狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

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385.お話をしようという話

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 強い閃光が走り、目が眩む――

「お、おじょっ……!」

 突然の現象にリノキスが私を呼びかけるが、直前の私のジェスチャーを思い出したのか口を噤んだ。

 うん。
 たかが一時的に視界を奪われる程度のこと、取り乱すこともあるまい。

 ついでのように飛んできた六本のナイフを受け止め、しばし。

「……逃げられましたね」

 ようやくうっすら目が利くようになってきた頃には、捕まえていた連中がいなくなっていた。
 ついさっきまでそこにいた三人は忽然と姿を消し、濡れた石畳があるだけである。
 
 何事もなかったかのように、冬空の下は静かなものである。

「なかなかいい腕してるわね」

 これも、さすがプロと言った感じだ。

 気配も感じさせずに乱入し、一瞬で仲間を掻っ攫って行った。
 潜伏のしかたといい、躊躇なく引き上げる潔さといい、もちろん行動に裏付けされた実力そのものも、やること成すこと全ての練度が高かった。

 さて。

「じゃあちょっと行ってくるわね」

「え?」

「彼ら、アジトまで引き上げるでしょ? それを追い駆けてくる」

 気配は覚えた。
 この国の範囲内くらいなら、どこまでも追える。……ちょうど「龍の背中」に辿り着いた頃か。速い。

「あ、じゃあ私も」

「リノキスは残って。第二波がないとは限らないから」

 一応「何人で来たのか」という聴取はしたが、私は彼らの答えを信じていない。

 ああいう暗部の人数はそう多くないはずだが、こればかりは読み誤るわけにはいかない。

 手遅れが取り返せない判断になる。
 ゆえに安全策を取るしかない。

「二人してここを空けて、帰ってきたらアルコットが死んでいた。……なんて最悪でしょ?」

 私が動いた後に、また暗殺者が来る可能性。
 ないとは思うが、絶対にないとも言い切れない。
 
「ミトがいるから大丈夫でしょう」

「いいえ。さすがに殺しのプロ相手では厳しいわ」

 確かにミトなら、単純に戦って勝てるとは思う。

 だが、まだミトは単騎で強いだけの存在だ。
 一対多の状況、周囲の状態に即した揺さぶり、はったり、脅し。それこそアルコットを人質に取られたりもするかもしれない。

 この手の特殊な……実戦的な戦闘のケースは、子供には判断が厳しいだろう。

 それに、十歳の子供だ。
 いずれあるかもしれないが、まだ人を殺してほしくない。

「……わかりました。私は残ります」

 うん、さすがに今この時に駄々をこねるようなことはしないか。

 今奴らをどうにか片付けておかないと、次はアルコットどころかこの屋敷の全員が危険に晒されることになる。
 
 なんでもありの戦いになったら、受け身のこちらがかなり不利になる。
 毒を流布するなり火を掛けるなり、戦わずして命を狙う方法なんてたくさんあるからな。

 私だけなら何があろうとどうとでもなるが、私以外がまずいだろう。

「遅くても明け方には戻るわ」

 そう言い置いて、私は駆け出した。

 屋敷を囲う塀を蹴り、夜空を舞う。
 人目がないので最速で飛ばしても問題あるまい。

 連中は、「龍の背中」を降り切ったところか。
 よし、まだ移動しているな。

 この分ならすぐに追いつけそうだ。




 毎日の修行の時より遠慮なく「龍の背中」を駆け下りて、奴らの気配を追う。

「……ここか」

 塀に囲われた普通の家である。
 黙って借りているのかどうかはわからないが、ここがウーハイトンに用意した連中の隠れ家のようだ。

 耳を澄ませると、塀の向こうからさっき私にナイフを投げた輩の気配と、かちゃかちゃと金属らしき何かの音がする。
 気配はかなり微弱で、なるほどプロらしいなと思った。

 しばらくその場で待機し、奴が家の中に入ったのを確認して私も敷地内に踏み込んだ。

 扉の前まで移動し聞き耳を立てると、中の会話が聞こえてくる。

 ――「ただ……あれには近づくな。あれはガキの皮を被った別物だ。あれは危険すぎる」

 聞き慣れた低い声だ。
 私が聴取した、真ん中の上役の男だろう。

 ――「俺たちとは違う方面で……いや、もっと深いところにいる気がする」

 暗部より深いところ、ねぇ。
 まあ、否定はしないが。前世・・なら殺した人も生き物も、数えきれないほどだから。

 屋内の気配は五つ。
 ついさっきまで捕虜にしていた三人と、その三人を救助した二人の、五名か。

 この家の大きさからして、大人五人でさえやや手狭だと思う。
 ということは、ウーハイトンからやってきたのは、この場の五人のみ……ということになるのか?

