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380.可愛い弟子を可愛がる
しおりを挟む当然の流れというか、予想できたことと言うか。
「師匠! 俺の技を見てください!」
近況報告もそこそこに、ガンドルフは非常に彼らしいことを言い放った。
空賊列島の時は、周囲に他国の人間もいたし、私も変装中だったりしたので、あまり話はできなかったのだ。
当然、技を見る機会もなかった。
「いいけど。そんなに焦らなくてもいいじゃない」
などと言いつつ、私は椅子から立ち上がった。
見てほしいなら見てやるとも。
あまり面倒は見ていないが、可愛い二番目の弟子でもあるからな。
それと、帰りが遅くなるとリノキスがうるさい。ジンキョウも修行のために私を待っていると思う。
なので、私もあまり長居はできないのだ。
まあ、昇進試験まで少し猶予があるみたいなので、またゆっくり話す機会もあるはずだ。急いでアルトワールに戻ることはないだろう。
恐縮するガンドルフの先導で、早々に食堂から表に戻る。
正面の門を潜ったすぐそこに修行スペースがあり、そこで門下生たちが存分に鍛えている。さっき彼らを横目に奥までやってきたのだ。
そして、私たちが立ったのは、片隅にある巻き藁の前だ。
立てた棒に藁を巻き強度を上げた、打ち込み用の訓練機器である。
「どう? どの程度『轟雷』を物にした?」
習得したのは前提だ。
初めて見せて、教えて、もう何年も経っている。修行に熱心なガンドルフが習得していないわけがない。
「このくらいです」
ガンドルフは右手の指先一本で、ゆっくり巻き藁に触れた。
と――バチンと音がして、藁を縛り付けていた紐が切れ、爆発したように藁が飛び散った。
……ほうほう。へえ。
「いいわね」
予想以上の習得度合いに、自然と笑みが浮かぶ。
そうか。
技の構造と原理を理解し、違う形で応用できる程度か。
しかも、巻き藁を必要以上に傷つけない破壊力。ある程度の強弱を自在に操れる証左である――これも技の理解度に比例する。
そう、こんなものは破壊できて当然だ。
だからあえて壊さない。
――昔はガチガチの道場拳法だったが、いやはや、こういう器用な真似もできるようになったか。素晴らしいじゃないか。
「『雷音』は?」
「リノキスと比べると不格好なのですが」
「構わない。見せなさい」
「氣拳・雷音」は、ガンドルフには教えていない。
だが、「八氣」の理解と習得が進んでいるなら、自ずとやり方は見えてくる。
現に、ガンドルフは「不格好」とは言ったが「できない」とは答えなかった。
そうだろうとも。
「八氣」の理解が進めば、できることがどんどん増えていく。
きっと試しにやってみたらできたんだろう。
「あ、こっち」
巻き藁の前で構えるガンドルフに、思い立って声を掛ける。
「私に当てなさい」
前は、私に打ち込むことに抵抗があった。
だが果たして今は――
「わかりました」
――よし。抵抗感なく受け入れたな。
「では行きます」
「うん」
少し離れた位置で構えたガンドルフは、一声掛けて私が頷くのを見て――落雷のような音を立てた。
消えるような速さで接近し、その大きな拳は私の顔面を抉った。
――「「あっ!?」
声を上げたのは、向こうで修行していた天破の門下生たちだ。
ガンドルフを見ていたのか武客の私を見ていたのかは知らないが、さりげなく注目されていたのだ。
反応からして、「雷音」のことは知っているのだろう。
そして、その威力をも知っているからこそ、子供に向けて放ちモロに当てたその光景に、驚いたのだ。
無理もない。
本当に子供に……いや、ただの人にこんなことをしたら、トマトを握り潰したようになってしまう。
「八氣」の技は、人間向けのものではない。人に使うには威力が高すぎるのだ。
――まあ、私は平気だが。音がうるさいくらいで。
「悪くないじゃない。どの辺が不格好なの?」
しょせん「雷音」なんて、「八氣」では初歩的な技である。
派手な割に威力も低い。
ガンドルフくらいの武人のものなら、当たってもあまり痛くない。
「どうも俺の身体が重いせいか、速度を出すための踏み込みが強すぎるんです。次の動作に繋ぎづらい。リノキスは恐らく連発できると思います」
ふむ。なるほど。
「次の動作が不安なのね」
「はい。『雷音』で仕留められなかった場合の二手目です」
ガンドルフが言っていることは、至極よくわかる。
「雷音」は踏み込みが命で、それさえ基準に達していれば、拳は割と自然に出せる。
「考え方は色々あるわね。たとえば『雷音』の速度で、威力の高い『轟雷』を叩き込むとか」
「…!」
「『雷音』が入ると同時に、即座に『轟雷』を叩き込むとか」
「……っ!」
「あるいは、『雷音』と『轟雷』の二つを掛け合わせて一つの技にしてみるとか」
「…………っ!!」
「動作だけが二手目じゃない。一発で仕留められなければ、そのまま即座に二手目を打って一気に畳みかけるという手もあると思うけど」
公平に攻撃の順番が来るボードゲームじゃないんだ。
実戦ではターン制よろしく交互に攻撃し合うなんてことはしないしな。
「あ、あ、ありがとうございました! あとは自力でどうにかします!」
がばっと頭を下げるガンドルフの頭頂部に、私は頷いた。
「うん。じゃあ私はもう帰るけど……ああ、近い内に食事でもしに来てよ。リノキスにも会いたいでしょ?」
「はい! 近い内にお伺いします!」
うんうん。
この低頭平身っぷりこそ弟子だよな。それでこそ可愛い弟子である。
リノキスとか完全に師としての私を舐めてるからな……あいつはしょうがない奴だ。よし、今度学校でやるという荒行にあいつも連れて行くか。まあなんだかんだあいつも荒行好きだしな。きっと泣いて喜ぶだろう。
そう心に決めて、今日のところは別れたのだが……
結局、交流会に続いて荒行の参加もできなくなることを、この時の私は知らなかった。
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