狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

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178.そしてこの結論に到達したのである

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 参ったな……本当に参った。

「父がすみません、ニア……わたくしは父の用事は知らなかったのですが、無茶は言うかもしれないと思っていました。昔からそういう父でしたから」

 わかっている。わかっているとも。
 子供に気を遣われている場合ではない。むしろ私がヒルデトーラを気遣うべきなのだ。

 ――落ち着こう。

 昨今の企画日照りから、自分でもちょっと興奮しすぎた感はある。

 王都、シルヴァー領にはずっと押されているリストン領は、心底新しい企画を求めている。
 ウィングロード関係はかなり上手いこと食い込みはしたが、まだちょっと時期が早い。もっと育てて人気を得て行かないと。本格的なレースなどをするのは数年後になるだろう。兄が乗り気なのは幸いだが、まだ早い。

「ごめんなさい。ちょっと興奮しすぎたわ」

「いいえ、いいのです。気持ちは同じです。あれくらいは言ってやればいいのです。あれはもう、わたくしたちの苦労を知らないから言えることだとしか思えませんから」

 だよな? だよな!? ヒルデトーラもそう思うよな!?

 ――王様が言った「誰もが観たがる、誰もが見逃せない企画」は、私だってずっと考えていたことだった。
 というか業界人なら誰もがずっと考えていることである。

 レリアレッドだって夢の中でも考えていて、いい企画が思いついたと思えば、起きてすぐメモを取る癖がついたと言っていた。
 何度か忘れて悔しい想いをしたそうだ。

 気持ちは痛いほどわかる。私も起きてすぐリノキスに話す癖がついている。

 きっとヒルデトーラも同じなのだろう。ずっと考えているに違いない。

 ――だから腹が立つのだ。簡単に言うなと。ずっとずっと考えても思いつかないことを簡単に求めるなと。ふざけるなと。軽く言うなと。ふざけるなと。

「でも結構な説教をしてしまったわ」

 王様、最後は謝ってたしな。「わかった悪かった。俺が悪かったから落ち着け」と言っていた。
 そして私は「今度ふざけたこと言ったらその顔ひっぱたくから!」と言って、執務室を出てきてしまったところだ。

 ……参ったな。思わず王様にぶん殴る宣言しちゃったしな。後で問題にならないかな。

「いいんですよ。あんな王など引っぱたけばいいのです。それくらいバカバカしい話でしたよ」

 たまたま近くを通ろうとしていた侍女が、ヒルデトーラの投げやりな言葉を聞いてぎょっとした顔で振り返った。そのまま行きなさい。下手に関わると厄介事にしかならないぞ。

「――でも」

 とりあえず私もヒルデトーラも少し落ち着いてきたところで、リノキスが言った。

「個人的には、魔法映像マジックビジョンの人気を盤石にする……この言葉は見過ごせないかと思います」

 …………

 うむ、そうだな。
 ここで侍女のリノキスが口を出すということは、彼女的にはとてつもなく大事なことだと思ったからだろう。忠言と言ってもいい。
 
 そう、確かに無視はできない。

 悔しいことに、先の武闘大会も今回の無茶な要求も、王様の要求は私が目指すものと一緒なのだ。
 そして、それはきっとヒルデトーラが望み目指すところでもあるはずだ。

「……戻ります?」

 落ち着いてきたヒルデトーラも、そこに気付いたようだ。いや、聡い彼女は最初から気づいていたかもしれない。

「……そうしましょう」

 殴るって言い捨ててきた場所に、戻ろう。
 もう少し詳しく話を聞いて、それから改めて宣言するかどうか考えようではないか。




「――お父様、お話の続きを要求しても?」

 ヒルデトーラがノックもなく今出てきたドアを開けると、王様はまだソファーに座ったままだった。

「――早く座れ。俺は暇じゃない」

 お互い様だ馬鹿野郎め。
 怒った私も悪いが、そっちの言い方にも問題があるんだぞ。

 ……なんて言っても始まらないので、私たちはやり直すかのように、さっきと同じ場所に座って王様と対面する。

 そして王様は、さっき引っぱたくと宣言した私を気にすることなく語り出した。

「武闘大会の熱が引いて、魔法映像マジックビジョンの『売り』が著しく低下してしまった。それが現在の状況だ。
 さっき言った普及率三割には、実は少しばかり裏があってな――」

 裏?

