狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

文字の大きさ
243 / 405

242.事の流れ

しおりを挟む




「――私から話そう」

 穏やかに殺気を振りまく私と、焦るアカシの間に、意外な人物が入ってきた。

 隙のないスーツ姿の黒髪黒目の青年、サクマ・シノバズ。
 国から派遣された私の監視兼執事である。

 職務に忠実であるがゆえに、同じ屋敷に住んでいるのに私とあまり接点がない人物だ。

 子供たちのように隙を見ては会いに来るということもないし、子供ではあるが女性の部屋である私の私室に入ることもないので、毎日の接点は外出時の見送りと食事の給仕くらいである。

 リノキスの手伝いで家事全般と、子供たちの面倒も見て、そしておやつ作りの手伝いと。
 今やこの屋敷を回す上で欠かせない人物となっている。

「改めて話すのは久しぶりね」

「そうですね。私としては、こういう形で機会が来たことは不本意ですが」

 それは私もだ。

「サクマ。もしかして今回の件、知ってた?」

「――ニアお嬢様はともかく、おまえまで熱くなるな」

 常にない無表情のアカシに対し、サクマはいつも通りの無表情だ。この二人は兄妹なんだっけ? 血縁があるのかどうかは知らないが、こうして見ると横顔は結構似ている。

「お嬢様。アカシがそのまま悲報を持ってきた意味を察してください。その上で私の話を聞いていただきたく思います」

 ……意味……

 ああ、なるほど。
 ちょっとわかった気がする。

 そして私も少しばかり冷静になってきた。
 そうか、あまり単純な話じゃないのか。

「――シノバズの家でも手を入れられない人物が関わっているのね?」

 詳しくは聞いていないが、シノバズの家系は密偵で、身分としてもマーベリアの要人であるのは間違いないはずだ。

 つまり、大抵の問題は、私のところに届く前にどうにかできる力があるのだ。先の憲兵の大量処分などがいい例だ。

 それを踏まえた上で、今回の話である。

 話をまとめると――シノバズの力では太刀打ちできない大物が関わっている、となる。

 サクマは私の言葉に頷くと、アカシに視線を向けた。

「明石。工房で契約書は確認してきたか?」

「してきた。正規のものだった。方法はともかく、契約自体に違法性は一切ない。……このままだと本当に全部盗られる可能性がある」

「それに付け加えると、フライヒ工房とニアお嬢様が交わしたもう一枚の契約書は、この屋敷から消失した」

 消失……?

「私がこの屋敷より盗み出し、相手方に引き渡し――ました」

 反射的に飛んだアカシの拳を避けながら、サクマは堂々とそう言ったのだった。




「――了解。一つずつ行きましょう」

 正直ちょっと混乱してきた。

 機馬キバの開発を奪われただの、サクマが契約書を盗んだだの。
 アカシが本気で怒っていることだの。
 いつの間にかリノキスがそこにいて、容赦なくサクマに殺気を向けていることだの。

