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373.アルトワールアンテナ島開局セレモニー 12
しおりを挟む「「――うおおおおおおお!!」」
品の良い貴族たちでさえ、それを黙って観ていることはできなかった。
闇夜に浮かぶ、光を放つ巨大な板――さっきまでただの透き通った水晶板だったそれが、ついに初稼働を見たのだ。
超特大魔晶板に映ったのは、飛来してきた星明かりにきらめく幻想的な水晶竜。
建物を無遠慮に破壊するために降りてきた巨大な魔獣だ。
巨大な魔晶板で観るそれは、映像であっても、己の身体より巨大な存在である。
初めて見る者がほとんどである水晶竜は、一目見てすぐにわかる。
人が敵う相手ではない、と。
単純なその巨躯も、水晶そのものにしか見えない固そうな外観も、比べるまでもなく人間とは桁違いである。
頭脳はともかく、それ以外の全ての要素が人間より勝っている存在だと、自然と考えた。
生物としての格が違う。
そんな生物が、今現在、すぐ近くにいるという事実。
それも、十体を超える数が。
魔晶板に映されたのは、絶望である。
貴族たちは想像以上に危険な魔獣の登場に顔色を青ざめ、避難してきた荒くれ者が多い船乗りたちでさえ……いや、だからこそ状況が最悪であることがよくわかった。当然、子供たちも震え上がっていた。
そんな絶望的な現実を突きつけられた直後、である。
その水晶竜を、剣と呼ぶには無骨すぎる金属プレートで、一刀の下に首を潰して頭と胴体を分離させた老紳士の姿があった。
ついさっきまで一緒にいた、氷上エスティグリア帝国のダンダロッサ・グリオンである。
――歓声が沸いた。
人が敵うとは思えない存在を相手に、人の力で討伐してみせた。
その雄姿に、貴族たちも船乗りたちも子供たちも、声を上げたのだった。
「――なんとかなりそうね」
耳元で囁く王太子妃ミューリヒに、アーレスは小さく頷く。
「――正直に言うと、想像以上に危険そうだった。どうしようかと思った」
「――私もよ」
表面上はなんの変化もなく余裕そのものだが、この王太子夫妻とて気持ちは同じだった。
魔晶板を通して水晶竜を観た瞬間、「あ、これまずいかも」と思ってしまった。
人が勝てる相手ではないと思ってしまった。
だからこその安堵である。
映像を介してだが、目の前で絶望的な脅威が討伐された。
魔晶板の大きさもあるが、とんでもない迫力である。
余興どころか主役を張れる企画である。
「――これなら避難は必要なさそうね」
「――そうだといいが」
ヴァンドルージュの陸軍空軍総大将の両名が、念のために避難用の飛行船を出すと提案してくれた。
「必要ないだろうが念のために」とそれを承諾したアーレスだが、この様子だと本当に大丈夫そうだ。
水晶竜は思ったより大きく、危険そうだった。
理想的な策を取るなら、客人たちだけ避難させて、戦闘に参加する者だけ島に残す……というのが一番被害は少ないだろう。
――だが、それでも、ここを離れて避難するという手は取れなかった。
このアンテナ島の門出の日である。
ここに海外進出の要となる布石を置く、大切な場所である。
アルトワールとしては、これは必ず成功させなければならないイベントだった。
もし避難して島の建造物が破壊された場合、それは各国要人の信用や信頼をも破壊することになる。
ケチのついた文化は、再び受け入れられるまでに時間が掛かってしまう。
恐らく貴王国ハーバルヘイムの目的は、要人を殺すことではなく、その辺の失態を招くための策だろう。
ここでの失敗は、向こう数年から十年単位で引きずる可能性がある。
何かにつけて「でもアンテナ島のセレモニーでは――」といちいち延々と言われる汚点にもなるだろう。
だからこそ、この島から出ることなどできなかった。
何年もの遅れが出る?
それが許せないから、まだ住人もいないのに、セレモニーだけは急がせたのだ。
そしてそれは、アルトワールの要人全員が考えていたことだ。
誰も、このセレモニーを完遂することを、諦めようとは思っていなかった。
ここが勝負所なのだ。
王侯貴族として、ここで引く手はない。
ここで命を張るくらいの覚悟ができないようなら、庶民になった方がいい。その方がよっぽど生きやすいだろう。
そして来賓たちも、その辺のことは恐らく察しがついている。
だからこそ、アルトワールの王太子が選んだ選択の結果を見届けるべく、大人しく残ることを選んだのだ。
この状況においても色々と考えることが多い貴族たちだが――しかし討伐劇は続いている。
「嫌がった割にはいい仕事するわね」
戦場の真っただ中で動いているカメラは、リネットの持つ物だけである。
そして彼女が撮影する映像は、ほぼリアルタイムで、ここの超特大魔晶板で流れている。
ニアの言う通り、リネットは非常に良い仕事をしている。
とにかく素早い。
十二体の水晶竜はバラバラになって落下してきたので、落下点が離れているのだ。
にも拘わらず、きちんとほぼ一体一体を追い駆けることができている。
――「リネットは私の映像を撮るために、カメラの使い方を覚えたんだ」と、事前に兄ニールから聞いていたから、リネットを行かせたわけだが。
それにしてもいい仕事をしている。
あれだけ嫌がったのが嘘のようにいい仕事をしている。
建物の上などを移動するので、移動する映像そのものも躍動感があっていい。
魔晶板を観ているとリネットの行動までわかる。
「すごいな。私もどこまでリネットが操作できるのかは知らなかった」
ニアの横にいるニールも感心している。
「特に、ぶれないのがすごいわね」
未熟なカメラ担当は、とにかく映像がぶれるし揺れる。
だがリネットの映像はかなりぶれも揺れも少ない。
あれだけ激しく動いているのに、信じられないほど映像が乱れない。
「鍛えられたんだろうな。ウィングロードの速度を撮るにはかなりの技術が必要らしいから」
「へえ、道理で」
速度を重視した単船競技ウィングロードの撮影を行っていたのなら、それなりに速度の出ているものや、動きながらの撮影などにも慣れているのだろう。
「「――うおおおおおおおおお!!」」
また歓声が上がった。
長柄の先に金属塊をつけたハンマー――恐らく建物を壊すための工具であろうそれを振り回し、赤いドレス姿のマーベリア王女が華麗に、だが力強く、水晶竜の前足を粉砕した。
「……向こうは心配なさそうね」
水晶竜より弟子たちの方が強い。
一対一ならわからないが、弟子同士で組んでいるなら、どうとでもなるだろう。エスティグリアの元騎士団長もなかなかのものだ。
――さて。
「ニア? どこに行く?」
おもむろに踵を返したニアに、ニールは声を掛けるが――
「淑女にそういうことを聞かないでよ。すぐ戻るから」
淑女。
なぜかはわからないが、ニールは妹の言葉に強い違和感と拒否感を感じたが……なんだかとても危険な気がして、それについては何も言わなかった。
「同行を――」
「すぐ戻るから」
こういう状況でどこかへ行くというのもおかしな話だが、ニアが無駄で無謀なことを言うとも思えない。
何より心配なので付いて行こうと思ったが――
ニアはそれを許さず、さっさと走って行ってしまった。
戦場から離れた場所に三体いる。
討伐隊の手が回っていないので、ちょっと片付けてくるだけだ。
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