狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

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386.お話をしてみた

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「――とりあえず、今日のところは帰るわね」

 思わぬ闖入者に戸惑いを隠せないハーバルヘイムの暗部たちに、私は仕切り直す旨を伝える。

 さっきまで拘束していた三人の内、二人はまだ復帰できていないようだしな。
 ひとまず温めるなり治療するなりの猶予を与えよう。話はそれからでも充分だ。

 死んでもいいとは思っていたが、積極的に殺したいとは思っていない。
 まだ、今は、その段階ではない。

「明日、私の学校が終わったらまた来るから。五人全員で迎えてね」

 誰も何も言わない。
 ただただ、「何を言っているんだこいつ」みたいな猜疑心に満ちた目で見返してくるばかりだ。

 まあそりゃそうだろう。
 追い詰められた直後に、「見逃す」と言われたも同然なのだから。

 でも、私は本気である。

 閂を破壊して入ったドアに手を掛け――振り返る。

「逃げてもいいわよ。私は話がしたいけど、あなたたちには関係ないものね? ――でも話をしなければ最悪のケースになることだけは保証する。
 明日の夕方くらいにまた来るから、それまでに決めて、動くなり残るなりしなさい」

 最後にそれだけ言い残し、私は暗部たちの隠れ家を後にした。

 ――私としては本気で、消えてもいいし、消えなくてもいいと思っている。

 どっちに転んでも、そんなにやることは変わらないから。

 それより今は眠気の方だ。

 この子供の身体が睡眠を欲している。
 温かいベッドを求めている。
 明日も学校だし、さっさと帰ってとっとと寝てしまおう。


 

 翌日。

 昨夜の出来事なんて嘘か夢かというくらいいつも通りの日常が始まり、学校へ行って、授業を受けて、帰ってきた。

 だが、決して嘘でも夢でもない。

 いったん屋敷に帰って機馬キバを駐車し、挑戦者二名にじっくりと稽古を付けてやるという用事を済ませて、約束通り下台へと向かう。

 果たして暗部の彼らは――

「……いらっしゃい」

 いた。

 あれ?

 いるの?

「本当に意外だわ」

 昨日の深夜に乗り込んだ隠れ家の前で、私にナイフを投げてきた女が待っていた。気配を探れば、家の中や敷地内に四人ちゃんといる。

「消えてると思ったんだけど」

 むしろ残る理由がないだろう。

 私は確かに「最悪のケースになる」とは言ったが、それこそそんなものを信じるようでは暗部などやっていけないだろうに。

 腕は悪くないくせに、暗部にも拘わらず味方を見捨てない、か。

 プロ意識が高いんだが低いんだかよくわからないな。

「話をするんでしょ? 中に入って」

 どうやら雑談には応じてくれないらしい。まあ、敵同士だから当然か。

 


 さてと。

 昨日は無理やり入ったが、今日はちゃんと招かれた。

 入ってすぐの何もない、テーブルさえないダイニングには、椅子が一つだけ用意されていた。

 私の席である。
 そして暗部の五人は、私から距離を取って、囲むように壁際に立っている。

「話とはなんだ?」

 体調を整え落ち着きも取り戻した、正面にいる上役の男が問う。

「その前に、逃げなかった理由を聞いていい? 私はきっと逃げてると思っていたんだけど」

「……勘だ」

 勘。
 勘か。

「いい勘してるわね」

 私の言葉をどこまで信じているかはわからないが、これで最悪のケースは避けられたわけだ。

「それより話をしろ。――おっと、くれぐれも俺たちに手を出すなよ。もし何かすれば、報告の手紙がハーバルヘイムに届けられるように仕込んである」

 ああうん。そう。

「その辺はもうどうでもよくなったんだけど、まあ、好きにすればいいんじゃない? なんなら今すぐ手紙を出したら? アルコット王子はここにいるって伝えるといいわ」

「…………」

 私の言葉の真意が本当にわからないようで、上役の男もほかの連中も、怪訝な顔をしている。

「まず先に言うわね。
 私はあなたたち暗部は上からの命令を聞くだけの実行犯で、個人的な理由でアルコット王子をどうこうしたいという気持ちはない、と判断しているわ。
 相違ないわね?」

「……」

 上役の男は頷く。――今更色々と秘匿したところで意味はないからな。素直で結構。

「つまり、あなたたちを始末したってハーバルヘイムの方針は変わらないってことよ。あなたたちがいなくなったって、代わりがまた来るだけのこと。
 こうなると、もう根元を押さえるのが最善よね。いずれハーバルヘイムが諦めるのを待つよりは、こっちから仕掛けた方がはるかに手っ取り早い」

「……仕掛ける? 手っ取り早い?」

 うん。

 私は軽く頷き、なんの気負いもなく、笑いながら言ってやった。

「今度の冬期休暇を利用して、ハーバルヘイムに乗り込むことにしたから」

「の、乗り、込む……?」

 全員が息を飲んだ。
 どうやら私が冗談でもなんでもなく、本気で言っていることが、すぐにわかったらしい。

「ええ。アルコット王子にあんなこと・・・・・をさせた奴と、あなたたちにアルコット王子を保護または暗殺するよう命じた奴と直接話を付けようかなって」

 そこまでやらないと、いつまでも終わらないからな。
 そもそも受け身でいるのは性に合わないし、こちらから打って出ようと思う。




「――いい勘働きだと思うわ。もしアルコット王子やあなたたちに命じたのがハーバルヘイム国王なら、話の流れによっては、私が殺すことになるでしょうね。

 よかったわね、事前に知ることができて。国王崩御なんて大変なことだものね?」



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