 すっかりぬるくなっている紅茶で口を湿らせ、王様はこう続けた。

「期間限定の割引制度に加えて、お試し期間という案を採用したのだ」

 お試し……? 聞いたことがないな。

「あ、そういうことですか。ヒエロお兄様の言っていた『一度手にしたらなかなか手離せなくなる』という話を採用したんですね」

「そうだ。大会直前の極々短い期間だけ設けた制度だから、その頃忙しかったおまえたち二人には正確な情報が入らなかったのかもしれんな」

 ――お試し期間とは、頭金だけで魔晶板を売り出すという、とんでもない制度だった。

 魔晶板は高い。
 武闘大会の人気に合わせて期間限定の大幅な割引期間を作ったりもしたが、それでも高い。
 だが、頭金だけで購入できるとなれば、話はかなり違ってくる。

 そうか。三割普及の裏は、そういう制度があったからか。

 もちろん頭金だけで売ると大損しかしないので、そこには絡繰りがある。
 お試しで買った者は、ある一定の期間だけ試しに使用・所持することができて、一定の期間内に残りの金を払うか、魔晶板を返却するかを選ぶことになるそうだ。

 魔晶板を返却すると頭金の半分が帰ってくるので、その場合、形としては金で貸したという感じになる。

「つまり、その返却期間が近い……?」

「ああ。魔晶板を返却されてもあまり損はないが、俺としてもこの普及率を維持したい。なんなら伸ばしたいとも思っている。

 となると、武闘大会に続く大きな目玉企画が欲しい。
 このまま手許に置いておきたいと思わせるような企画を。今それを出して、返却期間をやり過ごす、というのが目的だ」

 …………

「ついでに言うぞ、ニア・リストン。――俺はおまえの、王族にさえ遠慮しない度胸と度量を買っている。

 己が子供であることを利用しろ。何をしたって『子供のやったことだから』で許せる、今現在の立場を最大限に活かせ。
 おまえならとんでもないことができるはずだ。誰もが遠慮してできないことを平気でやれるはずだ。

 だからおまえに話を持ち掛けた。分別のつく大人では駄目だ。生粋の企画屋でも放送局局員でも駄目だ。きっと大それたことができるのはおまえしかいない。

 ――やれ。大抵の問題は俺がもみ消してやる。誰もが観たがる企画を考えろ。おまえにしかできない企画を考え、やれ」

 …………

「本気ですか?」

「ガキと対面して冗談を言う時間など、俺にはない」

「なんでもやっていいんですか?」

「犯罪じゃなければな。きちんと番組として成立させられるなら、ある程度の無茶は俺が許す。ヒルデ、おまえも手伝ってやれ」

 ……そう。そうか。

「最初からそう言ってくれれば、まだわかったのに。王様って話下手ですね」

「腹は立つが、そうだ。それを面と向かって言えるおまえの度胸を評価している。腹は立つがな」




 王様と話をした翌日、私とヒルデトーラは学院の準放送局を訪ねた。

 今度の頼まれごとは企画発案だ。
 そして撮影は、きっと準放送局が行うことになる。

 ――子供を活かせと言われた。ならば子供だけで動くのがよかろう。

 きっと大人がいると、大人が大人の責任を取らされるだろう。
 企画内容にも寄るが……「誰もが観たいと思う企画」なんて言われたら、経験上やはり少々過激なことをせざるを得ないと思う。

