狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

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387.いざハーバルヘイムへ

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「――冗談だろう?」

 国王を殺すかもしれない、と宣言する。

 ハーバルヘイムが乱れ、ともすれば地図から名が消える可能性のある言葉だけに、暗部たちは困惑を隠せない。
 思わず互いを見合い、私の言葉の真意がどこにあるかと考えたようだが。

 結局どうにも結論が出なかったようで、上役の男に普通に「冗談だろう?」と言われた。

 いや、普通ではないな。
 ポーカーフェイスを装いつつも、その目には少なからず動揺が見える。

「冗談で人を殺すとは言わないわね。それは悪趣味だもの」

「本気でも悪趣味だ」

「でも黙って始末するよりはアレでしょ? 親切でしょ?」

「……」

 上役の男の眉間に、思いっきり深いしわが寄った。

「にわかに信じがたいし、できるとも思えんが……おまえはアルコット王子のためにそこまでするのか?」

「いや、アルコット王子の件はついでね。理由の一つって感じ。私が行く理由は別にあるから」

「別に……?」

「――それに関してはもう手遅れなのよね。アルコット王子が殺されようが誘拐されようが、私の理由がぶれることはないわ。だから必ず行く」

 で、だ。

「以上を踏まえた上で、あなたたちに話したいことなんだけど」

 私から彼らに話す本題は、これからである。




「――ええっ!? 水練の行に参加できない!?」

 急遽冬期休暇の使い道が決まってしまったので、鳳凰学舎内で見かけた学長テッサンを捕まえて、荒行の参加ができなくなってしまったことを伝えた。

 大層驚かれたし、ギャンブルに有り金全部注ぎ込んでスッたかのような落ち込みように心が痛くなる。

 というか、そんな顔をするほど参加を熱望されていたとは思わなかった。

 ……周りにいる生徒たちも何人か驚いた顔をしてこちらを見ているので、学長以外にも衝撃だったらしい。

「そ、そんな……修行する武客殿を近くで見守りたかったのに……!」

 えぇ……

「見守るほどのものじゃないと思うんですが」

「いいえ! いいえ! 高き龍の修行風景ですよ!? ワタシのような俗物とは対する姿勢も意気込みも違うでしょう! あなたがより高く昇る姿が見たかったっ……!」

 ……えぇ……

 ただ修行しているだけの姿だぞ?
 きっとほかの者ともそんなに変わらないと思うんだが……あんまり期待されるのも困るなぁ。

 ――でも悪い気はしないが。

 中年も終盤に掛かろうというこの年齢で、学長であるなら地位もあるわけだ。
 なのに武への意欲は衰えることなく、か。

 本当に面白い国だ。
 目を見張るほどの強者はいないが、鍛え甲斐がありそうな者がゴロゴロしている。

「また公務ですか!? アルトワールではそんなにイベントがあるんですか!?」

「いえ、公務では……今回はたまたま立て続けに来ただけです」

 というか、前の公務で起こった事件が尾を引いている、というのが正確だ。
 前回は事件の発生で、次は事件の解決に臨むのだ。

「公務ではない!? ではなんなのですか!? 一緒に荒行しましょうよ!?」

 うーん。
 したいのは山々なんだがなぁ。

「荒行終わりに振る舞われる白鶏スープは最高ですよ!?」

 スープ……
 うん、まあ、冷え切った身体に温かいスープはおいしそうだとも思うんだけど。

「武人としてけじめをつけに行くつもりです」

「……」

 必死で食らいついて懇願していた学長が、すっと引いた。

「武人としてのけじめですか。ならば止められませんな」

 ……お、おう。まあ……うん、そうでしょう?

「あなたが高き龍であるがゆえの事情です。それを曲げさせるなどワタシにはできませんな」

「は、はあ……ご理解いただけて何よりです」

 まあ、何はともあれ、これで冬期休暇の予定は確保できた。

 あとは、行くだけか。

「……それにしても喪失感がすごいですな。もう最近は水練の行だけを楽しみにしていたもので……あ、いえ、決して責めるつもりではなく」

 …………

 わかった。
 わかったよ。
 わかりましたよ。
 大の大人が子供たちの前で悲しそうな顔を惜しみなく見せるなよ。

「穴埋めをしますよ。冬休みまでに教師陣と組み手でもやりましょう」

「本当に!? 胸を貸していただけるのですか!?」

「ええ。武客として招かれていますから」

 こうしていろんな者の相手をするのも、武客の務めだろう。

 ……というか、これくらいは特別でもなんでもないのにな。時間に余裕さえあれば、言ってくれれば普通に応じるつもりはあるのに。

 まあ、でも、このくらいで喜んでくれるなら何よりだ。




 そんなこんなで、冬期休暇までの生活はあっという間に過ぎ去った。
 
 教師たちとの手合わせは放課後行われ、公表された。
 見るのもまた修行である。生徒たちには自由に見学していいという許可が出たのだ。

 その結果、ほぼ全校生徒が集うという、ちょっとした学校行事のようになってしまった。

 普段は指導する側……多くの生徒より強い教師たちの本気は、なかなか見る機会が少ない。私が相手をするのもあるのだろうが、教師たちの武勇も興味の対象としては魅力的だったのだろう。

