狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

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121.ヴァンドルージュの出稼ぎ 一日目

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 飛行皇国ヴァンドルージュの首都は浮島だ。
 浮島としてはかなり大きい方だが、国の首都の規模として見ると小国だろうか。

 アルトワール王国は海に根付いた大地の上に成り立っているが、世界各国から見ると、アルトワールの方が珍しいのである。

 国としての領域もそこまで広くないが――しかし、大小を問わなければアルトワールより多くの浮島を持つ国である。

 だからこそ、なのだろう。

 首都が浮島で、多くの浮島を国内に数えるヴァンドルージュは、国として、人としての集合体という形を成すために、どうしても浮島間の移動を行う必要があった。
 浮島の数だけ人の集落があり、集落の数だけ生活と思想が生まれる――いざこざや対立は日常茶飯事だったらしい。

 それらをまとめるために、気軽にコミュニケーションを取る方法が必要だった。

 だからこそ飛行船技術が進歩し、だからこそ世界で群を抜くほどの飛行船技術を確立する国に育ったのだ。

 かつては連絡を取り合うことさえ苦労したそうだが、今やこの国の飛行船は世界随一と言われるようになった。
 それも手軽で、民の生活に密着し、誰でも利用できるくらい身近になっている。

 ……と、授業で言っていた。

 今重要なのは、大小問わず浮島が多い、という点だ。
 浮島は急激な環境の変化に適応した結果、それぞれがまったく違う生態系を確立することになった。

 極端に言えば、とてつもなく貴重な薬草や鉱石が、すぐ隣の浮島で見つかったりするような。よく知る生き物なのに、面影がないレベルで姿形が進化していたりするような。
 そんなことがあっても、不思議ではないのだ。

 今回出稼ぎの場所としてヴァンドルージュを選んだのは、未開の浮島が多いから――というわけではない。
 むしろ逆で、周辺の浮島のことをちゃんと調べているからだ。まあ、調査の手が入っているかどうかは別問題だが。

 つまり、浮島の数だけ生態系が存在し、生態系の数だけそこに住む魔獣が存在するということ。
 どこにどんな魔獣が生息しているのか、どの浮島にダンジョンがあるのか。
 それがわかっていれば、島単位という小さな生息域で、効率よく魔獣を探すことができるわけだ。




 ホテルで一夜を過ごし、翌日の早朝。
 部屋にある風呂に浸かり、魔法薬で髪を黒く染めて朝支度をし、まだ空が暗い内に食堂へ向かう。
 さすがに時間が早すぎるので、利用客はいない。

 今日の食事の下準備をしていたシェフに「簡単にできるものでいいから」と無理を言って朝食を出してもらい、食べながら今日の予定を話す。

「まずは刀刺鹿ソードディアーね」

 リノキスではなく冒険家リーノの言葉に、弟子のリリーである私は頷く。

「トルクさんの注文で、最低三頭。角を折らず毛皮も傷が少なかったら高く買い取る、できれば魔石も取らずにそのまま欲しいって」

 高速船の準備。
 現地での十全なサポート。
 そして、航行中に発生した飛行烏賊スカイスクイッド絡みの交渉。

 これだけの諸々が重なった結果、トルクからは結構な注文が来たそうだ。リノキス曰く「遠慮してる顔で図々しく要求されましたね」だそうだ。

 まあ、別にただ働きをするわけではないので、できるだけトルクの注文に添うようにするつもりだ。

 適正価格で買い取る?
 結構じゃないか。

 商人でもない私たちは、不相応な欲を出せば足元を掬われるのがオチだろう。それよりは売り払う手間と時間を惜しんだ方が、より効率的で多く稼げるだろう。
 それも、支払いの信頼がおける相手であるなら、なお良しだ。

「セドーニ商会はちゃんと協力してくれているでしょ? 彼らの仕事ぶりに不満がないなら、ある程度は彼らの意向に合わせてもいいと思うわ」

「まあ、リリーがそれでいいなら」

「不満?」

「私は高く買い取る相手がいれば、そっちに売りたいかな。命懸けで戦うんだからより高く売りたい」

 そうか。まあ、気持ちはわからんでもないが。

「師匠。お金は大事だけど、お金はだいたい稼ぎ方がわかっているでしょ? でも信頼は違うわよ。これは確実に培う方法も育てる方法もない。
 そして、失ったらなかなか取り戻せないものでもある。――不義理を働くならセドーニ商会を切り捨てるつもりでやりなさい」

「やらないよ。あくまでも希望なだけ」

 うん。ならいい。

 …………

 間接的に「あなたも私の信頼についてちょっと考えてみたら?」という意味を込めてみたんだが、微塵も伝わってないな。

 一緒に寝たいと言ったり、一緒に風呂に入りたいと言ったり。学院ではサノウィルのことを敵視したり。どういうつもりなのかさっぱりわからない。

 本当に不信感の拭えない弟子である。師匠の強さも正しく理解しないし。師匠は常にすごいと思われた石、尊敬もされたいんだぞ。わかってるのか。わかってない顔してニンジンとか食いやがって。




 なんとなく不満という言葉がちらついていた朝食を済ませると、昨日のホテルマンに見送られて港に行き、セドーニ商会が用意してくれた飛行船に乗り込む。

 飛行船の手配と、ヴァンドルージュ周辺を知り尽くした船長と、荷運び要因であろう体格のいい乗組員たちの手配。
 冒険家組合への数日の活動許可申請と、必要物資の補填。

 ありがたいサポートである。
 本当に浮島に乗り込んで狩りに行くだけ、という至れり尽くせりの仕事っぷりだ。リノキスは高望みしすぎだろう。気持ちはわかるが。

 まあ、そんなことはもういいか。
 これから楽しい楽しい狩りざんまい、暴力振るいまくりの日々が始まるのだ。楽しみ過ぎて仕方ない。

 ――さあ、出発だ!

 

 
 本日の戦果。
 刀刺鹿ソードディアー、八頭。
 竜頭鼠ドラゴンヘッド、十六匹。
 暗殺鷲アサシンイーグル、三羽。
 |極地対応型スライム、特大一匹。
 雪虎スノータイガー、二頭。
 氷矢鳥スノーアロー。七羽と卵四つ。
 火海蛇カカジャ、超特大一匹と、暴れた際に浮いてきた魚大量。
 幻獣・水呼馬。狩ると呪いが降りかかると説得されて未討伐。
 光蝶三十三匹。
 足足茸フットマッシュルーム特大一匹。ただし魔石のみ。身は現地で食べた。美味しかった。



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