 リノキスは「魔獣を拳一発で粉々にするやつとか、誰もが観たがりますよ」と言っていたが……

 きっと血なまぐさいのは駄目だと思う。
 なんというか、こう、……そう、これも王様の言っていた通り、「子供のやったことだから」で許されるようなことが望ましいのではないかと思う。

 ――そんな前置きをして、準放送局の面々と企画会議を開始した。

「はい! はい! 屋根の上を駆けっこするのは!? ニアちゃん二度目の大敗って話題にならない!?」

 度々番組に出ているおかげで、最近は準放送局の顔となっているキキニアの発案は、弱い。

 それこそ冒険家リーノと私の初対決だったらありかもしれないが、すでにやっている。そして私ももう負けているし。
 不敗だから話題性が高いのだ。あと私はキキニアには負けない。

「王都の劇団の有名な人だけを集めた、全員主役レベルの劇は?」

 もう一人の顔であるジョセコットの案は、それは普通に金を出せば問題なく実現できそうだ。
 だが、恐らく王様が求めているものとは系統が違うと思う。それにそれで喜ぶのは、演者が主役レベルというのが理解できる演劇好きだけだだろう。

「ウィングロード関係しか思いつかねぇ」

 今は準放送局の一員ではなくウィングロードの選手として有名になったシャールは、まあ大方の予想通りの案を出した。

 でもそれは、今は普通に番組でよく取り上げられているので、「誰もが観たがる」ほどの目新しさはないと思う。
 仮にレースをしようにも、選手不足だ。現状を考えると、急いてもいい結果は出ないだろう。

「仕方ない。魔法映像マジックビジョン普及は僕らの問題でもあるから――これを使おう」

 おお、それを使うのか。

 現場監督であるワグナスは、命より大事にしていると豪語するネタ帳を出した。いずれやりたい企画、思いついた企画をメモしているそうだ。

 そのネタ帳を開き、温めていた企画を解放した。




 企画会議は困難を極めた。
 無情にも時間は過ぎていき、連日に渡る会議は冬休みに入っても続けられた。

 企画通過条件は、全員満場一致で「観たい」と思うこと。

 手心を加えて全員肯定を得るのは簡単なので、厳しく自分に問うことを旨とし。
 私とヒルデトーラ、あまりの難航ぶりに応援に頼んだレリアレッド、そして準放送局総員で、妥協を許さぬ覚悟でよく話し合った。

 この分野には興味がない。
 その企画は実現が難しい。
 準備に時間が掛かりすぎる、コネがない、金がない。
 さすがにそれはできない、血が流れる、人が死ぬ、王都が滅ぶ。世界が滅ぶ。みんな死ぬ。ちょっとニアさっきから殺すことばかり考えてない? いえ考えてないわ結論が出なくてイライラしているだけよ。……まあ人には得手不得手があるからな、私は考えるのは苦手なんだから仕方ないだろう。

 そんなこんなで、思いつく限りの企画案が出て、思いつく限りの理由で却下された。












「いや、これは、まずいだろう……さすがに……」

「でも全員一致したぜ?」

「そうね。そういう約束だったわね。……確かに観たいわね。どんなに不謹慎だと言われても、これは観たい」

「ほんとにやるの? ね、ほんとにやる? 私でもやばいってわかるよ?」

「わたくしは賛成します。あの人も一度くらい放送局の苦労を知るべきなのです」

「いやいや、これ絶対まずいって……確かに観たいけど、相手は王族よ?」

 そして、私たちは結論に至ったのである。

 これはまずい。
 やってはいけない。

 でも、観たい。
 まずいからこそ観たい。

 そんな誰もが「観たい」と思った、満場一致の企画。

「子供のやったことだから」がギリギリで通用しそうな、最低限、あるいは最大限の境界線を攻めた企画。

「――決まりね」

 私は立ち上がった。

 結論は出た。
 どんなに「まずい」と思っても、皆が「観たい」と思ったのであれば、きっとそれが正解だから。

「――落としましょう。王様を」




 王様が落とし穴に落ちる姿を見たい――それが私たちが考え至った企画だった。



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