 いきなり色々と情報を伝えられて、ちょっと混乱している。

「とりあえずサクマ、話によっては殺すけどいいわね」

「もちろんです」

「マーベリアも滅ぼすけど、いいわね?」

「できれば私一人の命でご容赦いただきたく」

 ……そうか。まあいい。

「この感じだと、アレね? 計画的乗っ取り的なやつよね?」

 突発的な横槍ではなく、計画的に考えて法的に問題のない方法で発明品の権利を取り上げたとか、そういう流れだ。

「そうだね。フライヒ工房にとある要人の使いが来て、ニアちゃんと交わした契約書は取り上げた上で、新たな契約を結ぶよう迫られたんだって」

 なるほど、契約主のすり替えで奪う感じか。

「彼らは自分から私の契約を破棄したの?」

 大金を積まれたとか。好条件を提示されたとか。――それだったら、まだいいが。

「いや、だいぶ抵抗したみたい。……あの三兄弟はちょっと怪我しちゃった」

 ああそう。
 最悪な方か。

 ……人死にが出なかっただけ、不幸中の幸いか。誰か死ぬくらいなら私との契約なんて破棄すればいい。フライヒ工房の判断は間違っていない。

「所長のジートさん、謝ってたよ」

「そう。あとで様子を見に行かないと」

 フライヒ工房には本当に世話になった。今回の件は避けられない事故だったと思う。

 ――もちろん、事故のツケは加害者に必ず払わせるが。

「それで? 私が持っていたフライヒ工房が交わした契約書は、サクマが盗んで横取りした張本人に渡したのね?」

 契約書は、相手と自分で一枚ずつ持っているものだ。

 大金が動くような大掛かりな契約ともなると、立会人がいたり、契約書の写しを別に保管するなり証人となる第三者を介入させるものだが、私とフライヒ工房との契約は第三者を入れていない。

「はい。私がやりました」

 そうか。

「やりましたとかうるさいんだけど」

「……」

「うるさいんですけどぉ。ねえ、うるさいんですけどぉ」

「……」

 サクマは、アカシの絡みを無視している。

「これで、私とフライヒ工房とで存在した契約を証明できなくなったわけか。そして新たな契約書が効力を発揮して、法に則った形で開発をそっくり持って行かれると」

 なるほどなるほど。
 うん。

「だいたい流れはわかったし、そろそろ一番気になることを聞こうかな」

 マーベリアにおいては、外国人は法で守られないそうだからな。

 さっきアカシが、フライヒ工房側の契約書が取り上げられたから開発を奪われるかもしれない、と言っていたのも、そのせいだ。
 最終的に法に訴えた場合、たとえ私が正式な契約書を持っていたとしても、なんらかの手段で無効化されるかもしれない、ということだ。

 今私たちは法ではなく、シノバズの力やシィルレーンら王族の後ろ盾で守られている。

 ――そのシノバズの力や王族の後ろ盾をものともしない者がちょっかいを出して来たわけだ。

 しかも、もしかしたらタイミングも計っていたのかな。
 夏真っ盛りの今、リビセィルもクランオールも、東の砦に行っていてしばらく戻ってくる予定がないから。

 シィルレーンはまだ学生で、王族ではあっても権力は持っていないそうだから、あまり気にされなかったのだろう。

「誰がやったの?」

 私にケンカを売ったうつけは誰だ。

「エンデヴァー総武局長。マーベリアの軍部を預かる老人です。ニアお嬢様も会ったことがあるはずですが」

 ん?
 そんな偉そうな肩書きを持つ老人になんて会ったかな?

「ほら、夜襲騒ぎの時に王様と会ったでしょ? その周りにいた老人の一人だよ」

 ……ああ、あのじいさんたちの一人か。

「つまり私怨ってこと?」

「どうだろうね。おいサクマ、そこんとこどうなの? きりきりしゃべれよこの野郎」

 アカシのキャラが崩れっぱなしだが、今そこを気にする者はいない。

「私にもわかりかねます。総武局長本人に直接命じられたわけではありませんので」

 …………

 そうか。

「サクマ」

「はい」

「リノキスと仕事に戻って」

「……よろしいので?」

「ええ。むしろいい判断をしたと思う。あなたは間違っていない」

 そのエンデヴァー総武局長とやらがフライヒ工房へやったことを考えると、契約書を渡さなかった時のことなんて考えたくもない。
 子供たちに危害を加えられるくらいなら、契約書くらいくれてやればいい。

「アカシ、フライヒ工房へ行きましょう」

「サクマはほんとにいいの? こいつ裏切り者だよ?」

 おい。身内に辛辣だな。血縁があるかどうかは知らないけど兄なんだろ。

「そんなことないでしょ。むしろこっち寄りだと思うわ」

 サクマは屋敷の内部に潜り込んでいるのだ。
 それこそ私の暗殺だってできる位置にいる。できるかどうかは別として。

 そのサクマが、自らやったと名乗り出たのだ。
 上から命じられてやった、と。

 やっている行為は裏切りに見えるが、その実そうでもない。むしろ「この人に命じられました」なんて簡単に口を割る時点で、もはや私の味方だろう。

 私のことを多少知っている上で元凶を明かせば、元凶がどうなるかくらい誰にでも想像がつくからな。
 サクマ的には「どうぞ好きに料理してください」と、エンデヴァー総武局長とやらの首を差し出しているようなものだろう。

