狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

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288.空賊列島潜入作戦 14

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「――馬鹿なっ……!!!!!」

 その嘆きの声は、大きく重かった。

 何事かと執務室にいた訳あり奴隷数名と調書を取るエスター、治療の準備をしていたアシールがリリーを見る。豹獣人ルシエドは起きることなく寝ている。

 黒髪の少女の小さな手に、小さな瓶があった。

「「あ」」

 理由を察したエスターとアシールが声を上げた。

「……『薔薇の聖棺アークローズ』の冬摘み六年物……!」

 絞り出すような声とともに、悲痛な顔で愛しい瓶を胸に抱く。

 ――どうやらリリーの秘蔵の紅茶を飲んだことがバレてしまったようだ。

「「……」」

 訳あり奴隷たちも、なんとなく事情を察する。

薔薇の聖棺アークローズ」は、ハーバルヘイム貴王国に本店を構える、紅茶の老舗の名前である。
 紅茶好きには有名で、もはや世界一の紅茶専門店と言っていいかもしれない。

 その店名を冠する紅茶の葉は、貴王国の王族や上位貴族しか手に入らないという高級かつ希少な物。
 しかも冬摘みものは収穫量が非常に少ない上に、それを更に厳選した幻とも言える逸品。

 それも、六年物――六年前の製品。
 小瓶に施された状態保存魔法で、瓶が破損しなければ百年以上は最高の状態で保存できるというそれは、古ければ古いほど貴重とされている。まあワインのように年月で熟成するわけではないが。

 紅茶に興味がない空賊たちが多い場所であるがゆえに、普通に店で売っていたものを偶然発見、購入したのだ。
 まさに、価値がわかる者にはわかる掘り出し物である。

 それだけに、価値がわかるからリリーは嘆いている。
 大金を積めば手に入るというものでもなく、貴王国の王族や上位貴族とコネがなければ絶対に手に入らないのだ。

 紅茶好きなら誰もが憧れ、誰もが入手したいと考え、現実的に無理だと悟って諦めるのである。

 ――そんな、本当に秘蔵の紅茶だったのに!

「誰が飲んだ?」

 リリーは室内の面々を見回す。エスターとアシールが目を逸らした。

「ご、ごめんリリー……」

「あの……少し前に、祈りながら皆でお茶をしたことがありまして……」

 犯人が自白した。
 複数犯だった。
 信じていた娼婦たちの裏切りだった。

 リリーは中身のなくなった小瓶を机の上に置く。

「多少ならまだしも、全部飲むことないでしょ」

 古いラベルが張ってある小瓶には、もう香りくらいしか残っていない。

「最後の一杯分くらい残しておこうとは思わなかったの?」

「いや、だって、元々少なかったし」

「ええ……皆で三杯くらいずつ飲んだら、もう……」

「――え、三杯も? 私でもまだ一杯しか飲んでなかったのに?」

 元からここにいた娼婦たちで飲んだのだが――それに手を付けた時は、最後の夜になるかもしれないという危機的状況だった。
 だから明日のことなど考えず、わざわざ残すなんて意識が働かなかった。

 今ではただ、本当に申し訳ないとしか言いようがない。

 正直、紅茶だけでここまでリリーが取り乱すとも思っていなかったのだ――エスターとアシールには物の価値がわからないだけに。

「……ここまでのショックは久しぶりだわ……はぁ……」

 沈んだ顔のリリーの溜息が胸に刺さる。

 朝からそんな事件がありつつ、新たな一日が始まった。




 暴走王フラジャイル敗北。
 たくさんの目撃者がそれを証言し、一瞬でこの事実は空賊列島を駆け巡った。

 四空王の一つが墜ちたことで、赤島には新たな支配者が誕生した。
 空いた席には、新興空賊団である雪毒鈴蘭スノー・リリーが納まったのだ。




「リリー。いつものお客さん来てるわ――あっ」

 執務室にやってきたオリビエが、机の上にある紅茶の瓶を見て「しまった!」という顔をする。

「美味しかった?」

「えっ?」

「ねえ、美味しかった? 私結局一杯しか飲めなかったんだけど。オリビエも三杯いったんでしょ? 遠慮なく三杯でしょ?」

 満面の笑顔のリリーが珍しくチクチク責めてくる――比較的温厚な部分しか知らなかったオリビエは、そんな初めての反応に戸惑う。

「ご、ごめんなさい……いい紅茶探しておくから……」

 そうなだめると、今度はキッと眉を吊り上げた。

「大人は酒を飲めばいい! 紅茶くらい飲ませなさいよ!」

「ずっと我慢してるのに!」と肩をいからせて、リリーは娼館から出ていった。

 まずい。
 なんだかよくわからない怒り方だが、とにかく結構怒っていた。

「――手の空いてる人、集合!」

 これは本当に代わりの紅茶を探した方がよさそうだ。
 あの紅茶の価値を少しだけ知っていたオリビエだけに、補填は必須だと確信していた。




「あ、リリーさんおはようございます!」

「おはようございます!」

 娼館を出たリリーは、走り回る奴隷たちに声を掛けられながら港へと向かう。

 フラジャイルがいなくなって三日目。
 赤島は大きく変貌しつつあった。

 一番の変化は、大手を振って歩いていた空賊の姿が消え、代わりに奴隷が歩いていること。

 この島のトップが墜ちたことで完全に立場が逆転したようで、奴隷による空賊狩りが横行し、今も残党を探して島中の探索が続けられている。
 島間移動できる船はほとんど壊しているので、空賊たちもどこにも逃げられないのだ。

「リリー様、六番倉庫まで埋まりました」

「うん、わかった。置いといて」

「あの……」

「いつも通り食料、酒、薬は好きにしていいから。……あ、できれば子供に優先して」

「ありがとうございます」

 ――赤島の住人は、リリーを新たな支配者として認めていた。

 奴隷たちは、空賊狩りをメインに島中の探索をしつつ、空賊たちや奴隷商が所持していた財産や物資を集めている。
 それらは全部リリーへの貢ぎ物で、置き場所がないので大型倉庫にどんどん運ばれている。

 正直面倒なのでリリーは全部任せたままである。
 倉庫の管理をしているというさっきの奴隷も、オリビエに紹介されたものの、それ以上は知らない。

 どっちにしろ、この島で集められた財産は、この島のために使うつもりだ。
 これからのことを考えると絶対に必要になるので、必要になる時まで置いておけばいい。

「――来たぞ! 『狂乱』だ!」

 のんびり徒歩で港に着くと、今日も四空王の座――雪毒鈴蘭スノー・リリーの船員「狂乱のリリー」を仕留めて成り上がろうと考える空賊たちおきゃくさんが待ち構えていた。

 狂乱のリリー。

 百人以上の空賊を前にしても一切怯まず、それどころか無傷で全員倒すほどの凄腕のガキ。
 楽しそうに笑いながら戦う戦闘狂に付けられた、名誉なんだか不名誉なんだかわからない二つ名である。

「数だけはまあまあね。悪くない」

 有名無名問わず、空賊たちは三百名以上。
 最初こそガキだなんだと野次が飛んだが、今や誰も侮る者はいない。

「――リリーさまがんばってぇー!」

「――リリー! リリー!」

 見学に来ている子供たちに手を振り、

「じゃあ始めましょうか」

 ずらりと並ぶ屈強な男と女の前に立ち、リリーは今日も笑った。




 赤島に新たな支配者が生まれ、それがしっかり周知されてきた頃。

 満を持して、空賊団雪毒鈴蘭スノー・リリーが空賊列島に到着しようとしていた。



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