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238.試作機も次の段階へ
しおりを挟むシィルレーンとイースの修行が次の段階に進む。
それと同時に決まるものがもう一つある。
それは、三輪馬車や機馬の野外性能の実地試験である。
このマーベリア大陸には魔獣より虫の方が多く、虫であれば生息地もはっきりしている。なので狙うのは必然的に虫ということになる。
虫、それも蟻辺りであれば、シィルレーンも機兵で戦ったことがある対象だ。イースは、まあ、すぐに慣れることだろう。
実戦での修行は、どうしても戦う相手が必要になってくる。
それも、できることなら命懸けでありつつ、いざという時は私が助けられるという手ごろな相手だ。
まあ蟻程度なら、いつだってどうとでもなるので、私も都合がいい。
そしてもう一つ重要なのが、必然的に遠出になるということだ。
シィルレーンらは現地まで走らせようと思っている。それも修行の一環である。
と同時に、私も私なりの修行をするつもりだ。
それが、三輪馬車並びに機馬の試乗訓練だ。
長距離、野外運用に向けた試行となり、また私自身の機乗訓練も兼ねている。
「――そっち方面も一応進んではいるみたいだけどぉ、どうも街中で走らせる方に意識が偏ってる感じがあるなぁ」
道中、アカシに「野外での試作機はどうなっているか」と問うと、なんとも頼りない返答が返ってきた。
ここマーベリア王都は、石畳が敷かれた、実に車輪を転がしやすい地面をしている。これは、きっと機兵が活動しやすい床として敷いたものである。
それに対し、当然野外は石畳なんて敷かれていないし、整地されていない場所ばかりだ。馬車などが通る街道だって、踏み慣らされたような地面でしかない。
だがしかし、私は将来的には、野外で乗ることを想定している。
そもそもこんな街中で出せる速度など知れているだろう。人にぶつかりでもしたら大変だし、店や家に突っ込む事故も起こりうる。
実際向かいの屋敷の塀に二回ほどやっているのだ。
事故を想定しないわけにはいかない。
事故を起こす時は自分一人で自己責任で。
誰かを巻き込むなんて、あってはならない。
「――ここだよぉ」
そして私はアカシの案内で、初めて開発を任せている工房を訪れたのだった。
なお、リノキスはおやつ作りのため不在であり、私のお供はアカシだけである。
「――どうもどうもアカシさん! こんな金属と油臭い寂れた場所にようこそお越しくださいました!」
「こんにちはー」とアカシが顔を出すと、待っていたのだろう露骨な揉み手が似合う中年男性が、駆け寄ってきた。
作業着ではなく、ちょっと綺麗な普段着という身形である。
「ニアちゃん。こちら、このフライヒ工房所長のジートさんだよぉ」
「やだなぁ所長なんて。私はただのお飾り事務兼雑用の職員ですよぉ。こちらが出資してくださっている……?」
「そうだよぉ。ニア・リストンさんだよぉ」
「ようこそようこそ! 私はジート・フライヒと申します! こんな金属と油臭いきったない場所にようこそお越しくださいました! ささっ、奥へ奥へ! お茶とお菓子を用意してありますので!」
お、おう。
……これまで、風当たりの強いマーベリア人が多かっただけに、ここまで露骨に下から来られると、逆に戸惑うな。
私が視察に来ることは前もって告げていたので、当然のように用意もしてあったと。
「どうぞ」
小さく、書類も乱雑に積まれているような執務室兼用らしき応接室に通され、ニコニコしているジートの奥さんという可愛らしい女性に、お茶とお菓子を出してもらった。
「いやはや今度の大仕事、こんな小さな町工場に任せていただきまして、まことにありがとうございます。うちの職員も張り切っております」
うん、知ってる。
「こちらとしてもありがたい話だわ。たくさん報告が上がってくるし、うちの屋敷にある三輪馬車もどんどん良くなっているし。ここに頼んで良かったと思っているわ」
