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153.帰郷、そして弟子の失態と惜しい才能
しおりを挟むそんなこんなで夏休みとなった。
今年も山ほどの宿題といういらない土産付きで、多くの子供たちが学院から野に放たれる。
学院準放送局主催の初放送の祝勝会に参加したり。
ニア・リストンとしてはほぼ一年ぶりになる、セドーニ商会へ挨拶しに行ったり。
夏休みにやる予定だという「料理のお姫様」の大型企画である、漁村で行う撮影についてヒルデトーラから参加するよう要請と相談があったり。
レリアレッドから、今年もシルヴァー家に来いと招待を受けたり。
残り数日にいろんな用事がまとめてやってきたが、それらをこなしてなんとか無事に夏休み突入である。
といっても、今度の長期休暇も、後半くらいまでは一緒なのだが。
急いでリストン領に帰り、地獄のような過密スケジュールで撮影を行い、後半にある休暇まで耐え忍ぶのだ。
「ニア、行こうか」
正門前で兄ニールと専属侍女リネットと合流する。
これから兄の飛行船で一緒に帰郷するのだ。
あれ?
見た瞬間に違和感を覚え――すぐに納得する。
リネットか。ふうん。へえ。
「…………あの、何か?」
「別に。何も。ないけど。逆に何か私に言うことでもあるの?」
「言う、こと、ですか」
「あるの? ないの? あるわよね? あなたから私に言いたいこと、あるのよね?」
「――あ、ニール様が再開したいそうです。お話はあとで伺いますので」
ふうん。そう。へえ。
私が見ている前で、リネットにあしらわれて息切れしていた兄が復帰し、訓練が再開される。
恒例というわけでもないが、兄と一緒に飛行船に乗る時、毎回のように兄の剣術の成長具合を確認している。
今回も、移動中に行われる兄とリネットの訓練を見ていたのだが――
「お嬢様、ニール様は……」
リノキスの囁きに頷く。
「ええ。使っているわね」
――久しぶりに兄の剣術訓練を見たが、段違いに腕が上がっていて驚いたが……それよりもっと驚いたことがある。
兄の動き。
あれは完全に「氣」を使っている。
教えたのは間違いなくリネットである。
彼女は私から学んだことを、そのまま兄に教えているのだろう。
「氣」は強力だ。
これを使った技は、とかく威力も破壊力も桁がはずれ、必然的に高い殺傷力を有してしまう。
正直、精神的に未熟な者や悪しき性根の者には教えられない技術である。
精神的に未熟な者。つまり子供も含まれる。
リネットのやったことは、割と見逃せることではないのだが、それより気になることが二点。
まず、理屈や概念を把握していたとしても、まだ「氣」を物にしているとは言えないリネットが人に教えることができたという事実。
彼女は意外と物を教えるのが上手いのかもしれない。
そしてもう一つは、兄の剣の才能だ。
子供には速すぎる動きと、打ち込みの強さと鋭さはまさしく、「氣」を使った動きだ。
年相応に不慣れかつ未熟極まりない「氣」だが、しかし、あの年齢でわずかなりとも「氣」の概念を解し修得しつつあるという才覚には恐れ入る。
そもそも、「氣」は子供が簡単に習得できるものではないのだが……
リストン家の跡取りか。
惜しい。
このまま武の道を行けば、いずれ本当に私を越えそうな逸材なのにな。
――だがまあ、今は兄のことより。
「リノキス。訓練が終わったら、リネットに部屋に来るよう言っておいて。私は先に戻っているから」
「え、あ、はい。わかりました」
――リネットにはきっちり説教してやらないとな。
未熟なくせに未熟な腕と技術を未熟な者に教えるという、武闘家としては禁忌に触れまくった行為は許しがたい。
だが、弟子の不始末は師の責任でもある。
こうなってしまった以上、リネットには責任を取らせる。
半端なままでは却って危険である。彼女には必ず「氣」を習得させ、しっかり兄に教え込んでもらおうではないか。
「……お嬢様、本当に、軽率に、すみません、でした……」
リネットをこってりと絞ってやった。説教しながら丁寧に、そして丹念に可愛がってやった。今は汗と涙と名状し難い汁を漏らしながら床に倒れている。
「……なんで、わたし、まで……」
ついでにリノキスも絞ってやった。彼女も汗と涙となんだかよくわからない汁を漏らしている。まあ、いわゆる弟子の連帯責任というやつである。
「この程度の修行について来れないような未熟者が、誰かに何かを教えるなんて十年早い。わかったなら行きなさい」
だらしない弟子たちが身体を引きずって部屋を出ていくのを見届け、同じメニューをこなしていたもののまだまだ消化不良の私は、修行を続ける。
――まったく腹立たしい。やらかすのは笑って済ませられる程度にしろと言うのだ。
穏やかで賢明な兄なら、力に振り回されずに育つと思うが……精神的に未熟な者に力を持たせるなんて、物事の分別の怪しい子供に刃物を持たせるようなものなのだ。
歪まないことを願うばかりである。
「――ニア?」
ぎりぎりと全身に「氣」を練り上げて維持する修行をしていると、ノックの音とともに兄の声が入ってきた。
飛行船一隻を拳一発で吹き飛ばせるほどの「氣」を霧散させ、「はいどうぞ」と応じる。
「リネットはまだいるかい?」
濡れた髪のままひょこと顔を出した兄は、いつになく可憐で可愛らしい。
「いいえ、もう出ていったわよ」
「そうか。……なんで汗掻いてるんだ?」
「私もお兄様と同じく、訓練中だったので」
もう少ししたかったが、まあいい。ここらで終わろう。
兄はひとっ風呂浴びてさっぱりしているようだが、私はこれからである。
「ちょっとニアと話がしたいんだが、後にした方がいいか?」
「急がないのであれば、このまま少し待っていてほしいわ。さっと汗を流して来ますので」
「ああ、わかった。じゃあここで待たせてもらうよ」
兄の話か。なんだろうな。
後を追うような形で女風呂に乱入したので、さっきまで入念に絞り上げていた弟子たちに本気の悲鳴を上げられたりしたものの、少し急いで汗を流して風呂を出る。
弟子たちは体力を使い切っているようでへろへろだった。のぼせなければいいが。
「お待たせしました」
濡れた髪を拭きながら部屋に戻ると、兄は紅茶を飲みながら待っていた。
「悪いな。急かしてしまって」
「仕方ないわ。いつも通りの長期休暇なら、話せる時間なんてきっとないもの」
どうせ今年の夏休みも撮影撮影で、屋敷に戻るのはほとんど寝るためみたいなことになるだろう。
同じ場所で寝泊りしているはずなのに、本気でゆっくり話す暇もないのだ。
「――ありがとう。それで、話って?」
兄の淹れてくれた紅茶を受け取り、話を振ると。
「ヒルデトーラ様から、詳しくは君に聞いてほしいと言われたんだ」
……ん?
「何を?」
「なんか、漁村かどこかで? なんかするとかしないとか言っていたが。私にもそれに参加してほしいと言われた」
ああ、あの「料理のお姫様」の大型企画か。
「実はね――」
学院では全然会えなかった兄ニールとゆっくり話をしつつ、飛行船は今回も過密スケジュールの待つリストン領へ進むのだった。
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