「私、どっちかと言うとアカシの方がグレーゾーンにいる気がするんだけど」

 あっちに寄ったりこっちに寄ったりフラフラして。マーベリア寄りの立場なのに機兵の技術を横流ししているし。

「…………」

 ……目を逸らすなよ。痛いとこ突かれたって顔をするな。

「身から出た錆だな」

「うるさいな」

 まあまあ。兄妹ゲンカはあとでやってくれ。




 エンデヴァー総武局長、か。
 フライヒ工房の様子見を済ませたら、会いにいってみるか。



しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~

志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、ひょんなことで死亡した僕、シアンは異世界にいつの間にか転生していた。 とは言え、赤子からではなくある程度成長した肉体だったので、のんびり過ごすために自給自足の生活をしていたのだが、そんな生活の最中で、あるメイドゴーレムを拾った。 …‥‥でもね、なんだろうこのメイド、チートすぎるというか、スペックがヤヴァイ。 「これもご主人様のためなのデス」「いや、やり過ぎだからね!?」 これは、そんな大変な毎日を送る羽目になってしまった後悔の話でもある‥‥‥いやまぁ、別に良いんだけどね(諦め) 小説家になろう様でも投稿しています。感想・ご指摘も受け付けますので、どうぞお楽しみに。

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

天才魔導医の弟子~転生ナースの戦場カルテ~

けろ
ファンタジー
【完結済み】 仕事に生きたベテランナース、異世界で10歳の少女に!? 過労で倒れた先に待っていたのは、魔法と剣、そして規格外の医療が交差する世界だった――。 救急救命の現場で十数年。ベテラン看護師の天木弓束(あまき ゆづか)は、人手不足と激務に心身をすり減らす毎日を送っていた。仕事に全てを捧げるあまり、プライベートは二の次。周囲からの期待もプレッシャーに感じながら、それでも人の命を救うことだけを使命としていた。 しかし、ある日、謎の少女を救えなかったショックで意識を失い、目覚めた場所は……中世ヨーロッパのような異世界の路地裏!? しかも、姿は10歳の少女に若返っていた。 記憶も曖昧なまま、絶望の淵に立たされた弓束。しかし、彼女が唯一失っていなかったもの――それは、現代日本で培った高度な医療知識と技術だった。 偶然出会った獣人冒険者の重度の骨折を、その知識で的確に応急処置したことで、弓束の運命は大きく動き出す。 彼女の異質な才能を見抜いたのは、誰もがその実力を認めながらも距離を置く、孤高の天才魔導医ギルベルトだった。 「お前、弟子になれ。俺の研究の、良い材料になりそうだ」 強引な天才に拾われた弓束は、魔法が存在するこの世界の「医療」が、自分の知るものとは全く違うことに驚愕する。 「菌?感染症?何の話だ?」 滅菌の概念すらない遅れた世界で、弓束の現代知識はまさにチート級! しかし、そんな彼女の常識をさらに覆すのが、師ギルベルトの存在だった。彼が操る、生命の根幹『魔力回路』に干渉する神業のような治療魔法。その理論は、弓束が知る医学の歴史を遥かに超越していた。 規格外の弟子と、人外の師匠。 二人の出会いは、やがて異世界の医療を根底から覆し、多くの命を救う奇跡の始まりとなる。 これは、神のいない手術室で命と向き合い続けた一人の看護師が、新たな世界で自らの知識と魔法を武器に、再び「救う」ことの意味を見つけていく物語。

【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません

ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。 文化が違う? 慣れてます。 命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。 NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。 いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。 スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。 今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。 「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」 ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。 そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

処理中です...