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70.気が逸る主と、どっしり構える侍女
しおりを挟む天破流師範代代理ガンドルフと話をしてからの数日間、待ち遠しくあり、またあっと言う間でもあった。
武闘大会が近づくにつれて忙しくなっていき、最終的には撮影どころか普通に雑用をやらされていた。
そんなこんなで忙殺されている間に、武闘大会当日を迎える。
今回は高学部の生徒はいないが、それでも少しばかり参加人数が多かった。
少々タイムスケジュールが心配だったが、なんとか予定通り午前中で予選を終え、午後には本戦をやることができた。
しかし、本戦は少し時間が押して、全部終わったのが夕方頃になった。
学院の即席新設撮影班と、王都の放送局務めの撮影班が協力して撮影した映像は、編集を経て翌日放送される予定だ。
観戦していた生徒たちは、優勝者も死闘の数々も、偶然起こった人間ドラマなども知っているが、魔法映像の前の視聴者がそれらを知るのは明日である。
――将来有望、天賦の才を感じる、筋がいい、勘がいい、武器が合っていない、鍛え方が足りない、等々。
子供しか出ていない武闘大会だけに、私は親か保護者かという気持ちで見守っていた。
これはこれで楽しかった。
もどかしくもあったが。
サノウィルやガゼルといった中学部の有名所は、確かに腕も良ければ才能もあるように見えた。
何より、経験を積むことで得られるかもしれない勝負勘がすでにある、というのも大きい。
立場上、「私が面倒を見る」なんて言えるわけもないが……せめて師が良ければな。そうしたら劇的に成長しそうな気はするのだが。
いや、誤解があるか。
彼らの師は決して悪くない。常人と比べるなら文句なく強い。
そう、決して悪くはないのだ。
が、いくつか存在する「人の身の丈を越える壁」を、彼ら自身が越えられていない。
三つ……いや、一つでも越えていたら、かなり違うと思うのだが……
――などということに想いを馳せ、口惜しく見ている間に終わっていた。
結果は、武器ありの部はサノウィルが優勝。
ちなみに兄ニールは六位という結果となり、惜しくも五位入賞は果たせなかった。
まあ体格が違いすぎる中学部生も含めてのこの結果なら、かなり上等だろう。むしろ兄を破った子がめっちゃくちゃに、もう本当にボロクソに女子に文句を言われて涙目になっていたのが可愛そうなくらいだった。
武器無しは、レリアレッドの姉リリミ・シルヴァーが勝ち抜いた。
彼女に関しては、正直侮っていた。
見た感じではそんなに強そうではないが、動きの端々に隠しきれない才覚と練熟が見られ、試合時間が経過するにつれてどんどん動きが良くなっていった。
あれは集中力が増していくに比例して、強くなるタイプだ。
平時はそうでもないが、勝負にのめり込んでいくと強くなる。武闘家は誰しもそういう傾向はあるが、彼女の伸びは尋常ではなかった。
ちょっとそこらにはいない、面白い逸材だと思う。
――そんなこんなで、大きな失敗もなく大会は終わり。
――いよいよ闇闘技場へ行く時間が迫ってきていた。
「大会はどうでしたか?」
食堂で夕食を済ませて部屋に戻ると、私が食べている間に風呂に入り修行の汗を流していたリノキスが、侍女服ではなく寝間着姿で紅茶の準備をして待っていた。
「無事に終わってほっとしてるわ。これで次の撮影に繋がるはずよ」
今日の武闘大会の評判で、今後も学院内の撮影は行われるだろう。
しかし前評判が上々だったので、もはや武闘大会の企画は、やる前から成功したも同然だった。
失敗だけが怖かった。
そんな状態だったから。
武闘大会の模様が放送されれば、魔法映像の普及率も認知度も、それなりに上がるに違いない。
これからも子を思う親の気持ちを利用して、これ見よがしに広めていけたらいいと思う。
「リノキスも見られればよかったのにね」
「仕方ないですよ。付き添いの侍女は、厳密な分類をすると一般人ですから」
今日の武闘大会は一般公開はされなかった。
だから侍女も、観戦は許可されなかったのだ。
まあ、リノキスには明日の魔法映像で楽しんでもらえればいいと思う。
「お兄様、がんばったわよ」
「ああ結果は言わないでくださいね。ニール様の健闘ぶりは、明日この目で確かめますので」
お、そうか。
「じゃあ食堂に来なくて正解だったわね。そういう話で盛り上がっていたから」
誰が勝っただの負けただの。
興奮冷めやらぬ年端も行かない貴人の娘たちが、誰がかっこよかったとかかわいかったとかあいつは許さない絶対にとか、そこかしこで顔を合わせては盛り上がっていた。
穏やかに。
努めて穏やかに、逸る気持ちなど微塵も見せずに。
本当に穏やかにリノキスの相手をし、就寝時間となり、私はベッドに潜り込むのだった。
「――おやすみなさい、お嬢様」
「――おやすみ、リノキス」
明かりを落とした暗い部屋から、リノキスが出ていった。
…………
…………
大人しく、大人しく、ただただ時間が過ぎるのを待つ。
隣室の使用人部屋にいるリノキスの気配を探り、今か今かと寝入るのをひたすら待つ。
――程なくリノキスが就寝したのを察知すると、私は静かにベッドを抜け出し、窓から外へ出るのだった。
私が出ていってすぐ。
「……本当に行った」
寝入ったはずのリノキスが、部屋の様子を見に来たのを知ったのは、わりとすぐのことである。
「……はあ……本当に仕方のない人だ」
重苦しく溜息を吐き、この時のために準備をしていたリノキスも、荷物を持って同じように窓から出たのを知るのも、わりとすぐのことである。
もちろん、私がガンドルフという協力者を得たのと同じように。
リノキスも、兄ニールの侍女であるリネットや、レリアレッドの侍女エスエラという協力者を得ていたのを知るのもすぐのことだし。
そもそも私が学院に行っている間は、よっぽど私より自由に動ける彼女が動かないわけがないと知るのもすぐのことだ。
また、私が簡単に諦めるわけがないのを知っているのに急に何も言わなくなった辺りから「あ、こいつ誰かに頼んで連れていってもらうつもりだな?」と推測していたのを知るのもすぐのことだし。
そもそも「どこに行くのか」がわかっているなら、ならばなんとでもなると割り切ってリノキスも計画を練っていたことを知るのもすぐのこと。
更に言うと、強行に止めて、最終的に腕っぷしでの実力勝負になったら絶対に負けることを知っているリノキスが、あえて私を泳がせるようどっしり構えていたことを知るのもすぐのことであり。
そして。
闇闘技場などという怪しげな場所で、いざという時に私を守るためには、どこに立てばいいのか。
それを私が知るのも、すぐのことである。
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