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27.白蛇姫はもっと語る
しおりを挟むガガセからジータに三人目の妻ができた情報が出たところで、アーレ・エ・ラジャは「やめだ」と宣言が出た。
「今日はもう、ジータの話は終わりだ。このまま続けたらうっかりあいつを殺しに行くかもしれん」
衝動的な殺意による犯行をほのめかし始めた。
本人の希望通り、ジータ周りの話はここで打ち切りにした方がよさそうだ。
かつては許嫁で幼馴染でもある彼女には、思うことがたくさんあるのだろう。
付き合いなんて皆無、ほんの少し会って話しただけで、思うことがまったくない私でさえ、引っかかることしかない話だけに。
「次はなんの話だ?」
じろりと私に向けられた視線は、睨みつけるように鋭い。とんだとばっちりである。
「えっと、族長を決める勝負で、たまたま偶然勝った……とかなんとか」
正直このまま話すよりは、日を改めた方が彼女の精神衛生上よいとは思うが――
しかし私にとっては、何よりも、この話が気になっていた。
「俺もいてっ、気になるぞ」
相変わらずナナカナに「黙ってて」とばしばし叩かれつつ、ガガセはやや眉を寄せて厳しい顔をする。
「アーレは、いっ、いつも、ジータに負けてただろ。族長を決める勝負でっ、まぐれで勝っただけだ。戦士たちは納得しいててててっ! な、納得してないから! ジータを族長として立ててっ! 別れたんだ!」
最終的には髪を引っ張るという暴挙を受けつつも、ガガセはめげなかった。もうさすがにどっちか諦めろよと思う。
……いや、それより。
この話が本当なら、私は言わねばならないことがある。
「アーレ嬢、本当か?」
「本当だ」
そうか。事実か。
私も王族のはしくれだった者だ。
無能な、あるいは能力の足りない者が上に立つ愚かさと悲惨さは、よく学んできた。
この集落にある「一番強い者が族長となる」という決め方は、要するに、狩猟や有事の際に最前線で戦う者を決めることである。
族長には強さが求められる。
ならば、もし強くない族長が族長になった場合は、どうなるか。
――族長は戦いで早死にするか、族長の代わりに戦士たちが死ぬだろう。
一国の王と同じだ。
規模は違えど、なりたい者がなっていいものではない。
それになるだけの力が、能力が、絶対に必要なのだ。そうじゃないと国だって集落だって混迷を極めるだろう。
困るのはいつだって、長を支える民だ。
「それで、アーレ嬢の言い分は?」
こちら側の事実によっては、私がアーレ・エ・ラジャに族長を降りるよう説得せねばならないが――
「勝つと面倒だったからだ」
…………
「白蛇族の集落は男社会だからな。もっと言うと、男の戦士社会だ。女の戦士より数も多いしな。
そんな状況で、普段から男より強いことをひけらかして、何かいいことがあると思うか? 嫌がらせをされたり文句を言われたりするだけだ。理不尽にな」
ああ……そうか。そういうことか。
「えっ!? じゃあ普段はわざと負けてたのか!?」
ガガセが驚いているが、反対にアーレ・エ・ラジャは平然としたものである。
「よく考えろ。族長を決める戦いなど、誰もが意気込んでいる。光輝牛を一人で狩る時のようにな。
そんな大勝負でたまたまだの偶然だのまぐれだの、そんなものがあると思うか?」
「そ、それは……じゃあなんでそれを言わないんだよ! 言えば戦士たちに認められたかもしれないだろ!」
「――それはないな」
アーレ・エ・ラジャの声は、ひどく冷めていた。
「男の戦士の拠り所は、強いだけではないか。強いだけで強権を握り、女をないがしろにしてきた。集落の決め事は全部男が決める。族長となれば番さえ決め、女の自由を奪う。
たかが強いだけで、俺たちが守っているから女は無事でいられる。俺たちのおかげで女は生きられる。感謝しろ。だから女は俺たちに従え――そんなことを言う連中ばかりじゃないか。
そんな男たちが、我の強さを認めると思うか? 唯一の拠り所を、集落の権利を、明け渡すか? そんなのあるわけがない」
なるほど、確かに認めないだろうな。
これまで女の族長がいなかったという辺りから、どれだけ男尊女卑の社会だったかがおぼろげに見えるくらいだ。
それに、長年続いてきた意識の改革なんて、急にできるものではない。変えたいのなら、少しずつ変えて行くしかない。
「もう一つ言うと、気を遣っていたんだ」
「気を……?」
「いずれジータの嫁となる身だった。戦士ではなくなるのは決まっていたから、力を見せる必要がなかった。
戦士の夫を立てるために、夫より弱い妻であるために、気を遣っていたんだ。
もうやめたがな」
それと、とアーレ・エ・ラジャは続けた。
「我は族長になろうとは思った。一番強いからな。だがそれに賛同した女たちは、女たちの意志によるものだ。我は特に声を掛けた覚えはないし、集めた覚えもない。
わかるか? 我と同じように、女たちも、男たちの言い分や態度に我慢の限界を迎えていたということだ。
――まあそれにしたって、男にはまるで通じていないようだがな。男の理屈は、女は言うことを聞くのが当たり前、だからな」
…………
男女の意識の問題か。
慣例を変えるのは容易ではないことは、すでに問題の発生から一年以上経っていることからも、よくわかる。
小さな集落の問題だとしか思っていなかったが、意外と根深い問題である。
正直、どうすればいいのか、私にはわからない。
父上や兄上ならいい知恵が浮かぶだろうか……
「レイン。これで納得したか?」
「え? ああ、うん。ありがとう、聞きたいことは全部聞けた」
ジータとの関係と、族長を決める勝負。
気になっていた疑問は、ちゃんと解消できた。思ったより解決が難しそうな問題であることもわかった。
「俺はなんで呼ばれたの?」
あ、そうだ。そう言えばガガセはなんで呼ばれたんだ?
「おまえたちの集落がどうなっているか聞きたかったからだ。レインにも聞いてもらいたかったしな。
婆様のお触れは聞き入れているのか?」
「婆様のお触れって……あ、塩か。気を遣う家も増えてるみたいだよ。大狩猟の宴で出た料理も塩味薄めだったよな。俺はあれくらいがいい」
それは朗報だな。
「死んだ戦士は?」
「今年はまだいない。怪我人はいるけど」
「そうか。我も今日知ったばかりだが、レインは怪我の治療ができるそうだ。希望する者がいるか聞いておけ」
ん? 私?
「え、治療……? できるのか?」
「まあ、少しだけ」
これまたガガセが驚いているが、私はアーレ・エ・ラジャの采配に少し驚いている。
「向こうを助けるのか?」
「嫌か?」
「そんなことはない。私はアーレ嬢に従う。そうした方がいいと言うならそうするよ」
「では頼む。集落は割れているが、それでも仲間だ。苦しむ者も死者も減らしたい」
おお……さすが私の嫁、なかなかの器量である。
それからアーレ・エ・ラジャは、更にガガセからいくつか向こうのことを聞き出すのだった。
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