 あるいは別に隠れ家があって、二班に分かれて……

 …………

 ごちゃごちゃ考えてないで、直接聞くか。
 その方が早いし確実だ。

 それに――ちょっと話をしてみたくなったしな。


 


「――逃げろ!」

 やはり腕はいいんだよなぁ。

 真正面から堂々と屋内に侵入する――と、少しばかり驚き固まっていた連中が、我に返り動き出した。

 大柄な男が私に詰めより、右手で私の首を掴んだ。

 大きな手だ。
 筋肉質な大男で、この感じは何かで身体能力も上がっている。

 ただの人なら、一瞬で首の骨をへし折られていただろう。

 ――ただの人なら。

「…っ!?」

「返すわ」

 首を絞められたまま、私はさっき・・・貰ったナイフ・・・・・・を、投げてきた奴……女に投げた。

 動き出そうとして顔を振った、その目の前を通過するように。

 悲鳴こそ上げなかったものの、声なき声を上げて女の足が止まった。

「動いたら次は当てるわよ」

 そう、ナイフは六本投げられた。
 まだ一本目だ。

「な、なんだこいつ……!?」

 ギリギリと……すでに両手で絞められ高らかに吊り上げられている私は、首を絞めている大男を見下ろす。

 その顔には焦りの色が滲んでいる。

 まあ、そりゃそうだろう。
 大人でさえ一瞬でへし折るだろう怪力を発揮しているのに、どんなに力を込めても子供の骨が折れやしない。

 それどころか、何事もなさそうに笑いながら見返しているのだから。

「あなた、あの三人を回収した人よね?」

 気配からして間違いないはずだ。

「あなたは暗部、向いてないと思うわよ?」

 ――あの時私が「アルコットの所在」を告げたのは、後方にいた奴らに伝えるためだった。

 後方支援にしては距離を取っていた。
 あそこまで離れていては、屋敷の様子はどうしたってわからないだろう。絶対に声は聞こえないし姿も見えないし。

 いる場所が不自然だった。
 だから、恐らく何らかの魔法を使用して、こちらの様子を把握していると思っていた。

「だ、黙れっ――ぬっ!?」

 右と左で、男の左右の手首を掴む。

「…っ、……くっ、バカなっ……!?」

 今度はこちらから、力づくで拘束を外した。

「受け身、取れる? 取らないと痛いわよ?」

「うお――ぐはっ」

 掴んだ両手を捻ると、大男はぐるりと宙を舞い、背中から強かに床に叩きつけられた。

 合気の一種だ。
 殴るより安全に仕留められるから、人と戦う時は有効である。

 でもまあ、私はやっぱり打撃が好きだが。

「まあ落ち着きなさいよ」

 ただ一人、がちがちと歯を鳴らして震えて動かない……いや、いろんな意味で動けなかったのであろう、ついさっきぶりにあった上役の男に言う。

「どうせ戦ったって私が勝つんだから、少しお話ししましょう?」




 私が「アルコットの所在」を話したのは、後方支援を動かすためだ。

 何らかの魔法で屋敷のことを把握できていたとすれば、その情報を得た後方支援は、三人を見捨てて撤退すると思ったのだ。

 彼らの目的は、アルコットだ。
 捕らえるか殺すか、目的はわからないが、まあ十中八九そのどちらかであるのは間違いないとして。

 ――彼らにとって大事なのは、「アルコットの所在」という情報を持ち帰ること。そしてハーバルヘイムに伝えること。

 だから見捨てると思ったのだが――まさか救助に来るとは思わなかった。

 誰の判断かはわからないが、たぶん苦しげに呻いている、この大男の決断だと思う。

 ゆえに「暗部に向いていない」と言った。
 暗部なら、仲間を見捨ててでも目的を達成するものだ。綺麗事や情で動いてはいけない組織だから。

 だが、彼らはその私の予想を外して見せた。

 ならば、話をするだけの価値はあるだろう。

 ――私は仲間を見捨てないその綺麗事が、嫌いではないから。



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