 私も結構楽しかった。

 教師たちは、屋敷を訪ねてくる挑戦者たちより少しばかり強いようで、なるほど武を買われて学校の教師になったのだろうと納得することができた。

 特に、学長テッサンである。
 彼の流派は鋼鼠拳という名で、ネズミの動きを模した獣の拳だった。

 四つん這いになったり低い体勢から仕掛けたり飛び掛かったりと、小柄で固太りというコミカルな容姿も相まって、実に面白い拳法だった。

 もちろん実力は高かった。
 恐らく教師陣で一番強いのは学長だろう。ふざけているような動きなのに、ちゃんとしっかり強かった。

 彼が「八氣」を習得したら、もっと面白くなりそうだが……さすがに独断で教えるのはまずいか。この国では皇族の拳だからな。

 ――そんなイベントもこなしつつ、いよいよ明日から少し長い休みへと入る。




「……お嬢様……」

 まだ暗い早朝、下台の港には私とリノキスがいた。

 心配そうな、それでいて悲しそうな顔で彼女は私を見ている。

「そっちは頼むわね、リノキス」

「……」

「返事をしなさいよ」

「――やっぱり私も行きたいです」

 本当に聞かない奴だな……それに関してはもう何度も何度も話し合って来たのに。

「今回はダメだって」

 今度のハーバルヘイム行きは、社会的な意味での危険を伴う。
 率直に言うと、国際的な指名手配犯になってしまう可能性がそこそこ高い。

 さすがに、私の個人的な用事のために、ただの侍女を犯罪に巻き込むわけにはいかない。
 たとえ侍女である前に私の弟子だとしても、それでも結論は同じだ。

 ……というか現地での危険を考えると、リノキスの身が心配だ。

 乗り込む先はハーバルヘイムの中枢、王城だ。
 当然警備も厚ければ、予想もつかない危険もあるはず。

 私は何事があろうとどうとでもできるが、リノキスはまだまだ危ういからな。

 もっと言うと、リノキスはまだまだ普通の人間寄りだからな。

「それより頼み事をこなしてちょうだい。それだってあなたにしか頼めないんだから」

「……この頼み事だって、私にとっては重いんですよ……?」

「だからこそあなたにしか頼めないんでしょ。他に誰に頼めっていうのよ」

 リノキスには、これからアルトワールのリストン領まで飛んでもらうことになっている。

 頼んだのは、私と家族の縁を切ってリストン家から籍を抜くための書状を両親に渡し、こちらの事情を説明することだ。
 もちろん私の名前はもう書いてあるし、血判も押してある。

 これも、国際的な指名手配をされた時の対処である。

 実際はともかく、私はアルトワールからは追放の処分を受けているので、国籍がないのだ。
 これは正式な沙汰であり、ちゃんと法的な手続きも踏まえてある。

 ただし、アルトワールから追放されようとも、リストン家の一員であることは変わらない。国籍はないが、私の身元は第四階級貴人が保証していたのだ。

 その保証を失くすためのものだ。
 要するに、実家に迷惑をかけないための保険である。
 
「――ハーバルヘイム行き第一便にお乗りの方はお急ぎください! もうじき出港いたします! 繰り返します――」

 どうやら時間のようだ。

「そっちは頼むわね。何があろうと新学期までには必ず一度はウーハイトンに戻ってくるから」

「……お、お気を付けて……お嬢様……」

 いよいよ別れの時が近づき、リノキスが涙ぐむ。
 そんな彼女に頷いて見せて、私はハーバルヘイム行きの高速船に乗り込んだ。




「――おまえの侍女、泣いてるぞ。号泣してる」

 知ってる。
 見えているから。

 すごい手を振ってるのも見えているから。

 背後に近づき声を掛けてきた、ハーバルヘイムの暗部の一人、上役の男ことダリルがぼそりと呟く。

 そんな彼に、私は言った。

「――過保護なのよ。長くても三週間くらいの別れなのにね」




 こうして私は、珍しくリノキスと別行動を取り、単身ハーバルヘイムへと向かうのだった。



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