...