狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

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316.十一歳の夏、ウーハイトン台国へ

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 私の代わりをしていたシノバズの女児と入れ替わり、ようやくマーベリアに帰ってきたという実感が湧いてきた。

 それから一週間、本当に戴冠式の準備を手伝い、お役御免となった。
 国の代表の交代という大イベントなので、使用された資金も城で働く者の気合いの入り方も違う。

 私は主にパーティー会場作りで雑用を任され、城にある大ホール用の特注絨毯を十数名掛かりで洗ったり干したり敷いたり、重いテーブルを運んだり、パーティー用のグラスを全部洗って磨いたりと、なかなか慌ただしい一週間を過ごした。

 あまり意識していなかったが、戴冠式の準備を手伝う機会なんて、案外そう多くないかもしれない。
 そう考えると、これはこれで本当に貴重な体験だったと言えそうだ。

 そんな一週間が終わり、機兵学校に復帰した。
 
「――お、おはようございます」

「――あの、戴冠式の準備は終わったんですか?」

 年末の御前試合が終わってから、ようやく普通科の教室で少しだけ受け入れられてきた私である。

 ここ一ヵ月以上も登校できなかったはずだが、まだ馴染まない堅い表情や口調で、それなりに歓迎してくれた。
 まあ、もうすぐ留学するんだけどね。

 それから一週間後、リビセィルの戴冠式が行われた。

 日程は三日間で、その間一部の市民は学校も仕事も休みで、城から振る舞い酒や振る舞い料理が出たのだとか。

 実は私も……というか、リストン家ごと戴冠式のパーティーに呼ばれていた。

 長年国交を閉じていたマーベリアの、開国宣言直後の戴冠式だ。
 これからの付き合いも考えて、周辺国の王侯貴族にはたくさん招待状を出しており――その中にリストン家もあったわけだ。
 リストン家は第四階級の貴人籍を持つので、まあ、家格的に呼ばれてもおかしくはないのだろう。

 ただ、私はまだ社交界デビューをしていないので、私だけ辞退した。
 その辺のしきたりや風習もかなり怪しくなっているアルトワールだが、基本的に中等部に上がる十二歳から十三歳の頃にデビュタントを済ませるものなのだとか。

 というか社交界での礼儀作法やマナーなんて全然習ってないから呼ばれても困る。

「――ニア!」

 というわけで、招待を受けた両親と兄ニールがマーベリアにやってきた。

 元気そうで何よりである。
 家族とは、実に二年ぶりの再会である。手紙でのやり取りはしていたが、やはり直接会うのとは違うものだ。

 ちなみにリストン家は、王族からの招待状が届くという名誉もあるが、それより留学している私がいるから応じたという面が強いそうだ。

 娘が世話になっている、娘の手紙によれば王族とも懇意にしている、だから直接会って娘が世話になっている相手に挨拶くらいはしたかった、と。
 
 そんな彼らは案の定、仕事が忙しいからとすぐに引き上げてしまった。
 多少ゆっくり話はできたが、話の内容は次の留学先であるウーハイトン行きの話題が中心だった。

 曰く、王様から理由も聞かされず「娘さん今度はウーハイトンに留学させるよ」と連絡があったそうで、その辺の事情を知りたいようだったから。

 もう色々と隠し事が隠せないくらい大事になってきているので、ウーハイトン行きの経緯はちゃんと話した。
 空賊列島に乗り込んだだの、その時世話になっただのと。

 ――正直、両親も兄もあまりピンと来ていなかったようだが。

 それでもちゃんと説明した。

 どうやら三人とも、私が荒事方面に足を突っ込んでいることに、あまり実感がないようだ。リーノことリノキスから教えを乞い鍛えている、という話はしてあるのだが。

 どうも「どこまで強いのか」までは、想定していないようだ。

 まあ、見た目が大人しそうと言われるし、まだ子供であることも、その一要因なのだろう。
 まさかこんな子供が大の大人より強いし機兵だって指一本でぶっ飛ばすとか言われても、なかなか話だけでは信じがたいだろう。

 マーベリアでも色々やらかしているし、空賊列島での逸話もいずれ耳に入るだろうし、その内ちゃんと知る時も来るだろう。




 そんなこんなで戴冠式も無事に終わり、夏が近づいてきた。

 私は、今度の夏からマーベリアを離れることを、知り合いに直接伝えて回った。

「――おお! お久しぶりですな!」

 まず、王都区画南部署部長に出世した、かつては六番憲兵長だったソーベル・レンズに会いに来た。

 夜襲騒ぎ前後から全然会っていなかったが、彼のことは忘れていない。結構世話になったからな。
 賄賂的なものは受け取れない、と言っていたのを覚えている。

「――いやあ、出世とともに所属が変わってしまいましてな。貴族街方面へ行く機会もめっきり減りまして……ご無沙汰しておりますな。……して、今日は何やらご相談でも?」

 私は、夏になったらマーベリアを離れることと、上から特別報酬としてまとまった給料が出ることを伝えた。

 金は諸々の礼だ。
 私から受け取ると賄賂になるなら、然るべき筋から正式に渡されるなら問題なかろう。

 ――そんな感じで、商業組合の受付嬢リプレや組合長ガッダム、フライヒ工房の職人たち、そして向かいの屋敷の老婦人に挨拶した。

 ――少なくはあるが、機兵学校でも顔見知りとなった掃討科のイースを除く三人、八年生工房のサーキッズ・ハーバーや、機兵科のジーゲルン・ゲートにも挨拶をした。

 マーベリアの国柄がアレだったので、知り合いは少ない。
 顔と名前を知っていて、会えば話くらいはするという知り合いも、かなり少なかった。こんなに少ないならあの裏社会のダージョル・サフィーにもついでに挨拶しようかと思ったくらいだ。しなかったけど。




 そんなこんなで、少々慌ただしい日常が過ぎていき、夏が来た。
 特に事件や問題が起こることもなく、機兵学校は無事終業式を迎える。

















 子供たちとサクマ、アカシに見送られ、私とリノキスを乗せた飛行船はマーベリアから遠ざかっていく。

「――またね! お兄ちゃん!」

 結局ミトは、私たちと一緒に来る道を選んだ。



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