「ははぁ! それはそれは! ありがとうございます!」
大げさだな――とこの時は思ったが、後に経営難が続いていて廃業寸前だったことを知り、なるほどと納得することになる。
そんな、ちょうど会話が一瞬途切れた瞬間だった。
室外から声がし、ほんのわずかに室内に漏れ聞こえつつ、段々大きくなっていく。
「――だからよぉ! 二輪じゃなくてもいいだろうがよぉ!」
「――二輪って注文受けてやってんだろうがよ! ぶっ飛ばすぞコラァ!」
「――黙れクソども! いいかてめぇら! 今大金はたいて仕事くれてる成金のガキが来てんだ! 外国人だしガキだって話だが絶対口答えすんなよ! 一個でも無礼があったら街中引きまわして殺すからな!」
ほう。
「無礼があったら殺す」と言っている奴が一番無礼、という新しい威嚇の仕方か。面白いじゃないか。
「……あ、はは。ははは。なんだか空耳が聞こえましたな。ええ、空耳ですよ。私は何も聞こえませんでしたしね。あはははは……」
わかってるわかってる。
ジートと奥さんの引きつった笑みが可愛そうだし、へらへらしているアカシも若干イラついているのが伝わってくるし。
わかっているとも。
彼らは礼儀作法で売っているわけじゃない。職人だ。仕事さえ真面目にしてくれれば多少は大目に見るとも。
――程なく、大きな声でおしゃべりしていた作業着の男が三人やってきた。
「おまえら、挨拶だ!」
「「ちーす!」」
一番無礼な奴が、若い二人に号令を出す。……と言っても三人とも若いな。まだ三人とも十代かもしれない。
「あー、えーと……こいつらは私の息子たちです。右の長男がフーゴ、真ん中がアルゴ、左が末のジャンゴ。それと下に娘が二人おりましてね」
ほう。五人兄妹なのか。
……髪の色や目の色がバラバラなので、実子ではないのかもしれないな。
まあ、生まれなんてどうでもいいが。
「私はニア・リストン。開発の依頼を出した者です。よろしく」
「「よろっしゃす!!」」
三兄弟は声を揃える。うん、まあ、彼らなりに礼儀を尽くしている感はひしひしと伝わってくるので、もういちいち言わないことにしよう。
「今日は視察のついでに相談があって来たの。聞いてくれる?」
「「うす!!」」
「――だから四輪が安定すんだって! 二輪でも三輪でもねえんだよ!」
「――二輪って依頼だっつってんだろが! なあリストンさん!」
「――リストンさんとか気安く呼んでんじゃねえ殺すぞ! あのガキ貴族だぞ!」
「――お、おまえらちょっと落ち着け! 客の前! 客の前!!」
…………
うん、なんというか、いつかアカシが言っていたように、揉めるのは悪いことではないのだろう。
これはやる気があり過ぎる結果だから。
……それにしても、まともに会話もできないくらいに、ここまで開発に入れ込んでいるとは思わなかったが。
「…………」
取っ組み合いになりつつある兄弟喧嘩と父親を横目に、そしてこの惨状でも涼しい顔で堂々と微笑んで佇む奥さんに言い知れぬ迫力を感じたりしつつ、ぬるくなったお茶を一口。
――ここまでやる気が満ちているなら、自由に開発させてやりたいものだ。
そんな気持ちにもなる。きっと放っておいても、いい物を作ってくれるだろう。
だが、ダメだ。
このまま任せたいという気持ちもなくはないが、少なくとも今はダメだ。
「――静かに!」
アカシに目配せすると、私の意を汲み取って鋭い声で場を制した。
一瞬で静まる彼らに、私は言った。
「野外で長距離乗れる試作機を優先して作ってほしいの。この際二輪でも四輪でも構わない。試乗を重ねて最善を探しましょう」
そう、フライヒ工房の彼らは、やる気だけはものすごくあるのだ。
注文を伝えた二日後には、野外用の試作機を届けてくれたのだった。
――末っ子の意見が通ったのか、四輪だったが。
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